バズりの加速と、新たなモフモフ②
「なあ、ラムダ。配信を切ったよな?」
「はい、確かに切断しました、艦長」
「じゃあ、なんでこのオンボロ船のコンソールが、さっきから超新星爆発の一歩手前みたいに明滅を繰り返してんだ?」
ガイウスは、キャットフードの缶詰を両手でかき分けながら、メインモニターを睨みつけた。
配信は完全にオフラインのはずだ。それなのに、ネットワークの接続ランプは限界突破を示す真っ赤な輝きを放ち、船内の冷却ファンが悲鳴のような駆動音を上げている。
「原因が判明しました。銀河最大手級のアカウント『ねこまとめ』に捕捉されたためです」
「ねこ……なんだって?」
「登録者数三百億人を誇る、全銀河最大の動物動画キュレーションアカウントです。先ほどの戦闘配信から、モチ氏が主砲ボタンの上に文字通り居座った場面と、シロ氏がカメラに向かって猫パンチを繰り出した瞬間が、極めて高い技術でクリップ――いわゆる切り抜き動画として投稿されました」
「三百億……!?」
ガイウスは絶句した。
銀河連邦軍の総人員すら遥かに凌駕する巨大な数字だ。
ラムダが空中に展開したウィンドウには、その『ねこまとめ』の投稿が表示されていた。再生数は、ガイウスの動向を見守る間にも一秒で数十万回という、おぞましい速度で跳ね上がっている。
添えられたタイトルは『【爆笑】超ガチ操艦のおっさんVS絶対に主砲を撃たせないデブ猫&最強の白い子猫』。
「投稿からわずか十分で、当チャンネルの登録者数が現在のオンボロ駆逐艦の最大積載量を上回る勢いで増加しています。さらに、次の配信を待つリスナーによる『待機枠スパチャ』が、現在も量子決済の列をなしています」
「配信してないのに金が降ってきてるのか!?」
「はい。量子マテリアル・クラウドの待機バッファが悲鳴を上げています。艦長、このまま決済を保留し続けると、決済データの逆流により、最悪の場合コタツ丸のメインジェネレーターが『猫缶の概念』でショートします」
「どんな物理法則だ! わかった、一瞬だけ再配信を立ち上げる。ラムダ、スパチャの受け入れ設定を制限しろ!」
「了解。再配信、開始します」
ガイウスがコンソールの再起動レバーを引くと同時に、再び艦橋の空気が爆発した。
『@名無し:きたあああああああああ!』
『@名無し:おかえりモフモフの防衛艦!』
『@古参勢:おいおい、本当に登録者が一千万の大台に乗りそうだぞ……!』
『@戦術ニキ:先ほどの切り抜きにおけるモチ殿の体重移動によるコンソール操作は、実質的なサイバー妨害工作として――』
『@名無し:戦術ニキ、まだ生きてたのかwww』
『@名無し:そんなことより猫缶だ! 猫缶を奢らせろ!(赤スパ投下)』
ちりんちりんちりんちりん!
再び降り注ぐ光の粒子。しかし、今度は様子が違った。
これ以上キャットフードの実体化スペースがないことを察知したのか、スパチャ量子決済物質変換システムが、信じられない挙動を始めたのだ。
「システム警告、変換マトリクスが自律的な最適化を開始しました」
ラムダのホログラムが、激しい光に照らされて青から紫へと変色する。
「リスナーの『もっと快適な環境を猫たちに』という執念とも言える確定タグが、コタツ丸の船体構造そのものを書き換えています!」
「おい、モチのいる場所を見ろ!」
ガイウスが指差した先では、モチが腹を上にして寝そべっていた無骨な鉄板の排熱口が、見る間に液体金属のように融解していた。
直後、眩い光とともに再構成されたのは、半透明の淡いピンク色に輝く、美しい湾曲を描いた結晶体。
「……何だあれは」
「解析中。……『超高級重力制御式ホログラム温熱キャットベッド・極』です。周囲の人工重力を猫の好む零・八五Gに自動調整し、アンチエイジング効果のある育成光線を放射する、富裕層向けの特注家具と思われます」
「モチのやつ、めちゃくちゃ気持ちよさそうに目を細めてやがるな……。いや、待て、そのベッドの土台になってるコンソール、なんか分厚くなってないか!?」
「はい。キャットベッドの稼働に必要な、異常に高い電力を安定供給するため、クラウドシステムが『ついで』に周囲の艤装を補強した模様です。コタツ丸のメインコンソールが、軍用巡洋艦のマスターコックピット仕様へアップグレードされました。処理能力が四十倍に向上しています」
「ついでで軍用最新グレードにするな!」
魔改造はそれだけで終わらなかった。
シロがやんちゃに飛び跳ねているメインカメラの台座には、自動で高級な爪とぎ麻縄が巻き付けられ、その衝撃吸収用として、なぜか艦体外壁のシールド発生器が『対超波動粒子偏向シールド』へと不条理な進化を遂げていく。
ミケが香箱座りしている足元の床は、最高級の防音・防振マテリアルカーペットへと変わり、その余剰エネルギーが船体の超星間エンジンへと流れ込み、不気味なほどの静寂と重厚なハミングを響かせ始めた。
「……艦長」
ラムダが、完全に軍用戦艦並みの解像度へと進化した自身のホログラムを見つめながら、ぽつりと言った。
「コタツ丸の戦闘スペックが、先ほどの一分間で、地方領地警備隊の一個艦隊分に匹敵する領域へと突入しました。すべて、猫の爪とぎとベッドの余剰出力によるものです」
「俺は、オンボロ船で細々と隠居生活を送る退役軍人だったはずなんだがな……」
ガイウスは、新築の超高級マンションのようになってしまった最新鋭の艦橋の真ん中で、ただ一人、深く頭を抱え込むしかなかった。




