プロローグ1
この場に駆け付けた冒険者全員が言葉を失い、ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。
「……」
アリスも例外ではなかった。
パーティーの先頭で、腰の鞘に収まっている細剣の柄を強く握りしめながら、村全体に視線を巡らせる。
村はあちこちが燃えており、黒い煙が空中をさまよい、土の地面には人とは違ったかぎ爪の足跡が鮮明に残っていた。
それは鳥のような三本の指で踏み固められたもの。
だが、それがただの動物のものではないことを誰もが知っていた。
「……ドラゴンの襲来」
後ろで弓を握った女エルフのサラが小さく呟く。
アリスが振り向くと、その美麗な顔は悲痛に歪んでいた。
その視線の先にある村長宅と思われる大きな屋敷の屋根の上に、獅子が描かれたファスラ帝国の旗が揺れている。
しかし、黒く焦げ、穴が開いたぼろ布にはもはや威厳の欠片も感じなかった。
突然、バサッと大きな羽音が大気を叩く。
「っ!?」
アリスは細剣を引き抜き正面に構える。
「気をつけろ! レッドドラゴンだ!」
隣に立っていた男剣士のアレンが頭上を見上げて叫んだ。
勇ましい声とは裏腹にその両足は小鹿のように震えていてる。
顔を真っ青にさせたアレンから目を切ったアリスは頭上のレッドドラゴンに注意を向けた。
村を旋回するように飛行している赤い鱗を持つドラゴン。
全長四メートルもあるその巨体に生えている両翼を羽ばたかせ凱旋の咆哮を響かせる。
その余波である強風を浴びるだけで体が動かなくなるほどの恐怖が内から湧き上がってしまう。
「に、逃げようアリス。僕らじゃ勝てないっ……」
「賛成。アリス、悔しいですがアレンの言う通り撤退して、ギルドに報告するのが賢明です」
パーティーメンバーがアリスに判断を仰ぐ。
ドラゴンの注意を引かないように二人は身を低くしている。
戦うべき武器で強風から身を守る姿に戦意喪失しているのは明らかだった。
アリスだけは威風堂々と細剣を構え続け、ドラゴンの動きを注視しながら目線だけで村の生き残りを探す。
その村はもう壊滅していた。
大半の家屋はすでに焼失、井戸を囲む石だけが寂しく存在を主張している。
外縁部にある村を囲う柵だけは辛うじて残っているが、空からの襲撃には何の役にも立たなかったらしい。
生存者の確認をするべきなのだが当然そんな余裕はなかった。
冒険者とはいえ、ドラゴンに対して自分たちは弱い存在なのだ。
まして、戦闘要員ではない人々が無事で済んだとは思えない。
精鋭の冒険者は首都防衛に当たっているため、突然の襲撃には対応が遅れてしまう。
「……アリス」
アレンが急かすように声をかける。
「分かっている。……引き返すことにするわ」
アリスは自分の発した臆病な声音に舌打ちをしたかったが、変わりに唇を噛みしめて未だ空中を旋回しているレッドドラゴンを見つめた。
「モンスターから人を守るために冒険者になったのだ……私は」
敗走しながら呟いた独り言に、サラとアレンは無言で答えた。
食物連鎖の頂点。赤き破壊者を背に遠くに置いてきた馬車まで走る。
「至急帝都に!」
御者は必死の形相で乗り込む三人に驚くも、アリスの声に慌てて馬を走らせた。
悪路を車輪が跳ねるように進んでいく。
それは火急の報告のためか、必死の逃走か。アリス自身分からないでいた。
「ひとまず、無事逃げられましたね」
「ああ、まさかレッドドラゴンと遭遇するなんて。新米の僕らには荷が重い」
弓を両手で抱えたサナはほっと息を吐き、アレンは荷台にもたれかかる。
「私たちは……なんて弱いんだ」
危機を脱し、弛緩した空気が流れる中でアリスだけは床に顔を下げて下唇を嚙んでいた。




