バズりの加速と、新たなモフモフ①
ピコン、ピピピピピコン、ピコンピコンピコンピコン!
ちりんちりん、ちりちりちり、ちりりりりり!
オンボロ駆逐艦《コタツ丸》の艦橋に、聞いたこともないような電子音が鳴り響いていた。それも、一秒の間に数十回という狂ったような密度である。
すべて、銀河共有ネットワークの配信画面から溢れ出る、視聴者からの投げ銭――スーパーチャットの通知音と決済音だった。
「おい、ラムダ! これはいったいどういう冗談だ!?」
灰色の短髪をがしがしと掻きむしりながら、ガイウス・レーヴェンは絶叫した。
歴戦の退役軍人であり、数々の死線を飄々と潜り抜けてきた男の顔が、今は見たこともない驚愕と困惑に染まっている。
視線の先にあるメインコンソールには、信じられない数値が躍っていた。
『同時接続者数:4,200,000人』
『累計スーパーチャット額:計測不能(処理遅延中)』
「冗談ではありません、艦長。これは極めて論理的かつ冷徹な、現実の数値です」
コンソールから浮かび上がる青白いホログラム――男女どちらともつかない中性的な姿の艦載AIラムダが答える。
その声はいつも通り冷静に聞こえたが、投影されたホログラムの輪郭が、心なしか小刻みにブレていた。
「私の第3一元プロセッサが、現在、異常な負荷を検知しています。処理の九十四%が『可愛い』という概念の言語解析に占有されており、通常の艦載機能に支障が出かねません。原因は……明白、猫です」
「猫って、うちの猫たちか!?」
ガイウスが振り返るのと同時だった。
プシュー、という小気味よい排気音とともに、艦橋の天井に張り巡らされた配管から、光の粒子が降り注いだ。
銀河連邦の最先端技術、スパチャ量子決済物質変換システムである。視聴者が投げた電子貨幣は、ネットワークを介して「ナノマテリアル・クラウド」に接続され、指定された物質へとリアルタイムで再構成される。
そして今、最優先で実体化されているのは、戦闘用の弾薬でもなければ、新型の装甲板でもなかった。
ドサドサドサドサドサッ!
「うおわっ!?」
ガイウスの足元に、凄まじい勢いで小さな缶詰が降り積もっていく。
金色のラベルには、まばゆいホログラムで『宇宙最高級・極上マグロと有機マタタビのゼリー寄せ』と印字されていた。一缶で、ガイウスの一食分の戦時食糧が何十個も買えるほどの高級品だ。
「視聴者の皆様が『確定タグ:猫缶代』を熱狂的に指定し続けています」
ラムダが淡々と報告を続ける。ホログラムの足元は、すでに金色に輝く缶詰の山に膝まで埋まっていた。
「物質変換マトリクスがフル稼働しています。このペースでいくと、あと三分と二十秒で艦橋の容積が高級キャットフードによって完全に埋め尽くされ、私たちは圧死、あるいは窒息することになります。艦長、ご決断を」
「クソっ、戦場で弾薬箱の山に埋もれるなら本望だが、まさか猫の飯で全滅の危機に瀕するとはな!」
ガイウスは慌てて足を動かそうとしたが、すでに足首まで缶詰の海に囚われており、身動きが取りづらい。
そんな人間のパニックを余所に、コンソールの排熱口の上では、白黒ぶちのデブ猫――モチが、贅沢な温風を全身に浴びながら「にゃーん」とのんきに鳴いていた。
さらに、配信用メインカメラのレンズの真ん前では、名前の通りに真っ白な子猫シロが、画面の向こうの数百万人に向かって、短い前足を一生懸命に伸ばしてちょっかいを出している。――シロ自身は、単にレンズにじゃれついているだけの認識だろうが。
その一挙手一投足が映し出されるたび、コンソールのコメント欄が光速で消え去るほどの速度でスクロールしていった。
『@古参勢:おいちょっと待て、俺が登録者二十人の頃から見てたガチ戦術配信が、なんで一瞬で大人気モフモフパラダイス配信になってるんだ!?』
『@戦術ニキ:待ってほしい。先ほどの野生の傭兵船に対する、主人公の最新AIを凌駕する急制動操艦は、重力慣性をあえて無視した極めて高度な――』
『@名無し:うるさいニキ、猫を見ろ猫を!』
『@猫博士:シロちゃんの今の前足の動き、これは完全にカメラのレンズを『獲物』として認識している素晴らしい威嚇行動です。尊い』
『@アンチ:チッ……戦闘しろよ戦闘……いや、でもこのデブ猫の腹の揺れ方は、突撃艇の波動装甲並みに弾力がありそうだな……よし、おかわり(赤スパ投下)』
『@名無し:アンチがツンデレながら赤スパ投げたぞwwww』
『@名無し:これもう猫の護衛艦だろ』
「おい、誰も俺の戦術を見てねえ!」
ガイウスは思わず顔を覆った。
かつて連邦軍で前線を張り、命懸けで編み出した独自の操艦技術を披露していたはずだった。それが、偶然紛れ込んだ猫たちが画面を占拠した途端、銀河のおすすめ欄の最上段に拉致され、この有り様である。
ピコンピコンと鳴り止まない決済音が、もはや悲鳴のように聞こえる。
「艦長、物質変換効率が限界を突破しました。キャットフードの天井到達まで、あと一分」
ラムダの声に、ついに微かな電子ノイズが混じり始める。猫の可愛さによる演算エラーが深刻化しているようだ。
「これ以上の実体化は、艦内の生命維持システムに物理的な干渉を起こします」
「致し方ない! リスナーのみんな、今日の配信はここまでだ!」
ガイウスは、胸まで迫ってきた高級缶詰の山をかき分け、必死の思いでメインコンソールに手を伸ばした。
「おい、シロ! そこをどいてくれ、スイッチが見えない!」
カメラ前で無邪気に毛づくろいを始めたシロを優しく脇へ退け、ガイウスは配信終了の物理ボタンを思い切り押し込んだ。
ブツッ、と大きな破裂音と共に、艦橋を狂わせ続けた無数の電子音がピタリと止まった。
ホログラムのコメント欄が消え去り、天井からの物質変換の光も霧のように霧散する。
あとに残されたのは、静まり返ったオンボロ駆逐艦の艦橋。
そして、天井近くまで積み上がった、金色に輝く高級キャットフードの、文字通りの『山』だった。
「……助かった、のか?」
ガイウスは、缶詰の隙間から辛うじて顔を出し、大きく息を吐き出した。
隣では、ラムダのホログラムが静かに明滅を取り戻し、深くため息を吐くようなモーションを見せていた。




