冒険者ギルド1
大陸の北端に位置するファスナ帝国はドラゴンの住処である竜の山脈と隣接していた。そのため、大陸でも屈指の冒険者ギルドが存在している。
危険な職業のため試験を通ったものしか冒険者になることはできないが、その分報酬も大きい。
そんなギルドの一つ、ファスナ帝国首都にあるファスナ冒険者ギルド。
都市の三分の一ほどの土地を持ち、中央に建っているギルド本部の他にも様々な施設が存在している。
冒険者用の住居は当然のこと、武器、防具屋に飲食店。娯楽施設も完備。冒険者以外でも利用できるが、それぞれに割り当てられている冒険者ランクによって割引を受けられるのが特徴だ。
その中央に立つ見上げるほど高いギルド本部へと大勢の人々が向かっていた。
腕を捲り力自慢している人たち。
難しい顔をして紙に視線を下げて歩いている人たち。
そんな姿を生暖かい目で見ているギルドの制服を着た職員たち。
三者三様の人らがギルド本部へと飲み込まれていく。
ファスナ帝国の冒険者ギルド本部で今日、新たな冒険者を雇うための大型試験が開始される。
しかし、予想外の出来事が発生し、ギルド内部では大きな騒動が起きていた。
試験が始まって二時間が経ち、昼を回ろうとしている時間帯。
呆然とした様子で、ユウ・タチバナは男の前に立っていた。
「別に、座ってもいいのだよ?」
「い、いえ……このままで大丈夫です」
顔を固くしながらそう答える。
ユウは座るよう促されたソファに腰を下ろす気にはなれなかった。
目の前にいる壮年の男は立派な執務机に両肘を乗せて柔和な笑みを浮かべている。
銀色の長髪を垂らし、右目に片眼鏡をかけた姿からは理知的な雰囲気を感じた。
だが、ユウを見る眼差しはとても鋭く、その銀色の瞳は何かを見定めようとしているように思える。
知られたくないことを見透かされているような気がしてユウは視線を泳がせた。
左右の壁には分厚い書籍が所狭しと置かれた棚があり、横には高級そうなソファーが置かれている。
男の後ろには大きな獅子が描かれた旗が飾られており、絵だと分かっていても威圧されてしまう。
彼こそが冒険者ギルドのギルド長だ。
「知っていると思うが、改めて自己紹介をしよう。私はクリストフ・ジェモン。ギルド長だ」
つまり、この男が冒険者ギルドのトップ。
皇帝に次ぐ権力者といっても過言ではない。
「ユウ・タチバナです」
失礼がないように返事を返す。
ユウは緊張で喉が渇いていた。
その様子をクリストフは微笑しながら見つめている。
静寂が二人きりの部屋にしばらく訪れた。
「何、君を呼んだのは騎士団に突き出すためではない」
その穏やかな口調にユウは少しばかり肩の力が抜ける。
ギルド長室に連行された時は、異世界にきてそうそう罪人になってしまうのかとドキドキしていたからだ。
「まずは、指導長ジミー・ダーモンに代わってこれを授与しようと思う」
そう言って、目の前に出されたのは獅子が彫られた銅の記章だった。ブローチになっていて胸に付けられるようになっている。
「……これはなんでしょうか?」
「ずいぶんと動揺しているようだな。これは冒険者の証だよ。つまり、君は試験に合格したというわけさ。おめでとう」
乾いた拍手が室内に響く。
相変わらずクリストフは人のよさそうな笑みを浮かべている。
「いや、でも俺は……」
「私はジミーを高く買っていてね、冒険者を引退した老兵といっても元金級冒険者だ。ここファスナ帝国において彼より強い者はそう多くない」
ユウを無視して話し出す。
その平坦な口調からは感情を読み取ることができなかった。
「そんな彼を君は傷一つ負わずに修道院送りにしてしまった。ああ、こう言うと君を責めているようだな。安心してくれ、かろうじて息はあったから生きている。そこは心配しなくていい」
その言葉を聞いてユウは安堵のため息をこぼす。
異世界にきて、途方にくれていたら親切な人たちに拾われてこの町まで同乗させてもらったところまではよかった。冒険者採用試験がやっているからと誘われて話に乗ったら、試験官をスキルを使って危うく殺しかけたのだ。
人間なんて触れただけで致命傷を負わせられそうな化け物を瞬殺したスキル。
例え『中』レベルを使ったとしても、どうなるかは火を見るよりも明らかだったのに。
「それを聞けて安心しました」
「それにしても、君のような実力者が市井に隠れていたとは。誰か師匠でもいるのかな?」
クリストフは柔和な表情を崩し、鋭く銀色の瞳を細める。
突然の豹変にユウは思わず一歩後ろに下がった。
ギルド長だけあって、この男はただものではないのだと肌で感じた。
「い、いや……独学で身に付けたスキルです」
チートスキルを持って異世界転生しました。と言うわけにもいかずに咄嗟にそう口にする。
「独学ときたか。とんだ天才が眠っていたものだな」
さっきまでの刺々しい空気はどこへやら、再びクリストフは微笑を浮かべた。
「俺が素人だと思って、その……ジミーさんも油断したんだと思います。次やったらきっと違う結果になりますよ」
「ふんふん。自分の力を誇らずにむしろ謙遜するか。なかなか出来た若者だ」
ユウの言葉に感心するように頷くが、その口ぶりは感情を抑えているようだった。
このまま話し続けると、隠している秘密まで見透かされそうでこの場から早く立ち去りたい。冒険者として目立たずに、この世界で暮らしていけるだけのお金さえ稼げれば十分だ。
「そ、それでは、俺はこれで……」
ユウはそのまま一礼して、背を向けて歩き出したのだが。
「待て」
クリストフの一言で、両足が床に縫い付けられたような錯覚に陥った。
「スィル村がレッドドラゴンに襲われたという報告をもらっている」
ユウの頭の中に、転生直後の上空を旋回していた赤い鱗のドラゴンが思い浮かんだ。
しばらく言いよどんでから、振り返らず答えた。
「そ、そうですか」
なぜ、自分にその話を振るのか。
その意図を思考しながら。
「その村に急遽冒険者を派遣したのだが、絶命しているレッドドラゴンを発見したそうだ。何か思い当たる節はあるかな?」




