ガチ戦術、「へそ天」に負ける②
「目標、敵旗艦より高エネルギー反応! 来ます!」
ラムダの鋭い警告と同時に、メインモニターが真っ白な閃光に染まった。
超大口径波動反物質砲。かすめるだけで小惑星が消滅する凶悪な光条が、光速で《コタツ丸》へと殺到する。
最新の戦闘AIであれば、即座にシールドを最大展開し、確率論的に最も被弾率の低い方向へ最大加速で退避する局面だ。だが、カイザー・ヴォルフの予測演算はその逃げ道を完全に先読みし、あらかじめ無数の自動追尾ミサイルで退路を塞いでいた。
「逃げ道を絞ってハメ殺す気か。さすがトップランカー、えげつねえ戦術だ」
だが、ガイウスの唇は不敵に吊り上がっていた。
「だがな、お利口なAIの予測ってのは、物理法則の計算式に縛られすぎなんだよ!」
ガイウスはマニュアル操舵桿を左へ一閃、同時に両足のフットペダルを左右異なる深さで踏み込んだ。
主推進器をあえて爆破寸前の過負荷で逆噴射させつつ、右舷の姿勢制御スラスターだけをミリ単位の精度で狂いなく連動させる。
最新AIの計算式には存在しない、歴戦の軍人の肉体に染みついた旧式の「操艦技術」。
《コタツ丸》の巨体が、慣性法則を完全に無視したかのような不自然な急制動をかけ、錐揉み回転を起こしながら真下へと滑り落ちた。
直後、さっきまで本艦がいた空間を、巨大な光条が猛烈な熱量を撒き散らしながら通り過ぎていく。
「回避成功! 信じられません、最新型戦闘OSの回避アルゴリズムを300%上回る、完全に理論外の慣性移動です!」
「へへん、おっさんの神技操艦を見たか!」
操艦のあまりのGの激しさに、艦橋の骨組みが悲鳴を上げる。
だが、その極限の緊張感を粉砕するようなマヌケな電子音が響いた。
『@戦術ニキ:おいおいおい!!! 今のは軍の教科書にも載ってないぞ!? 機体の限界Gを人間の感覚だけで見極めてスラスターを同調させるなんて、どんな化け物だ!?』
『@名無し:それより画面の下半分見てwwwwww』
『@名無し:おっさんの神回避のせいで、タマが重力制御ベッドの上で完全に液体になってるんだが!?』
『@猫博士:解説します。急激な慣性制御の余波により、ベッドの重力中和が微細に遅れ、タマちゃんの体が『とろけるプリン』のように形状を失っています。これはこれで大変に尊い極限状態です』
『@古参勢:おい見ろ! おっさんの膝の上で、モチの腹の肉が右に左にものすごい勢いで揺れてるぞ! 荒ぶるタプタプ肉球!』
「おい、こっちは命がけでペダルを踏んでるんだぞ! 揺れる腹肉の解説をするな!」
思わず画面にツッコミを入れるガイウスだったが、敵の攻撃はそれで終わるほど甘くはなかった。
「艦長、ツッコミを入れている余裕はありません! 敵の第二波、および第三波の包囲網が完成しつつあります。敵艦載機群、数三百六十。全方位からの飽和ミサイル攻撃が開始されました!」
「チッ、さすがに手数が違いすぎるか……!」
正面、左右、そして上下。文字通り、逃げ場のない光の網が《コタツ丸》を包み込んでいく。
「シールド残量、四割を割り込みました! ナノマテリアル変換炉の冷却が追いつきません!」
「相棒、エネルギーをすべて推進器に回せ! 強行突破する!」
「不可能です、その前に装甲が融解します!」
じりじりと狭まる包囲網。
普通なら、自動回避システムが弾き出した最も生存確率の高いルートを選択し、運を天に任せて推進器を吹かす場面だ。だが、それでは相手の超未来予測アルゴリズムの罠に自ら飛び込むことになる。
「ここまでか……。いいや、まだだ」
ガイウスはそう呟くと、メインコンソールのホログラム表示を一瞥もせず、両手でがっしりと旧式の金属製操舵レバーを握り込んだ。
右足のフットペダルを深く踏み込む。最新の軍用艦であれば自動的に最適化されるはずの姿勢制御スラスターが、ガイウスの足裏の感覚ひとつで強制的に火を噴いた。《コタツ丸》の巨体が、まるで物理法則をあざ笑うかのように、慣性を残したまま真横へと不自然にスライドする。
直後、さっきまで《コタツ丸》がいた空間を、結晶体を一瞬で蒸発させるほどの熱線が駆け抜けた。
『@戦術ニキ:な、なんだ今の動きは!? シミュレーターの予測ルートから完全に外れてるぞ!』
『@古参勢:出た! おっさんの超絶マニュアル操艦!』
『@アンチ:いやいや偶然だろ! 《ジーク・レオン》のAIが二度も同じ見逃しをするわけねえ!』
外野のざわめきを余所に、ガイウスは正面のモニターをひたと見据えた。
絶対王者であるカイザー・ヴォルフの猛攻を、二度いなしてみせた。だが、敵艦は間髪入れず、波状攻撃を繰り出してくる。
いかにガイウスの技術が神懸かっていようと、オンボロ駆逐艦と超弩級戦艦の、絶対的な性能と物量の差が牙を剥く。時間とともに戦況はじわじわと悪化している。
モニターの向こうでは、カイザー・ヴォルフの漆黒の艦隊が、勝利を確信したかのように不気味にその砲口を一斉にこちらへと向けた。
ガイウスの視界の端で警告アラートが激しく明滅し、アラートの赤光が膝の上で目を覚ましたモチの毛並みを赤く染める。
「ぶにゃあ?」
状況の深刻さを察したのか、モチが小さく鳴いてガイウスの袖を引いた。
「悪いな、モチ。少しばかり、手厳しい状況だ」
ガイウスは無精ひげを震わせ、冷や汗を拭いながらも、操舵桿を握る手にぐっと力を込めた。退役軍人の意地が、ここで諦めることを拒否している。
だが、迫り来る無数の光の群れを前に、《コタツ丸》は完全に絶体絶命の窮地へと追い詰められていた。




