冒険者ギルド2
「……なんのことだか分かりません」
ユウ・タチバナはギルド長を振り向き、首をかしげてとぼけることにした。
とてつもなく嫌な予感がして、正直に話すのはためらわれたからだ。
「近くで災害級のモンスターが暴れていたにも関わらず認知していなかったと……。実に興味深い」
クリストフは微笑を浮かべたまま、ユウの瞳を覗き込むように見上げる。
銀色の瞳からは彼の感情を読み取ることはできない。
片眼鏡をかけた右目は心なしか見開かれているような気がした。
災害級モンスター。
おそらく、転生後に一撃で倒した赤いドラゴンのことだろう。
ふと、少女のNPCが言った言葉を思い返す。
『五十年分のコンテンツをソロで達成できるスキル』
ゲームの話なら、くだらねーで笑い飛ばせることでも、現実になると慎重にならざるを得ない。
現実世界ではセーブもロードもできないのだから。
この自動戦闘スキルの存在は知られてはならない。
そんな予感がユウの頭を駆け巡る。
しかし、ただの高校生でしかないユウはスキルなしではただのひ弱な少年だ。
大人も、それもギルド長という肩書を持つ相手に対して心理戦などできるはずがなかった。
時間が解決してくれるのを祈りながら目だけは逸らさずに見つめ続ける。
嘘がばれないようにと。
しばらく、視線のぶつかり合いをした後にギルド長がふっと息を吐いた。
「まぁ、いいでしょう。実際に君が戦っているところを見たものはいないのだし、指導長のジミーとの試験も二人きりだったのだろう?」
クリストフは背もたれにもたれかかると、椅子からギギギと音が鳴る。
それを合図にふっと空気が軽くなったように感じた。
「ギルド長は過大評価しすぎなんです。俺なんて別に大したことはない。さっきも言ったようにジミーさんがめちゃくちゃ油断してただけなんです」
ギルド長の言葉に光明を見出だしたユウは饒舌に話しだす。
結局、本当の実力を見られたのは指導長のジミー・ダーモンにだけであり、その彼も幸か不幸かこの場を離れている。
今なら実力をうやむやにしたまま押し切れると踏んだ。
「勘弁してほしいよ。たまたま試験官を倒してしまったらそれが凄腕の人で? なんか、駆けつけたギルド員から変な目で見られるし……クリストフさんから誤解を解いてくださいよ」
ユウの言葉にギルド長はやはり微笑を湛えて頷いた。
「君に何か事情があるならしょうがない。本当を言うと、最低でも銀級冒険者の記章を渡そうかと考えていたんだ。元とはいえ、英雄級に次ぐ金級冒険者を凌駕したんだからね。その場に私がいなかったのが非常におしい。だから、もし一つ上の銀級を望むなら、今からでも間に合うけれどね。どうする?」
頷いただけで、まったくユウの意図が通じた様子はなかった。
クリストフは執務机の引き出しを開け、獅子が彫られた銀の記章をゴトリと机の上に置いた。
「ユウ・タチバナ君。銅級冒険者はあまり待遇がよくない。報酬の安い依頼しか受注できないのに加えてギルドからの手当てもほとんど出ない。何より、銀級に上がるには偉業とも呼べることを成し遂げなければならない。それでも銅級を選ぶかい?」
偉業と聞いてユウは内心で納得をした。
これはいわゆるキークエストというやつなのではないかと。特定の依頼をこなすとゲームのシナリオが進むというやつだ。
確かに銀級から始めればギルド長の言う通り、待遇がいいのだろう。
しかし、自動戦闘というチートスキルを持っているユウからしたら、できるだけ目立たないことのほうが重要度が高い。
「お金に興味はありません。ただ日々を暮らすだけの収入を稼げれば俺は十分です」
志が低く、怠惰とも取れる返答にもクリストフは顔色一つ変えずに頷いた。
「君のような無欲な冒険者、私は嫌いではないよ。それなら、この記章は引っ込めよう。これで正式にユウ・タチバナ君は銅級冒険者だ」
そう言うと、机の上に置いてある銀の記章を引き出しにしまった。
そのあまりにあっさりとした様子にユウは肩の力が抜ける。
「他に何か質問はあるかい?」
両肘を机に付いた格好のギルド長からは、先ほどまでの威圧感が消えていた。
そのため、素直に疑問に思ったことを口に出す。
「例えばですけど、銀級冒険者と一緒なら銅級でも一つ上の依頼を受けることはできますか?」
「もちろん、団に入っていれば可能だよ」
「団というのは?」
聞きなれない言葉にユウはオウム返しで答えた。
「そうだね、説明しておこうか。冒険者というのは、我々冒険者ギルドと契約している者のことを言う。人々が冒険者ギルドに依頼を出し、我々が冒険者にそれを提示する。そして、依頼の完遂を確認すると、ギルドから冒険者へと報酬が支払われる。危険が伴う仕事だ。大抵は複数人で事に挑む。だが、一人一人の貢献度を計るなんて不可能。そのため、あらかじめ団と呼ばれる冒険者グループというものがあり、そこのリーダーに一括して報酬を支払うという仕組みになっている」
そう説明されれば、ユウにはすぐ理解できた。
「つまり、オンラインゲームによくあるプレイヤー同士が集まってボスを倒したりするやつか」
「……何か君から私の知らない言葉が出てきたぞ。……これが若者言葉というやつなのだろうか」
ギルド長は額を揉みながら険しい表情をしていた。
「あっ、いや、気にしないでください」
「まぁ……君が理解できたのならいいのだけれどね」
ここまで聞けばだいたいのことは分かった。
冒険者ギルドという組織の下に、冒険者同士で組む団という小さな組織がある。ほとんどの冒険者はどこかの団に入ることになるのだろう。
「団に所属しない冒険者はいるのですか?」
「ああ、報酬を独り占めできるからな、金にがめつい冒険者なんかは無所属でやっているが推奨はしないな。何かあった時、助けてくれる仲間がいるのといないのでは生存確率が変わってくる」
過去に何かあったのだろうか、クリストフの顔が曇る。
ユウからしたらソロほど好都合なものはないが、適当にどこかに所属しないと悪目立ちしそうだ。
別に異世界転生したからといって、勇者になりたいわけでも英雄になりたいわけでもない。
幸いにも自動戦闘というチートスキルがこの世界で通用しすぎるほどに通用している。後は、目立たずに小銭稼ぎをしながら、今後のことを考えればいい。
食べるものにも困っていた転生後からしたら、生活の目途がたっただけでユウは雲の上にいるような気分になった。
「そうですよね、俺もどこかいい団があれば入ってみます」
「……それなら、金級冒険者がリーダーをしている『ボウキー団』があるのだけれど、私が君を推薦しようじゃないか」
ユウはギルド長の目の色が変わったのを見逃さなかった。
十中八九、監視対象に置かれるだろうことは想像に難くない。
これは断るべきだと本能が告げている。
「いえ、俺が命を預ける団は俺自身で決めます」
思考に沈んでいた視線を持ち上げて、真っ直ぐにそう告げると、
「ふっ……いい目だ。出過ぎた真似をしたよ。その言葉、君と会ってから初めて冒険者らしいと思えた」
クリストフは銀の瞳を緩めて破顔一笑する。
それは、感情を見せなかったギルド長が初めて発した本心からの言葉だった。




