プロローグ2
ベッドに寝転びながらヘッドセットを被った立花裕は電子空間に身を投げ出していた。
仮想空間に人の意識を接続するフルダイブ技術が普及して久しい。当初は安全性の懸念などがあり、実装当時はゲーム世界に閉じ込められるなどの事件も発生したらしいが、それも遥か昔の話。
今や全国の小学校でも活用されるほどの普遍な技術と化していた。
裕がアクセスした仮想空間はゲームショップだ。
東京の巨大な交差点をモデルにした世界ではゲームの広告が乱立している。
日本中のゲーマーが集まるこの場所はプレイヤー同士の交流の場にもなっていた。
あちこちにカフェがあり、おしゃれな服装をしたアバターで盛り上がっている中、裕は交差点付近をうろつきながらゲームの広告を見て回っていると、
「これ、やってみようかな」
雑踏の影にポツンと立っている少女のNPCを見つけて立ち止まる。
細い両手で掲げられている看板には『竜と剣』というゲーム名が書かれていた。
『今なら特典が熱い!』『初心者優遇』といった宣伝文句がスーパーのポップのように周囲の空間に浮かんでいる。それにまんまと釣られた裕は目の前にいるNPCの少女に話しかけた。
するとこちらを向き、やけに獰猛な瞳で真っ直ぐ見つめられる。
「ようこそ! 今から始められる方には五〇年分のコンテンツを全てソロで達成できるスキルをお配りしています。まさに始め時ですよ」
「どんなスキルなんだ?」
「はい! 自動戦闘スキルが付与されます。これにより、アクションRPGにもかかわらず放置ゲームのように遊べます。もちろん、純粋にアクションを楽しみたい方に向けてスキルの強度を弱中強の三つを選んで発動できますよ。さらに、どうしても苦手な方向けにはもう一段階上の神モードも使えます。もちろん、全て無料で利用できます」
矢継ぎ早に放たれる説明セリフを聞きながら裕は興味が湧いた。
前から興味があったタイトルだが、廃課金仕様と聞いて敬遠していたからだ。
(今では名前すら聞かないほど過疎っているらしいが、暇つぶしには十分だろう)
裕は腕を伸ばしてゲームのスタートボタンをタッチした。
すると、パズルのように周囲の風景が崩れていく。
凝った演出だが、これが読み込み時間だということを裕は知っているため驚きはない。
次第に黒い空間で周囲が埋まっていく中、NPCである少女が笑みを深めたような気がした。
東京の交差点が色を失い、宇宙空間のような真っ暗闇の世界が出来上がる。
裕の目の前には透明なウィンドウが複数立ち上がった。キャラクタークリエイト画面だ。
(いつも通りでいくか)
裕はさくっと必要な項目を入力していく。
黒髪黒目の日本人風。身長は百七十二センチ。
服装はデフォルトの白いシャツに茶色のズボン。
名前は世界観に合わせて姓名を逆さまにしたユウ・タチバナ。
確定ボタンをタッチすると世界が急速に再構築を始める。
暗闇の世界が少しずつ色付き始めていく。
徐々に露になる世界は透き通った青い空、牧歌的な村。そこに現れるシンプルで元気溢れる初期アバター……ではなく、
「……なんだこの状況は。いきなりクライマックスか何かですか?」
黒煙が空を覆い、冷たい雨が全身を叩く。
泥にまみれた服装に焦げた匂いのする黒髪。
牧歌的どころか荒廃している村とも呼べない開けた土地。
さらには上空を旋回しているレッドドラゴンまでいる。
「というか、何の説明もなしかよ! こんな絶望的な状況に放り出されてどうすりゃいいんだ。頭上にはどう考えても友好的じゃないドラゴンまでいるし」
ユウの腰には初期装備である鉄の剣が重量をもって存在を主張していた。
鞘から引き抜くと鉄を溶かして型にいれただけの切れ味なんて微塵も感じない量産品といったものだった。
「うわっ、あからさま初期装備って感じだ。これで一体どうやって戦えっていうんだよ。……あっ、そういえばスキルがあるんだっけか……」
ユウがスキルを意識すると、使い方まで自然と浮かんできた。自転車の乗り方を一度覚えると忘れないのと同じように。
「自動戦闘『強』発動」
ユウの瞳が紅蓮に染まる。
先ほどまでの、おどおどした頼りない青年といった雰囲気はなく、研ぎ澄まされた日本刀のような空気を纏う。
レッドドラゴンの羽ばたきで生じる強風もユウに当たる瞬間に真っ二つに切れていく。
(すごい、まるで全身が武器になったような感じだ)
上空から急加速して突進してくるレッドドラゴンに対して剣を構える。
そのすべての動作が自動で行われた。
相手に対して一ミリも無駄な動きがない洗練された達人のような構え。
レッドドラゴンはその巨体からスピードを乗せて前足を引っ搔くように振り下ろす。
だが、半歩横に動き、すんでのところで攻撃を回避したユウは鉄の剣を鱗のない腹に添わせると、血しぶきと悲鳴を上げてレッドドラゴンは地面に伏した。
止めに首に剣を突き刺したところで能力が解除される。
「はぁ……はぁ……。今の……俺がやったのかよ」
体のコントロールが戻ったユウは全身からドッと疲れが押し寄せて尻もちをつく。
初めて剣で切った嫌な感触が両腕から力を奪い、鉄の剣は音を立てて滑り落ちた。
いまさら恐怖の感情が襲ってきて両足が立てないほどに震えている。
「……待て。これはちょっとリアルすぎないか?」
ユウもそれなりにフルダイブゲームをプレイしたことはあるが、剣で切る感触、ドラゴン相手に感じる恐怖。全身で息を吸う感覚。焦げた匂いと血の匂い。雨の冷たさと土の感触。こんな経験は初めてだった。
「ロ……ログアウト! ゲーム終了!」
何を叫んでも、コンソール画面を操作しようと空中をいくらスライドさせようと、それらは現実世界のように空を切るだけで終わった。
「ま、まさか……俺は……異世界転生してしまったのか!?」
村で唯一、建物の面影が残っている屋根に突き刺さっている獅子の布切れが、風に煽られて揺れている。
ユウ・タチバナはアクションRPG『竜と剣』のリリース五十周年記念として配布された、今まで実装されたボスをソロで倒せるほどのチートスキルを持って、リリース初期環境の『竜と剣』のゲーム世界へと転生してしまったのであった。




