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おっさんと猫と、過疎配信①

宇宙は今日も静かだった。

星々の瞬きも、遠くをかすめる貨物船の航跡も、いつもと変わらず淡々とそこにある。


宇宙のこちら側――鈍い銀色に鈍く光るコンソールパネルの上では、ずんぐりとした白黒の毛玉が、無防備に仰向けになって転がっていた。

白黒ぶちのデブ猫、モチである。丸々と肥えた腹を天井に向け、満足そうな寝息を立てるたびに、精密な計器類のインジケーターが背肉で押しつぶされそうになっていた。


「おいおい、モチ。そこは一応、熱核エンジンの出力同調レバーの近くだ。あまり暴れるなよ」

四十代後半。灰色の短髪に、数日剃るのをサボった無精ひげを生やした男――ガイウス・レーヴェンは、苦笑しながらモチの顎の下を指先で撫でた。

歴戦の傷跡が残る無骨な手が、柔らかい毛並みに沈み込む。モチは短く喉を鳴らし、さらに体を伸ばして平らになった。


ここは旧式小型駆逐艦《コタツ丸》の艦橋だ。

かつて銀河連邦の正規軍で前線を張り続けたガイウスが、退役時にスクラップ寸前だった機体を買い取り、我が家代わりにしているオンボロ船である。今のガイウスの生業は、この愛艦を駆って、銀河共有ネットワークに戦闘の様子を届ける「戦闘配信者」だった。


現在の銀河において、戦闘配信は合法的な一大エンターテインメントとして定着している。安全装置や自動救難転送システムが完全に整備された専用宙域で行われる模擬戦は、かつての凄惨な戦争とは異なり、民衆が熱狂する健全なスポーツ観戦のような文化と化していた。


しかし、ガイウスのチャンネルは、お世辞にも大人気とは言えなかった。

「艦長、本日の定期戦闘配信の開始時刻まで、まもなく三分となります」

コンソールの脇から、青白いホログラムの光が立ち上る。

投影されたのは、男とも女ともつかない中性的な姿をした、人格搭載型艦載AIのラムダだ。

ラムダは衣服のシワ一つない軍服姿の幻影を維持したまま、抑揚のない声で事実を告げた。

「現時点での待機視聴者数は二十四人。チャンネル登録者数は、昨日から三人減って二百十五人です。原因は、前回の配信で艦長が派手なレーザー兵器を一切使わず、地味な電子妨害と質量兵器による不意打ちだけで戦闘を終わらせたため、ライト層が退屈したことによるものと推測されます」

「相棒、手厳しいな。勝てりゃいいんだよ。派手じゃなくてもな」

ガイウスは肩をすくめ、使い込まれたパイロットシートに深く腰掛けた。


軍を退いた身だ。いまさら銀河の華やかなスター配信者たちのように、大仰なポーズを決めて最新鋭のビームをぶっ放す気にはなれない。自分の手の届く範囲で、手堅く、確実に勝つ。それがガイウスの流儀だった。


足元で、何かがズボンの裾を引っ張った。

見下ろすと、真っ白な子猫のシロが、大きな瞳を見上げて「みゃあ」と小さく鳴いていた。その後ろでは、椅子の脚に体を擦り付けている茶トラのタマと、計器の影から静かにこちらを見つめる三毛猫のミケの姿もある。

すべて、ガイウスが退役後にあちこちの廃棄コロニーや宇宙港の片隅で保護した、血の繋がらない家族たちだった。

「おっと、配信の前に飯だったな」

ガイウスがコンソールの一角にある小さな物理レバーを引き下げると、量子決済のアラートがちりんと涼やかな音を立てた。


この世界では、配信中に視聴者から投げられる電子貨幣――通称「スパチャ」は、即座に船内の「ナノマテリアル・クラウド」と呼ばれる物質変換システムへと接続される。高額なスパチャであれば新型の主砲や装甲板をその場で実体化させて戦闘力を上げることも可能だが、過疎配信者であるガイウスが得られるのは、いつも数クレジットのささやかな応援だけだ。

部屋の隅にある配給口が青く明滅し、光の粒子が凝縮されていく。

数秒の後、ごとん、と鈍い音を立てて転がり出てきたのは、四つの安価な合成肉の猫缶だった。前回の配信で、物好きな古参のリスナーが投げてくれた僅かなチップの全成果である。


「艦長、貴重なクラウドの稼働エネルギーを、戦闘用資材ではなくキャットフードの変換に費やしたのですね。合理性がありません」

「いいんだよ。猫が飯食ってるなら、それで平和だ」

ラムダの冷徹なツッコミを笑い飛ばし、ガイウスは手慣れた手つきで缶を空けた。

香ばしい匂いが艦橋に広がり、それまで寝そべっていたモチが信じられない俊敏さで飛び起きる。四匹の猫たちが一斉に皿の周りに集まり、一心不乱にフードを突き始めた。

その小さな背中を見つめるガイウスの目元が、自然と緩む。


「よし相棒、今日ものんびり配信しよう。野良の傭兵船相手の模擬戦、マッチングの準備はいいか?」

「了解しました。マッチングを開始します。……艦長、先ほどの発言は訂正します。猫たちが食事をする姿は非常に高い癒やし効果を有しているため、エネルギーの消費は長期的観点において許容されるべきと判断しました。猫がかわいいので問題ありません」

「お前、演算回路の半分くらい猫に吸われてないか?」

「否定できません」

ホログラムのラムダは、真顔のまま、どこか誇らしげに胸を張った。


猫たちの小気味よい咀嚼音だけが響く静かな艦橋で、ガイウスは配信開始のスイッチへと指を伸ばした。宇宙の片隅の、いつもの退屈で平穏な戦闘配信が、今まさに始まろうとしていた。

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