おっさんと猫と、過疎配信②
ピーッという電子音が艦橋に鳴り響き、視界を覆うメインモニターに『MATCHING COMPLETE』の赤い文字が躍った。
「マッチング成立です、艦長。対戦相手はフリーの傭兵船《ブラッディ・ハウンド号》。船体種別は強襲型軽巡洋艦。最新の標準型戦闘AIを搭載し、近接一撃離脱戦法を得意とする実力派のようです」
「へえ、物騒な名前の割に、ずいぶんと行儀の良いAIを積んでるじゃないか。配信の接続はどうだ?」
「すでに同期しています。現在、画面の端にコメント用ウィンドウを展開中。……おや、お客様が来ました」
ラムダが細い指先を動かすと、モニターの右隅にちっぽけな文字列が流れ始めた。
『@名無し:お、今日も始まったな』
『@戦術ニキ:待ってた。今日の相手は軽巡か。旧式の駆逐艦《コタツ丸》じゃあ装甲の厚さで負けてるが、どう立ち回るか見ものだな』
『@古参勢:相変わらずの過疎っぷりで安心する。実家のような安心感』
「二十人ちょっとか。まあ、いつも通りだな。よし、配信開始だ」
ガイウスがシートのホールドベルトを締め直すと、連動して《コタツ丸》の艦橋が戦闘用の低照度モードへと切り替わった。照明が落とされ、淡いブルーのコンソール光がガイウスの無精ひげを照らし出す。
「コタツ丸、全システムを戦闘スケールに移行。メインエンジン、出力を戦闘定格の八十五パーセントまで上昇。相棒、索敵データの共有を」
「了解。敵艦、前方三万キロ。アクティブ・レーダーを展開し、こちらの位置を完全に捕捉しています。直進してきます。到達まであと四十秒」
「まっすぐ突っ込んでくるか。若いねえ」
ガイウスは不敵に笑うと、コンソールの脇にある古めかしい金属製のスロットルレバーを握り締めた。
今の時代、宇宙船の操艦はブレイン・マシン・インターフェースによる精神感応か、あるいは高度な戦術AIへの自動委任が主流だ。だが、このオンボロ駆逐艦にはそんな気の利いた設備はない。すべてはガイウスの腕一本、完全なマニュアル制御に委ねられていた。
「艦長、敵艦より誘導プラズマミサイルが四発放たれました。迎撃システムを起動しますか?」
「いや、迎撃を撃つマテリアルがもったいない。電磁推進器を左へ。慣性制御を一時的にマニュアルへ切り替える」
「正気ですか? 骨董品の慣性中和機にそんな負荷をかければ、最大で三・五Gの負荷が直接艦長にかかります」
「元軍人を舐めるなよ。これくらい、現役の頃は朝飯前だ」
ガイウスはレバーをガチリと手前に引き、フットペダルを鋭く踏み込んだ。
最新の戦闘AIであれば、最も被弾確率の低いルートを計算し、効率的な迎撃シールドを展開するところだ。確率論と最適解。それが現代の宇宙戦の常識だった。
しかし、ガイウスの操艦は違った。
凄まじい重力がガイウスの全身をシートに圧着する。肺から空気が押し出される感覚に歯を食いしばりながら、彼はあえてミサイルの誘導限界の懐へと真っ向から飛び込んだ。
《コタツ丸》の船体が、限界寸前の悲鳴を上げて横滑りする。
ミサイルは旧式駆逐艦が描いた、最新AIの予測計算には決して存在しない「不合理で急激な軌道変化」についていけず、船体のわずか数十メートル後ろを虚しく通り過ぎて宇宙の藻屑となった。
「敵AIの追尾予測アルゴリズムの裏をかきましたね。完全にマニュアルで船体の慣性をねじ伏せるとは、相変わらず無茶な旧式技術です。私の演算機能でも、艦長の反射神経と経験値は完全にはトレライズできません」
ラムダの声に、わずかだが感心のニュアンスが混じる。
「最新のAIは頭が良すぎるんだよ。マニュアルの教科書通りに動くから、こっちの『手癖』が読めない。よし、そのまま敵の死角、推進ノズルの真後ろに滑り込むぞ」
「了解。スラスター出力を同調。敵艦、こちらの急制動を見失い、索敵を乱しています」
戦闘の緊迫感が艦橋を満たす中、モニターの隅のコメント欄が、わずかに色めき立った。
『@戦術ニキ:おい見たか今の! ミサイルの誘導センサーが反転する一瞬の隙を突いてデッドゾーンに入りやがった!』
『@古参勢:出た、おっさんの変態操艦技術』
『@戦術ニキ:今の機動は、現行のどの戦闘AIのプリセットにも登録されてないぞ。完全にマニュアルの、一世代前の軍用操艦術だ。地味だけど技術が狂ってる』
『@アンチ:ちっ、またセコい真似して避けてんのかよ。もっと派手にビーム撃ち合えよ!』
「おいおい、手厳しいリスナーがいるな。ビーム一発撃つのに、どれだけのスパチャが必要だと思ってるんだ」
ガイウスは画面を見ずに、迫り来る敵艦の巨大な船体を肉眼と近接モニターで捉えた。
《ブラッディ・ハウンド号》の美しい銀色の装甲が、すぐそこに迫っている。敵は必死にこちらの位置を探そうと、船体を旋回させようとしていた。だが、ガイウスはその動きを完全に先読みしていた。
敵が右に回れば、そのわずか半歩先を読んで左へ滑り込む。
「ラムダ、主砲の装填状況は?」
「質量弾、装填完了しています。いつでもいけます、艦長」
「よし、挨拶代わりに、ケツの穴に一発叩き込んでやろう。これで終わりだ――」
ガイウスが主砲の発射トリガーへと指をかけ、勝利を確信したその瞬間だった。




