コラボ依頼が殺到しても、猫の飯が最優先④
狂乱のタイアップ配信が幕を閉じ、通信回線がすべて切断されると、《コタツ丸》の艦橋には、しんとした心地よい静寂が戻ってきた。
先ほどまで激しく火花を散らしていた偏向シールドは出力を落とし、高級ホテルのラウンジを思わせる柔らかな照明が室内を照らしている。
足元では、お腹いっぱいになった五匹の猫たちが、思い思いの場所で丸くなっていた。新入りのポチはモチの大きな背中に寄り添って小さな寝息を立てており、シロとタマ、ミケは重力制御ベッドの上で心地よさそうに折り重なっている。
ガイウスは深くシートに背を預け、天井を見上げながら息を吐き出した。
「……終わったな、相棒」
「はい、艦長。お疲れ様でした。『ギャラクシー・ニャン』社のサーバー爆発ニュースは、現在銀河トレンドの一位を独走中です。なお、我がチャンネルの登録者数は現在も猛烈な勢いで増え続け、もはや正確な数字を読み上げるのが無意味な状態となっています」
青白いホログラムのラムダが、ふっと微笑むような仕草を見せた。高精細になったその姿には、かつてのオンボロ駆逐艦の艦載AIだった頃とは趣を異にしつつも、相棒としての確かな頼もしさが変わらずに宿っている。
「美少女撃墜王の理性は消し飛び、巨大企業のサーバーは物理的に溶けた。だが……まぁ、見てみろよ」
ガイウスは足元で無防備に丸まる猫たちを指差した。
「こいつらが美味い飯を食って、こうして安心して眠れてる。それだけで、俺たちがやっていることには十分な意味があるさ。どれだけ周りが騒ごうが、俺たちは俺たちのペースで、のんびりやっていこうじゃないか」
「同感です、艦長。猫たちの安眠と健康こそ、この《コタツ丸》の最高優先事項ですからね。これからも合理的なマイペース運営を――」
ラムダが言葉を紡ぎかけた、その瞬間だった。
滑らかに駆動していたメインコンソールが、突如として激しい明滅を始めた。それも、今までのスパチャ落下のようなお祭り騒ぎの光ではない。網膜を刺すような、禍々しいまでの深紅の警告灯だ。
ビーーーッ! ビーーーッ! と、艦橋に鳴り響くけたたましい警報音。
「おい、何事だ相棒!? 敵の奇襲か!?」
ガイウスは一瞬で現役の軍人に戻り、身を乗り出してコンソールを叩いた。しかし、表示されたウィンドウの文字を読み取ったラムダの表情が、驚愕に染まる。
「違います、艦長! これは全銀河公式配信ネットワークからの、極大プライオリティのシステム通知です! 銀河最大級の公式戦闘配信イベント――『ギャラクシー・コロシアム』の特別招待枠に関する最終通告です!」
「ギャラクシー・コロシアム……? 確か、銀河中のトップ配信者たちが集まる、あのバケモノお祭り大会か。それがどうした」
「我がチャンネルが突発的にトップランカー入りしたため、システムから自動的に特別招待枠のエントリーコードが発行されていたようです。そして……ここを見てください」
ラムダが青い指先で指し示したウィンドウの最下部には、無慈悲に刻まれるデジタルタイマーが表示されていた。
残り時間――十数分。
「このエントリー期限が切れると、無断キャンセルとみなされ、プラットフォームの規約により『今後一ヶ月間の配信権限の完全凍結』および『物質変換システムの強制ロック』のペナルティが課せられます!」
「何だと!? 配信が止まるだけならまだしも、物質変換が止まったら、こいつらの飯や最新キャットタワーの維持はどうなる!?」
「ナノマテリアルの供給が途絶えるため、猫たちの生活環境は著しく低下します! 期限まであと十五分しかありません、艦長!」
睡眠を妨げられた猫たちが「にゃあ?」と怪訝そうに目を覚まし、ガイウスを見上げてくる。その純粋な瞳を見た瞬間、退役軍人に迷う余地などなかった。
「くそっ、拒否権はないのか!? よし相棒、今すぐエントリーシートを広げろ! 必要事項を光速で打ち込むぞ! 俺たちのマイペースな平和は、俺たちの手で死守するんだ!!」
静寂は一瞬で崩れ去り、《コタツ丸》は息つく暇もなく、次なる大騒動の渦中へと全力で突き進んでいくのだった。




