おっさんと猫と、過疎配信④
「どけ、モチ! 男の意地がかかってんだ!」
ガイウスは強引に腕をねじ込み、主砲コンソールからモチの肉厚な巨体を数センチだけ力任せに押し退けた。不満げに「むにゃあ」と鳴くデブ猫の脇から、辛うじて露出した赤い発射ボタンへ、無骨な指先を叩きつける。
至近距離から放たれた《コタツ丸》の質量弾が、旋回中だった敵巡洋艦の右舷推進ノズルを正確に貫いた。
激しい光の粒子が飛び散り、敵艦がバランスを崩して沈んでいく。直後、メインモニターに『VICTORY』の青い文字が点滅した。
安全装置のおかげで敵船が救難転送されるのを確認し、ガイウスはシートに深く背中を預けた。
「……ふう。死ぬかと思った。操艦じゃなくて猫の重さでな」
「お見事です、艦長。骨董品の駆逐艦で最新巡洋艦を撃破しました。ですが、息を整える時間はありません」
ホログラムのラムダが、かつてない速度で明滅していた。
「あ? なんだ、次のマッチングか?」
「いえ、銀河共有ネットワークの全域アルゴリズムが、我が艦の配信を『超おすすめ欄』に強制ピックアップしました」
「……は?」
ガイウスが間抜けな声を上げた瞬間、艦橋のスピーカーから、聞いたこともないような大音量のアラートが鳴り響いた。ピコンピコンピコピコピコン、と量子決済の金属的な通知音が鼓膜を容赦なく刺す。
画面右隅のコメント欄が、もはや文字として認識できないほどの超高速で上へと流れ始めた。
『@名無し:おすすめから来たら神配信だったwwww』
『@名無し:何この白い塊!? 猫!? 宇宙一かわよ!!』
『@戦術ニキ:おいお前ら見ろ! このおっさん、今の状況で勝ったぞ!』
『@名無し:ガチ戦術と猫の温度差で耳キーンなるわwwww』
『@名無し:尊死。スパチャ置いときますね』
「おい、ラムダ、バグだろこれ! 同接数が、じゅ、十万……百万!? まだ増えてるぞ!」
「バグではありません。現在、同時接続者数二百万人を突破。チャンネル登録者数は秒間千人のペースで増加中。そして――」
ちりんちりんちりんちりん!
量子決済の電子音が途切れなく繋がり、もはや一本の悲鳴のようになって艦橋に響き渡る。
それと同時に、部屋の隅の物質変換システム――「ナノマテリアル・クラウド」の配給口が、限界を超えた駆動音を立てて真っ赤に発熱し始めた。
ごとん! ごとごとごとごとごとごと!!
「うおっ!?」
ガイウスは思わずシートから飛び起きた。
配給口から、狂ったような勢いで円筒形の物体が吐き出されていく。それも、ガイウスが設定を変更する暇さえ与えられないほどの超高速だ。
金色のラベルが貼られた、明らかに最高級品と分かる極上のキャットフード缶が、文字通り滝のように床へ転がり落ちてくる。十缶、五十缶、百缶、またたく間に艦橋の床が金色の缶詰で埋め尽くされ、ガイウスの足元を脅かし始めた。
「ラムダ! 物質変換を止めろ! 装甲板か弾薬に変えろ!」
「不可能です、艦長! 送られてくる数百万件のスパチャの決済データ、そのほぼすべてに『猫缶代』『猫様への貢ぎ物』という確定タグが指定されています! ナノマテリアル・クラウドは、リスナーの指定した物質への変換を最優先する仕様です!」
「これじゃ床が抜ける! おい、モチ! シロ! お前らのせいで大変なことに――」
ガイウスが振り返ると、当の毛玉たちは、うず高く積み上がり続ける高級猫缶の山の前で、目を輝かせて尻尾をパタパタと振っていた。
「警告します、艦長。現在のスパチャ流入速度が維持された場合、あと三分で艦橋は高級キャットフードによって物理的に埋没します」
ラムダは、金色の缶詰の山に膝まで埋もれながら、真顔のまま冷徹に告げた。
「おい相棒、どうしてこうなった!?」
「訂正を拒否します。原因は、完全に猫です」
鳴り止まない電子貨幣の濁流と、物理的に増殖し続ける猫缶の山の中で、退役軍人のおっさんはただただ頭を抱えて絶叫するしかなかった。




