冒険者ギルド5
ユウ・タチバナは図書館で出会った少女と喫茶店で向かい合うように座っていた。
近くに川が流れている自然に囲まれたお店。店内には落ち着いたジャズ風な音楽が流れている。
昼を過ぎた時間帯で客の数は多くなく、疎らに座っている程度だった。
「おいしい」
目の前の銀髪の少女は表情を変えずにプリンを頬張っている。
テーブルの上にはすでに空になったプリンの皿が三枚並べられていた。
「最後の一口」
そう言って少女は物惜しげな目をしながらパクりとスプーンにすくったプリンを口に入れて、ぺろりと唇を舐めた。
「それで……そろそろこの状況を説明してほしいのだけれど」
ことの経緯はこうだ。
あの後、少女から「場所を変えたい」と言われたユウは断る理由もなかったので了承した。すると、近くの喫茶店まで連れてこられたのだ。
それからはユウの存在を無視して、ひたすらプリンを口に入れていた。
「あっ、あなたの存在忘れてた」
「俺ってそんなに影薄かったのか!?」
ユウは泣きそうになりながらそう叫んだ。
なんとなく途中からそんな気はしていたが、面と向かって言われると傷つく。
例えるなら、クラスの女子からランチに誘われて脈ありだと思っていたら「女子一人だと入りづらいのよねこのお店」と言われたようなもの。
「ごほん。では、改めまして。俺はユウ・タチバナ。今日から冒険者になったものだ。君の名前を聞かせてもらっても?」
ユウはわざとらしく咳払いをして、ハッキリとした口調で名乗った。
「エミリー・ジェモン。十三歳。見ての通りの銀級冒険者」
それに対してエミリーは短く答え、胸にある獅子の彫られた銀の記章を指さす。
ユウが会ってきた冒険者の中で最年少の子だった。
冒険者採用試験にいたどの人たちよりも若いのところをみるに、この若さでしかも銀級というのは珍しいのだろうと推測ができる。
しかし、ユウは別のところがひっかかった。
「あれ、ジェモンってどこかで聞いたような」
直近で同じ名前を持つ人に出会ったような気がして、思考を巡らせていると、エミリーがため息をつく。
「……ギルド長」
ぼそっと呟やかれた声にユウは思い出した。
「そう! クリストフ・ジェモンだ。こんな偶然もあるんだね」
顔を歪めたエミリーからは不快な感情が伝わってくる。
そりゃ、ギルド長と同じ名前ってのは嫌だよな。
こっちの世界で言ってみれば、担任の教師と名前が被っているようなもんだ。
クラス中から一度はからかわれること必至だろう。
「いやー、それは災難だね。気持ち分かるよ」
「父です」
「うんうん、父かー。それはそれは……。父!?」
言われてみれば、エミリーの容姿はギルド長のクリストフに似ている。
銀色の髪に銀色の瞳。容姿端麗で、いまいち感情が掴めない理知的な雰囲気。
比べれば比べるほど、気がつかなかったことが不思議なぐらい自明のことのように思えた。
「災難とか言ってごめん! ほら、有名人と同じ名前だと大変そうだなとかそう思って……」
「別に間違ってない」
ユウの取り繕う言葉に、冷たくそう言い放つ。
そんなエミリーにかける言葉が思いつかなかった。
なので、気まずい沈黙をやぶるために元の質問を再びすることにした。
「その……俺をここに連れてきた理由を聞いてもいいか?」
自己紹介から思わぬ方向へと話が飛んでしまったので、無理やり軌道修正。
「そうだった」
少し間が開いてから、エミリーはそう口にした。
どうやら、大好物らしいプリンを食べて本来の目的を忘れていたようだ。
「絵本の件だけど他の人に話したら怒るから」
「誰にも言いふらしたりしないって。俺も授業中に漫画を教科書に挟んで読んでいたこともあるし、むしろ親近感が湧いたぐらいだ」
最初こそ驚いたものの、今となっては可愛らしいとも思える。
きっと見栄を張っていたのだろう。
自分も同じ歳のころは、難しそうな本を読んでいる姿に憧れていたことを思い出した。
なんて回想をしていたら机の下から脛を蹴られた。
「痛っ! 痛いって」
「馬鹿にしましたか? いえ、馬鹿にしましたね」
「してない、してないって」
エミリーの剣呑な目つきにユウは慌てて否定する。
小柄な体でつい子供扱いしてしまいそうになるが、彼女は銀級冒険者。相当な実力を隠し持っているのだろう。
ギルド長の口ぶりから、銀級以上の冒険者から扱いが変わるような節を感じたからな。
「そうですか。……そういえば、図書館に何か用事でもありましたか」
急に塩らしい態度で上目遣いを向けてくる。
話を聞いてもらえそうな雰囲気に、ユウは図書館での用事を済ませてしまおうと思った。
「実はレッドドラゴンについて知りたかったんだ。……例えば、どれくらい強いのかとか。エミリーは何か知ってるか?」
そう聞くと、エミリーは銀の長髪を右手の人差し指でくるくる回しながら答えた。
「小さいのなら私一人でも倒せる」
何てことなく言う彼女にユウは拍子抜けした。
災害級なんて聞いていたものだから、誰もが恐れるようなモンスターだと考えていたからだ。
「なんだ、そんなに大したことないのか」
そう口にした一瞬、空気が重くなった気がした。
「……やっぱり馬鹿にしてる」
「あっ、いや! 別にエミリーを下に見ているわけではなく、想像と違っていたというか。そうだ、大きいのだとどうなんだ?」
しまったと思ったユウは慌てて話をそらした。
「大きいのは無理。もし出会ったら逃げるしかない」
転生後に出会ったレッドドラゴン。
あれが、小さい方だとは思いたくないが、そうなると銀級冒険者でも太刀打ちできないほどの強さということになる。やはり、自動戦闘『強』は飛びぬけた強さをしているらしい。
(……封印だな)
ユウは最後の手段以外では自動戦闘『強』のスキルは使わないと心に決めた。
特に人間相手なら『中』すら使いたくない。
「それじゃ、私は行きます」
「ああ、教えてくれてありがとう」
一緒に席を立ったユウは二人で喫茶店を出る。
ちなみに、会計はユウの分も含めてエミリーが払ってしまった。
「おごってあげたんですから、分かってますよね?」
ギルド長にも引けを取らない圧力にユウは思わず一歩後ずさる。
「秘密にするよ。約束だ」
苦笑いを浮かべたユウに背を向けてエミリーは歩き出す。
すると、すぐに足を止めてこちらを振り返った。
「それと、人の胸をじっと見つめるのはやめたほうがいいですよ。ばれてますから。変態さん」
「なっ!?」
「もう会うこともないでしょうけど」
風に吹かれた銀髪を右手で掴み、左手でスカートの裾を押さえながら、今度こそエミリーは振り返らずに歩き去っていった。
「いつ俺が胸を見たって……あっ、図書館でエミリーの胸にある記章を見つけた時のことか……」
どうやら、ユウに対するエミリーの好感度は最低なようであった。




