ガチ戦術、「へそ天」に負ける③
「来るぞ、相棒!」
「敵艦隊、全方位一斉掃射! 空間密度、計測不能! 回避不可能です!」
視界のすべてが、目も眩むような白光に塗りつぶされた。《ジーク・レオン》が放った必殺の面制圧火線が、蜘蛛の巣状に《コタツ丸》を包み込む。旧式の手動操艦でどれだけ不規則に動こうが、物理的にすべての退路が埋まっていれば避けるスペースなどどこにもなかった。
シールドの警報が耳をツンと刺す高音で鳴り響く。いよいよ年貢の納め時か――そう覚悟した瞬間だった。
ジリリリリリリリリリリリリリリリン!!!
《コタツ丸》の全システムを叩き起こすような、聞いたこともない爆音の電子鐘が鳴り渡った。あまりの音量に、配線のそばで毛繕いしていたミケが飛び上がり、膝上からモチが文字通り跳ね上がる。
「な、なんだ!? 何の警報だ!?」
「け、警報ではありません! 決済通知音です! 処理落ちしています! 量子決済サーバーがスパチャの負荷に耐えきれず、物理的に火花を散らしています!」
ラムダのホログラムが、見たこともないほど激しく明滅していた。
「量子決済システムより超緊急入金通知! 投げ銭、投下されます!」
メインモニターの上半分が、どす黒いほどに濃厚な、血のような赤色に染まり上がる。それはもはや、通常の配信画面で見かける「赤スパ」などという生易しいものではなかった。画面を埋め尽くす数字の桁が、あまりの長さに右端を突き抜けて消えていく。
投下主の欄には、燦然と輝くプレミアム認証マークと、あの男の名があった。
『@石油王X』
『システムアナウンス:【石油王X】氏より、銀河宇宙本マグロ天然物・極上一本釣り換算、三千万缶相当のスーパーチャットが投下されました!』
「三千万缶だと!?」
「金額が大きすぎてナノマテリアル・クラウドの演算領域が物理的に炎上しています! 待ってください、過負荷によるセキュリティエラーが発生! スパチャ主の秘匿認証が強制解除されます!」
バチバチと火花を散らすホログラム画面の中央に、突如として巨大な顔写真と公的プロファイルがポップアップした。白髪をきっちりと整え、最高級の宇宙シルクのスーツに身を包んだ、全銀河の経済ニュースで毎日顔を見る超大物の姿がそこにあった。
『認証開示情報:アルベルト・フォン・ユニヴァース(銀河最大複合企業体ユニヴァース・コングロマリット最高経営責任者兼取締役会長)』
『個人ステータス:重度の特異性猫アレルギー。猫の毛、フケ、唾液の分子を極微量でも吸引した場合、即座に命の危機に瀕するため、生涯において一度も本物の猫に触れたことがない。そのため、画面の向こうの健康な猫たちに全財産を注ぎ込むことだけが唯一の救いである』
艦橋が一瞬、シーンと静まり返った。
敵のレーザーが迫り来る緊迫の戦場のはずが、あまりにも身も蓋もない真実の開示に、時が止まったかのような錯覚さえ覚える。
「……おいラムダ。あの石油王、銀河で一番金持ってる財閥のトップかよ」
「そのようですね、艦長。しかも、ものすごく可哀想な理由で私たちに貢いでいました」
「猫アレルギーじゃあ仕方ないな」
「仕方なくありません! 全銀河の経済を牛耳る男が、偽名で猫缶を何千万缶も投げつけているんですよ!?」
ラムダの声にかぶせる様にして、正体を開示されてしまった逆ギレのように、全銀河へ強制音声出力されたメッセージが重低音で艦橋に響き渡った。
『私は深刻な猫アレルギーで本物の猫に触れられん! 医者からも生涯の接触を厳禁とされている! だから私は画面越しに彼らを推すしかないのだ!! お前たち、何が何でも、その尊き猫たちの平穏な安眠を守り抜けぇぇぇーーー!!!』
あまりにも壮絶で、あまりにも身も蓋もない告白だった。
直後、《コタツ丸》の艦体が激しく震動した。
敵のミサイルが直撃したのではない。スパチャという名の莫大なエネルギーが、船体を構成するナノマテリアルを強制的に、かつ超高速で再構築し始めたのだ。
「システムが……システムが勝手に艤装を書き換えていきます! ダメです、私の演算制御を完全に無視して、猫ファーストな狂気の進化が止まりません!」
窓の外で、驚天動地の光景が展開していた。
『システム音声:ナノマテリアル過飽和。防衛艤装【超巨大コタツ型絶対不可侵シールド】を展開。攻撃艤装【猫じゃらし型超次元波動粉砕極大砲】を強制実装します』
ドーム状のエネルギー障壁が《コタツ丸》を覆った。だがその形状は、どう見ても木目調の天板と、ふんわりとした赤チェック柄の布団を模した、巨大な「コタツ」そのものだった。《ジーク・レオン》の放った全方位一斉掃射がそのシールドに接触した瞬間、パチパチと静電気のような音を立てて、すべての熱線が何事もなかったかのように吸い込まれ、霧散していく。
「レーザーが、コタツの布団に吸い込まれて消えました……。熱エネルギーをすべて吸収、コタツの内部温度の維持へと変換されています。非常にぬくぬくとしています」
「無駄に高機能だなオイ! あっちの、船体の上から生えてきたフサフサした棒は何だ!?」
「攻撃艤装です、艦長。先端にピンク色の高密度プラズマファイバーを装着した、全長三百メートルの超次元猫じゃらしです」
画面の中では、カイザー・ヴォルフのフラッグシップ艦が、見たこともない未知の超兵器を前にして完全に動きを止めていた。超未来予測AIとやらも、宇宙空間に出現した巨大なコタツと猫じゃらしのデータを前に、完全に思考フリーズを起こしているに違いない。
コメント欄の勢いは、もはや物理的な濁流だった。
『@名無し:悲報:銀河最強の猛攻、コタツ布団に吸われて消える』
『@戦術ニキ:おい《ジーク・レオン》のAIがバグったぞ! 『予測不能な怪物体』ってアラートを出したまま通信が途絶した!』
『@古参勢:それより石油王の正体おいィィィィィ! ユニヴァース会長何やってんすかお前ぇ!!』
『@アンチ:会長、猫触れねえのかよ……。なんか、ごめん。もう好きなだけスパチャしてくれ……』
『@猫博士:見てください! 画面端のミケちゃんが、メインモニターに映る巨大猫じゃらしの動きに合わせて、おててをちょいちょいと動かしています! 宇宙一のシンクロ率です!』
猫博士のコメント通り、ミケはふりふりと揺れるピンクのフサフサに合わせて、小さな前足でちょいちょいと宙をかいていた。愛らしい仕草だが、ミケ的にはまだ飛びかかるほどの興味ではないらしい。
だがその時、ベッドで丸くなっていたタマが、不意に顔を上げた。画面の中でゆらゆらと揺れる、ピンク色のフサフサ。それが大好物のおもちゃに見えたのだろう。タマは「にゃーん」と可愛い鳴き声を上げながら、ガイウスのコンソール目掛けて勢いよく飛びかかった。
その小さな肉球が、偶然にも全砲門一斉発射の赤いマスター起動ボタンを、ペちりと力強く押し込んだ。
『システム音声:ターゲットロック。猫じゃらし、振ります』
「あ」と、ガイウスが声を上げる暇すらなかった。
《コタツ丸》の頭上から伸びた超巨大な猫じゃらしが、宇宙空間を優雅に、かつ猛烈な速度で「ふりふり」と一振りされた。
それは太く、圧倒的で、そして恐ろしくかわいらしい形状の光の奔流となって、絶対王者の漆黒の戦艦を正面から飲み込んだ。
ドカァァァァァァァン!!!
轟音と共に、銀河最強と謳われた超弩級戦艦の装甲が、一瞬で消滅する。ギャラクシー・コロシアムの安全救難転送システムが緊急作動し、大破した敵旗艦が光となって戦域から離脱していくのが見えた。
完全なる、そして圧倒的な一撃。
《コタツ丸》は、銀河の頂点に君臨する絶対王者を相手に、あまりにも理不尽な大勝利を収めたのだった。




