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熟練の操艦技術、ただし画面の九割は猫②

「前方に高エネルギー反応! 敵艦、来ます!」

ラムダのアナウンスと同時に、フロントモニターの端に鋭い光点が躍り出た。

現れたのは、流線型の美しいシルエットを持つ最新鋭の高速軽駆逐艦だ。銀河の最先端技術を詰め込んだ戦闘AIによって制御されているのだろう、デブリの合間を縫うようなその動きには、一切の無駄も慣性のブレもない。


「チッ、すばしっこいな。最新のドクトリン(戦闘教義)に基づいた、教科書通りの一撃離脱戦法か」

ガイウスは操縦桿を握る手に力を込め、不敵に口元を歪めた。歴戦の退役軍人としての血が、久々の大舞台を前にわずかに昂るのを感じていた。

「艦長、敵は最新型の戦闘AI『アタランテ・システム』を搭載している模様です。こちらの回避パターンはすべて予測演算の枠内に収められています。合理的な対抗策の提示を求めますか?」

「いや、必要ない。AIの予測ってのは、過去の膨大な戦闘データの最大公約数だからな。なら、データにない泥臭い動きをしてやりゃあいい」


ガイウスはコンソールの安全固定レバーを跳ね上げ、自動操艦アシストを完全に切った。

「マニュアル制御に切り替える。いくぞ、相棒!」

「了解しました。これより全推力を手動システムへバイパス。……なお、猫たちの安全のため、衝撃吸収Gリミッターだけは最大出力で維持します」

最新AIでも再現不可能な、絶妙なタイミングでの慣性移動。

ガイウスはフットペダルを踏み込み、主推進器の逆噴射と姿勢制御スラスターを同時に、かつミリ単位の精度で狂いなく連動させた。


《コタツ丸》の巨体が、物理法則を無視したような滑らかな軌道を描いて急減速する。直前まで突撃していたはずの空間を、敵艦の放った熱線兵器が空しく焼き焦がした。

「そこだ!」

デブリの微細な影に船体を滑り込ませ、敵のセンサーを一瞬だけ欺瞞する熟練の操艦技術。敵のAIが《コタツ丸》を見失い、予測演算のバグに陥った一瞬の隙を見逃さず、ガイウスは敵の死角へと完璧に回り込んだ。


軍の戦術教科書に載せれば、それだけで一章分の教材になるほど完璧なドッグファイト。

おっさんの至高の技術が、今まさに銀河最大級の配信イベントで披露されたのだ。当然、コメント欄はプロの戦術に対する賞賛の嵐で埋め尽くされる――はずだった。


『@戦術ニキ:素晴らしい! 今のデブリの熱シグネチャに自艦の排熱を同調させてセンサーを欺瞞する手動慣性ドリフト、AIの予測アルゴリズムの盲点を完全に突いている! これぞ老練の技、全銀河の戦術家は刮目して見るべし!!』

『@名無し:ああああああ! シロちゃんがタマちゃんの尻尾にじゃれついてるうううう!!』

『@猫博士:タマちやん、爆睡してたのに尻尾を甘噛みされて耳をピクピクさせてますね。これは『鬱陶しいけど許す』のサインです。大変に貴重な映像です』

『@古参勢:戦術ニキ、長文の解説助かるけど誰も見てないぞ。画面の九割が重力ベッドの猫だからな』

『@アンチ:おいおっさん! もっとカメラを右に引け! ミケちゃんの肉球がフレームアウトしそうだろ! 戦闘はどうでもいいから画角を直せ!!』


ガイウスは操縦桿を握ったまま、一瞬だけ白目を剥いた。

「おい相棒、気のせいか、俺の完璧なバックスタブに対する言及が一人分しか見当たらないんだが?」

「気のせいではありません、艦長。現実です」

ラムダは冷淡なホログラムの表情を一切崩さず、むしろ満足げに手元のデータを提示した。


「現在、配信画面の九割は、タイアップで新調された『超高級重力制御式ホログラム温熱キャットベッド・極』の上で繰り広げられる、五匹の猫たちによる熾烈なじゃれ合い宇宙大戦争に占められています。艦長の後頭部と敵艦の爆発は、画面の左隅に小さくワイプで表示されているのみです」

「画面の主役がベッドの上の毛玉どもになってるんじゃねえか!」

「訂正してください。毛玉ではなく、銀河を救う癒やしの天使たちです。現に、シロ氏がモチ氏の脇腹に連続猫パンチを繰り出した瞬間、同時接続者数がさらに倍増しました。合理的判断として、戦闘よりも猫パンチのほうが経済価値が高いと言えます」

「俺の命がけの操艦技術は猫パンチ以下かよ……!」


ガイウスは深くため息をつきながらも、指先は決して止めなかった。

虚しさはある。おっさんとしてのプライドも、少しだけ泣いている。

だが、どれほどコメント欄が猫一色に染まろうとも、このオンボロ……もとい、不条理に魔改造された愛艦を沈めさせるわけにはいかないのだ。なぜなら、ここで《コタツ丸》が被弾すれば、その衝撃でベッドで丸くなっているミケやポチ、タマたちが目を覚ましてしまうかもしれないからだ。


「……まあいいさ。あの子たちが起きて不機嫌にならないように、さっさと片付けるぞ」

「その意気です、艦長。では、次の標的をロックオンします」

背後でモチが「ふにゃあ」と緊張感のないあくびの声を上げる中、ガイウスは再び、最新AIを遥かに凌駕するガチ戦術の牙を剥き出しにした。

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