熟練の操艦技術、ただし画面の九割は猫③
一隻目の高速駆逐艦を鮮やかに撃沈――いや、大会ルールに基づく安全転送へと追い込んだのも束の間、フロントモニターがにわかに騒がしくなった。
「艦長、おっさんの職人技に浸っている時間はありません。敵の第二波、来ます。……いえ、これは波というより津波ですね。合理的に言って、囲まれてすり潰されるレベルの物量です」
ラムダの警告通り、レーダー画面が信じられない密度の赤色光点で埋め尽くされていく。
デブリの隙間から這い出てきたのは、優に三十隻を超える中型戦闘艦の集団だった。統率された見事な陣形。どうやら個人の配信者ではなく、最初から数の暴力で上位を狙う傭兵ギルドの即席クランか何からしい。
「おいおい、予選の初戦からずいぶんと歓迎してくれるじゃないか」
ガイウスは無精ひげをなで、歴戦の勘を総動員してコンソールを睨みつけた。
これだけの物量に全方位から包囲されれば、いくら最新AIの予測を上回る旧式操艦技術を持っていようとも、物理的に回避する空間が足りなくなる。
「相棒、シールド出力を前面と両翼に等価分散。デブリを盾にしながら、一撃離脱で敵の包囲網の薄いところを食い破る。一瞬でも足を止めたら蜂の巣だぞ。……よし、防衛線を再構築する、手動スラスター点――」
ガイウスが真剣な面持ちで迎撃の決断を下し、操縦桿を限界まで引き絞ろうとした、まさにその瞬間だった。
ピギィィィィィィィィィィィヤァァァァァァァァァン!!
《コタツ丸》の艦橋に、電子回路が物理的に悲鳴を上げているかのような凄まじい爆音が鳴り響いた。
同時に、フロントモニターはおろか、天井の照明から足元のインジケーターにいたるまで、艦内のあらゆる発光端末が、網膜を焼き尽くさんばかりの凶悪な深紅の光――『巨大赤スパ』の輝きに染まった。
あまりの光量に、ガイウスは思わず腕で目を覆う。
「ま、眩しっ!? なんだ!? 敵の電子融解爆弾でも喰らったか!?」
「ち、違います艦長……! 決済、システムが……ナノマテリアル、クラウドが……あ、あああ、桁が、演算限界の桁が融解しています……!」
見れば、青白いホログラムであるはずのラムダが、まるで激しいノイズに揺さぶられるように激しく明滅し、中性的な顔をこれ以上ないほど歪めて頭を抱えていた。
メインコンソールの片隅で、投げ銭の履歴が高速で流れていく。そこには、全銀河で数えるほどしか存在しない最上位認証アカウントの識別符号が、不遜な輝きを放ちながら鎮座していた。
【石油王Xが、超・巨大量子決済スパチャを投下しました】
『石油王X:ギャラクシー・コロシアムへの出場おめでとう。これは祝福の猫缶代(宇宙本マグロ天然物30万缶相当)だ。猫たちの平穏のためにも頑張ってくれたまえ』
「猫缶代の規模が国家予算クラスになってるんじゃねええええか!!」
ガイウスの絶叫など、暴走を始めた《コタツ丸》の物質変換システムは完全に無視した。
全銀河最大級のイベントによる莫大な注目度と、石油王Xによる天文学的な決済エネルギーが最悪の化学反応を起こしたのだ。
スパチャがナノマテリアルへリアルタイム変換される供給ラインが完全に飽和し、艦内の変換炉が怒涛の勢いで大暴走(機能的な意味で)を起こした。
「――警告。ナノマテリアル未指定投入量が許容量を九〇〇%超過。緊急自動艤装進化プロセスを実行します。なお、主目的である『猫缶購入・自動配給システムの拡張』に伴う電力余剰により、兵装システムが『ついで』にアップデートされます――」
「おい待て! また『ついで』か! 何が生えてくるんだ今度は!」
ガイウスがシートにしがみつく中、《コタツ丸》の外殻が激しく変形していく。
船体の左右からニュキニュキと突き出してきたのは、軍用戦艦のスマートな砲塔――では断じてなかった。
それは、白くて、丸くて、先端にピンク色のぷにぷにとした突起が四つ付いた、巨大な鋼鉄製の構造物。
どこからどう見ても、巨大な『猫の肉球』だった。
それが左右に三対、計六基。船体から不気味なほど滑らかに生え揃い、敵の艦隊に向けて威風堂々と照準(?)を合わせた。
「嘘だろ……」
ガイウスが完全に思考を停止した瞬間、ラムダがバグった電子音声でカウントダウンを叫んだ。
「に、肉球型自動迎撃端末、オンライン……! 猫たちの、おやつを、邪魔する、不届き者に……神聖なる、猫パンチの、鉄槌を……! いけええええええ!!」
ドバァァァァァァァァァン!!
六基の巨大な肉球の先端から、銀河の闇を真昼のように照らす圧倒的な超波動粒子コンプレッション光線が解き放たれた。
いや、光線というよりは、光で形成された超巨大な猫の手が、宇宙空間を文字通り「ペシペシ」と叩いているようにしか見えない。
だが、その威力は文字通りの『天災』だった。
世紀末悪党集団ムーブをかまし「ひゃはははは! 消えろ消えろー!」とばかりに迫っていた敵の三十隻以上の戦闘艦隊が、その光の肉球に掠れた瞬間、まるでおもちゃのプラモデルのように一瞬で弾け飛び、大会の安全転送システムによって光の塵へと変えられていく。
物理法則を極限まで超越した超火力が、デブリ帯の小惑星ごと、敵の包囲網を、誇張抜きで一瞬のうちに完全消滅させた。
静寂が、宇宙に、そして艦橋に面妖なまでの重さで戻ってきた。
フロントモニターに映る前方空間は、綺麗さっぱり何もなくなっていた。あれほど密集していたデブリすら、肉球が繰り出した猫パンチ光線によって原子レベルで消し飛ばされ、不自然なほど美しい星空が広がっている。
ガイウスは、手動制御に切り替えた操縦桿を握ったまま、石像のように固まっていた。
口は半開き、目は点。歴戦の退役軍人としてのプライドと常識が、今まさに木端微塵に粉砕された瞬間だった。
「……なぁ、相棒」
「はい、艦長」
ラムダが、ノイズの収まったホログラムの姿で、すっと元の冷静な立ち姿に戻る。しかし、その目がどことなく虚ろなのは隠せていなかった。
「俺、さっき、ものすごく真剣に防衛線を構築しようとしてたよな? 敵の動きを読んで、デブリの影に隠れて、一撃離脱の手順を頭の中で完璧に組み立ててたよな?」
「はい。大変素晴らしい、涙ぐましいほど本格的なガチ戦術でした。全銀河の軍事関係者が涙を流して称賛するレベルの、おっさんの知恵の結晶でした」
「それが、なんで、あのピンクのぷにぷにから出た光線一発で、全員消し飛んでるんだ?」
「仕様です。合理的に言って、経済力はすべての戦術を凌駕します」
二人は同時に、深々と、魂が口から抜け出るかのような重いため息をついた。
そのシンクロ率は、間違いなくこれまでの配信の中で最高のものだった。
一方、画面の左隅で小さく輝くコメント欄は、もはや言語の体をなしていない狂騒状態へと突入していた。
『@名無し:ああああああああああ肉球砲きたあああああああああ!!!』
『@古参勢:知ってた。このチャンネル、おっさんが真面目になればなるほど理不尽な兵器が暴発する仕様なんだわ』
『@戦術ニキ:私の、私の完璧な陣形解説が……肉球の、圧倒的な質量攻撃の前に、存在意義を失った……(尊死)』
『@アンチ:おいこれ、いくらなんでも垢BANされるだろ!! なんだよあのぷにぷに! 反則級にかわいすぎるだろ畜生め!!』
『@猫博士:見てください! あの肉球砲の発射音、タマちやんが威嚇するときの「シャーッ!」という声をサンプリングして超重低音に加工したものが使われています! なんという拘り!!』
「誰も俺の戦術の話をしてねえ……」
ガイウスはガクリと項垂れ、自分の操艦技術の存在価値について、深い宇宙の闇よりも深い哲学的な苦悩に沈んでいくのだった。




