ガチ戦術、「へそ天」に負ける①
「おいおい、相棒。これは何かの冗談か?」
旧式小型駆逐艦《コタツ丸》の艦橋で、ガイウス・レーヴェンは灰色の短髪をがしがしと掻きむしった。無精ひげの浮いた顎に手を当て、メインモニターに映し出されたギャラクシー・コロシアム本戦トーナメントの組み合わせ表を睨みつける。
青白いホログラムとして投影されたラムダが、中性的な肩をすくめて見せた。
「冗談であれば、私のエミュレーターも気の利いたジョークを出力できたでしょう。残念ながら、これは全自動量子マッチングが弾き出した冷酷な現実です」
「初戦の相手が、戦闘配信ランキング第1位の不敗の絶対王者って、どんな確率だよ」
「確率論的に言えば、運営が再生数稼ぎのためにシステムを裏で操作した可能性が極めて高いかと。見てください、この対戦相手のスペックを」
ラムダが画面を切り替えると、禍々しい漆黒の超弩級戦艦の3Dモデルが浮かび上がった。
『銀河戦闘配信ランキング第1位:カイザー・ヴォルフ。乗艦は《ジーク・レオン》』
歴戦の傷跡が残るガイウスの顔が、退役軍人としての本能でわずかに引き締まる。相手は銀河戦闘配信の頂点に君臨する怪物だ。その最新鋭AIと圧倒的な重火力は、一国の正規艦隊すら壊滅させると噂されている。
緊迫感が、確実に艦橋を満たしつつあった――はずだった。
「ふにゃぁぁ……」
ガイウスの膝の上で、白黒ぶちのデブ猫、モチが実に緊張感のない、気の抜けた大あくびを炸裂させた。そのまま、ガイウスの太ももを肉厚な腹のクッションにして、再び丸くなって目を閉じる。
「……モチ氏、今のは非常に良いボケですが、緊張感が完全に宇宙の彼方へ霧散しました」
「いや、俺の膝を陣取ってるこいつの重みのせいで、さっきからフットペダルが絶妙に踏みにくいんだが?」
「贅沢な悩みを言わないでください艦長。その横ではシロ氏とポチ氏が、マスターコンソールの緊急脱出レバーを完全に爪とぎとして認識しています」
見れば、やんちゃな子猫のシロと、トーティシェルとも呼ばれるサビ猫のポチが、文字通り全力でレバーに飛びついてじゃれ合っていた。魔改造されたシールド発生装置の配線がむき出しになっている場所では、白黒オレンジの艶やかな被毛を持つミケが、二匹のじゃれ合いに我関せずといった風情で、器用にかつ丹念に毛繕いをしている。常に冬毛であるかのようなモッサリした茶トラのタマにいたっては、『超高級重力制御式ホログラム温熱キャットベッド・極』の中で、もはや液体のように溶けていた。
「よし、配信を開始します。本戦開始3、2、1……オープン」
ラムダが淡々とカウントダウンを告げ、全銀河配信への接続のスイッチを入れた。
その瞬間。
《コタツ丸》のコンソールが、狂ったような電子音を鳴らし始めた。
「アラート、メインフレームが過熱しています。戦闘の負荷ではありません。同時接続数のカウンターが、物理的な限界値を超えて暴走しています」
「おい、いくら何でも数字の桁がおかしくないか!?」
慌てるガイウスを尻目に、配信のコメント欄は狂乱の坩堝と化していた。
『@名無し:突入きたあああああ!!!』
『@戦術ニキ:おいマジかよ! カイザー・ヴォルフ対コタツ丸!? どんな神マッチだよ!』
『@名無し:一回戦からチャンプとか何のバグだ!』
『@古参勢:登録者二十人の頃は、しょぼい敵相手に地味な戦いを仕掛けて一喜一憂してたのに……出世しやがって……(涙)』
『@アンチ:おっさん! 絶対王者に秒殺されて、猫たちの養育権をエルザちゃんに譲渡しろ!!』
『@猫博士:注目すべきはモチちゃんの耳の角度です。この激動の同接数の中でも完璧な水平を維持。これぞ王者の風格』
『@名無し:いや、単に爆睡してるだけだろwwww』
「全銀河が、私たちのガチ戦闘戦術を期待しているようですね、艦長」
「いや、このコメントを見て本当にそう思うのか、相棒。……だが、やるしかねえな」
ガイウスは苦笑し、膝の上のモチを優しく撫でた。
どれほど理不尽な超大物が相手だろうと、この猫たちの平穏な昼寝の時間を邪魔させるわけにはいかない。
ガイウスの手が、操艦モードのスイッチへと伸ばされた。




