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コラボ依頼が殺到しても、猫の飯が最優先③

「氷の撃墜王」が幼児退行を起こした狂騒の余韻も冷めやらぬうちに、艦橋のモニターには次なる通話相手がポップアップしていた。

 映し出されたのは、仕立ての良い高級スーツを着た小太りの男だ。男は全銀河にその名を知られる超巨大ペットフード企業『ギャラクシー・ニャン』の最高宣伝責任者、マーケティング担当副社長のボブ氏であった。


「いやぁ、レーヴェン艦長! 素晴らしい、実に素晴らしいもふもふ配信でした! 我が社はあなたのその圧倒的な『猫誘引力』を高く評価している! ぜひ我が社の新商品タイアップ案件を引き受けていただきたい!」

「はあ、どうも……。それで、タイアップの具体的な内容というのは? 俺は一応、戦闘配信者ですので、敵艦隊の包囲網を突破するような、手に汗握るガチの戦術シミュレーションの依頼でしょうか」

 ガイウスがわずかな希望を込めて、無精ひげのあごをさすりながら尋ねる。

 しかし、副社長のボブは、まるで「このおっさんは何を寝ぼけたことを言っているんだ」とでも言いたげな、呆れたような爆笑を返してきた。


「ハッハッハ! 面白いジョークだ艦長! 誰がそんな地味な戦術を求めているかね!? 我々が求めているのは、我が社が誇るナノバイオテクノロジーの結晶、最高級プレミアム猫缶『銀河の咆哮・マグロ仕立て』のプロモーションだよ!」

「プレミアム猫缶……。それを、戦闘配信の最中に?」

「その通り! 条件は極めてシンプル! 戦闘演習の真っ最中に、猫ちゃんたちにその猫缶を『死ぬほど美味そうに貪り食わせる』。これだけだ! 勝敗? 敵の全滅? そんなものはどうでもいい! むしろ、敵の猛攻を受けて船体が激しく揺れる中で、一切の動揺も見せずに猫缶をペロペロと舐め尽くす猫ちゃんたちの、底知れぬ胃袋と愛らしさのギャップを描写してほしいのだ!」


 ボブ副社長は熱弁を振るい、鼻息を荒くして画面を叩いた。

「いいかね!? 敵の対艦ミサイルがシールドを削るその瞬間、ミケちゃんが『うにゃあ!』と歓喜の声を上げて、口の周りをマグロまみれにする! その圧倒的なリアリティこそが、全銀河の飼い主たちの購買意欲をマッハで加速させるのだ! 契約金は言い値で払おう!」

「……なぁ、相棒」

 ガイウスは、表情筋を完全にフリーズさせたまま、隣のホログラムに向かって囁いた。

「俺の耳がおかしくなったか、それともこの宇宙の経済概念が狂ったか、どちらだと思う?」

「後者です、艦長。現在、我が艦の戦闘の勝敗よりも、猫の咀嚼音の一デシベルの方が経済価値が高いと銀河市場が判断しています。合理的な選択として、この案件は受託すべきです。なお、すでに先方からナノマテリアル物質変換用の特急データパッチが送信されてきました。いつでも実体化可能です」

 ラムダは相変わらず冷徹に、しかし手元のウィンドウで猫缶の三次元グラフィックを愛おしそうに拡大しながら言った。


 ガイウスの「戦闘配信者としてのプライド」が、粉々の原子レベルにまで粉砕されていく音が艦橋に響いた気がした。だが、懐を温めなければ、猫たちの今後のキャットタワー維持費や高級猫砂の購入費が賄えないのだ。

「……分かった。やればいいんだろ、やれば」

 ガイウスが諦めてマスターコンソールを叩くと同時に、タイアップ用の仮想戦闘演習が強制的にスタートした。

 警報が鳴り響き、モニターの向こうから仮想敵の重巡洋艦が容赦ない電子ビームを放ってくる。軍用戦艦並みに魔改造された《コタツ丸》の対超波動粒子偏向シールドが、ビームを弾いて青白い火花を散らした。


「よしラムダ! 物質変換システム起動! クソ高い猫缶を実体化させろ!」

「了解、ナノマテリアル・クラウドより『銀河の咆哮・マグロ仕立て』、緊急実体化します!」

 艦橋の中央にある変換トレイから、まばゆい光とともに、純金製かと見紛うばかりの超豪華な缶詰が五つ、ガコンと音を立てて出現した。

 ガイウスは敵艦の正確な砲撃を、神がかった旧式操艦マニューバで「ついでに」回避しながら、シートから身を乗り出してプルタブを次々と引き抜いた。


 その瞬間、艦橋に満ち溢れたのは、宇宙マグロの濃縮された、暴力的なまでに濃厚な磯の香り。

「にゃ、にゃあーーー!?」

 その香りを嗅ぎつけた瞬間、これまでどんな爆発音にも動じなかったモチの巨体が、まるで超空間跳躍したかのような速度で、腹肉を震わせて皿へ突っ込んできた。

 新入りのポチも、ミケも、シロも、タマも、すべての猫たちが野生の目を取り戻し、一列に並べられた黄金の皿へと猛烈なヘッドバットをかます勢いで群がった。


「クチャクチャクチャ!!」

「ハフハフ! ぐるるるる!!」

 それはもはや食事ではなく、狂乱の宴だった。モチにいたっては、あまりの美味さに白目を剥きかけながら、皿をもの凄い勢いで床に滑らせ、壁に押し付けながら貪り食っている。

 その様子が、超高解像度のカメラによって銀河全土へライブ配信された。

 コメント欄は、一瞬で光速の濁流へと変貌する。


『@名無し:モチの食い方が完全に世紀末のそれwwwwww』

『@古参勢:おいおい、あのプレミアム猫缶、一缶で俺の月給より高いやつだぞ!?』

『@戦術ニキ:背景で敵の重巡洋艦が完璧なクロスファイアを仕掛けてきているのに、猫たちが一ミリも気にしてなくて草。これぞガチの精神力』

『@猫博士:ポチちゃんのあの必死な耳の伏せ方! あれは警戒ではなく、あまりの美味さに独占欲が爆発しています! ギャラクシー・ニャン社、これは歴史的名作の猫缶だ!』

『@アンチ:おいおっさん! 敵の魚雷が迫ってるぞ! あ、避けた。よし、それよりシロちゃんの口の周りのビタミンゼリーを拭いてやれ!!』


「ボ、ボブ副社長! これで満足か! 敵艦がさらに三隻増援に来たが、俺はどうすればいい!?」

 ガイウスがマスターコンソールを片手で操作し、最新AIをも凌駕する絶妙なスラスター制御で敵の魚雷を紙一重で回避しながら叫んだ。

 しかし、通信画面の中のボブ副社長は、自分の髪をかきむしりながら、狂ったように叫び声を上げていた。


「あああああ! 素晴らしい! モチちゃんのあのブルブル震える肉厚なアゴ! ミケちゃんの満足げなペロペロ! 艦長、戦闘なんてどうでもいい、そのまま猫たちを映し続けろ! ――って、うわあああああ!!」

「おい、どうした副社長! 敵のハッキングでも受けたか!?」

「違う! 我が社の特設購買リンクの同時アクセス数が、たった今『百億』を突破した! サーバーが溶けた! 物理的にデータセンターの冷却液が沸騰して爆発したんだ!! 全銀河の在庫が三秒で蒸発したぞおおお!!」

 画面の向こうで、副社長は歓喜と恐怖の入り混じった顔で絶叫し、そのまま通信がぷつりと切れた。


「……サーバーが、物理的に爆発しただと?」

 ガイウスは、手元のコンソールに表示された、敵重巡洋艦の全滅を示す「演習クリア」の文字を見つめ、静かに天を仰いだ。

 ガチの回避戦術と完璧な魚雷の軌道は、巨大企業のデータセンターの爆発という、最も不条理なニュースの陰に完全に隠れて消え去ったのだ。


 足元を見ると、五匹の猫たちはすでに黄金の皿を鏡のようにピカピカに舐め上げており、満足そうに「ふにゃあ」とあくびをしながら、ガイウスのブーツの周りでゴロゴロと丸くなっていた。

「……はは、まぁ、お前たちが腹いっぱいになったなら、それでいいか」

 戦闘配信者としてのアイデンティティが完全に消滅した代わりに、妙に温かい充実感だけが、ガイウスの胸を満たしていくのだった。

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