鍛冶屋5
ユウとアリスは店の前でフローラに見送られていた。
ミニスカートの着物姿のフローラに道行く男たちが全身を舐めるような視線を向けている。
ユウが体で隠すような位置に移動すると、舌打ちが聞こえてきた。
そんな些細な気遣いに気がついたのか、少女は照れくさそうに微笑む。
「ミカエル様が言うには、完成まで時間がかかるとのことです」
「分かっていたことだから気にしないで」
申し訳なさそうにするフローラに対してユウが気軽に答える。
壊したお詫びにと簡易な剣を譲ってもらったので損はしていない。むしろ、刃こぼれをした鉄の剣から比べるとアップグレードをしている。
転生後に所持していた剣は結局大したものではなかったのだ。
こっそり凄い剣なのではと期待していたユウは内心でがっかりしていた。
「出来上がり次第お渡しします」
「でも、お金はよかったのか?」
アリスが眦を下げる。
オーダーメイドということで値が張ったのだが、今後もご贔屓にしてくれるならと安くしてもらったのだ。
そのおかげで、冒険者ギルドから前払いとしてもらった報酬の金貨の大半が余るほどだった。
「問題ありません。その代わり、できるだけうちで買い物をしてくださいね?」
可愛らしく上目遣いでユウを見るフローラに顔が熱くなる。
思わずドキッとしてしまったあたり、商売上手のようだと思った。
「私はここでしか装備品を買わないので問題ない」
アリスから視線を向けられたユウも頷いた。
他に信頼できる人もいないということもあるし、フローラの力になりたいと思ったから。
それに、あのミカエルという男の腕は確かだと思う。
竜禍の森でホワイトルーに襲われた時も、アリスが自身の防具を盾代わりに使っているのを見た。銀級冒険者以上が推奨されるモンスター相手に、それが出来る装備品はそうあるものではないだろう。
ユウの鉄の剣と違って、最後まで光沢を放っていた細剣だってそうだ。
アリスにミカエル店を誘われなくても、装備品を整える際にはどこの武器屋で買ったのか聞こうと思っていた。
「もちろんだよ。何か欲しいものがあれば、真っ先にミカエル店に足を運ぶつもりだ」
「ありがとうございます。きっと、ミカエル様もお喜びになると思います」
瞳を細めるフローラに、心が癒されるようだった。
そんな二人にアリスも自分ごとのように誇らしげに頷いている。
その気持ちも分かるなと思った。
自分が好きな店を友達に紹介して気に入ってもらえたら、誰だって嬉しいだろう。
「ではな、私たちは行くぞ」
「今日は本当にありがとう。武器が出来上がるのを楽しみにしてる」
「次の来店をお待ちしております」
丁寧にお辞儀をしたフローラを背にして、ユウはアリスと共に歩き出した。
武器店や防具店が並ぶ道を、呼び子の声を耳に入れながら歩いているとアリスが口を開く。
「少し寄っていきたい場所があるのだが、いいか?」
横目でアリスを見ると、どこか引き締まった表情をしていた。
「予定もないし、どこでも付いていくよ」
「それならよかった。まあ、ここから近い場所だからすぐに着く」
アリスの言う通り、それほど遠くない場所だった。
小さな教会のような建物が目の前に立っている。
屋根の上には十字架が目立つように付けられていた。
敷居を跨ぐと、庭にある遊具で子供たちが叫び声を上げながら遊んでいる姿が目に付いた。小さな女の子が転ぶと、近くの男の子が心配そうに駆け寄っていく。
そんな光景を横目に、建物の中に入るアリスを追いかけた。
中はよく見る、長椅子が並んだ祈りを捧げる場所。ではなく、大きなテーブルが一つ置かれた食堂のような空間だった。そこに座っている白い髭を蓄えた老人が優しげに眉を曲げた。
「おや、アリスじゃないか」
口がほとんど動かないにもかかわらず、不思議とよく通る声だった。
その老人の前に向かい合う様に、アリスが二人分の椅子を引く。
親戚の家にでも来たかのような気軽さだ。
「喜捨をしにきた。予想外に報酬が出たからな。いつもより多めだ」
そう言うと、鞄から取り出した小さな袋をテーブルの上にどさった置いた。
音の感じからおそらく金貨だろうことが分かる。
しかし、その豪快さからは惜しむ気持ちが一切感じられない。
「それ全部あげるのか?」
「ん? ああ、心配するな。これは私の分の報酬だ」
「いや、別にアリスがいいのなら構わないのだけれど」
つまり、アリスは自分の報酬分をすべて喜捨するらしい。
そんな彼女に口を挟んだ自分が、がめつく思えて情けない気持ちになる。
「いつもすまないね。おかげで、園のみんなも不自由ない生活ができておる」
白い眉毛に覆われている瞳が細められた。
その言葉からアリスがよく喜捨に訪れていることが分かる。
「何、気にするな。私がしたくてやっていることだからな」
置いてけぼりになっているユウに気が付いたのか、「ああ」と呟いた。
「ここはうちの道場が支援している孤児院なんだ。モンスターの襲撃で寄る辺がない子供たちを預かっている場所だ」
「道場?」
「まだ言ってなかったな。私のパパは道場を開いて剣を教えているんだ。元冒険者でな、収益のいくらかを喜捨に当てている」
誇らしげな言葉に、アリスの気高さは父譲りなのだろうと思った。
そんな彼女が懇意にする孤児院が悪い所のわけがない。
白い髭を蓄えた老人へ視線を向けると、初対面にもかかわらず優しい笑みが返ってきた。
(俺が不審に思っていたことなんて分かっているだろうに)
こういう老人こそ教育者と呼ぶべき人なんだろうなと思わせる雰囲気がある。
「ほほほ、アリスにもついに男ができのかの」
「セルジュ爺まで変なことを言うな!」
セルジュ爺と呼ばれた老人はアリスの怒声を受け朗らかに笑う。
ミカエルといい、この老人といい、よっぽどアリスから男の気配がなかったらしい。
「ユウまで、何を笑っている! お前も否定しないか」
「いや、ごめん。だって、ミカエルにも同じようなこと言われていたからさ」
「ぐぬぬ……」
何も言い返せなかったのか、拳を握りしめて唸っている。
その綺麗な横顔から、男に縁がないようには見えない。
活発さを象徴するような金髪のショートカットに引き締まった体。その整った顔立ちからは男ですらカッコいいと思うほど。
「アリスは弱い男を遠ざけるからの。だが、同業者には反抗心から心を許さん」
「別に、そんなことはない」
セルジュの言葉に、アリスの反論は弱弱しかった。
そして、老人はユウに視線を向けた。
「だから、大事にしてやってくれの」
穏やかなそれでいて、懇願するような不思議な声色がユウの体にストンと落ちる。
この人は心の底からアリスのことを気にかけているのが伝わってきた。
「俺だけじゃない。クラージュ団のみんながアリスのことを大事に思っていますよ」
ユウは真っ直ぐ見つめ返して、はっきりとした声を出す。
「うう……これは何の嫌がらせだ」
隣で体を縮こまらせて、顔を赤くしたアリスにユウとセルジュは顔を見合わせて笑い合ったのだった。
少しの間、世間話をしたのち、席を立った。
「それじゃ、元気でな」
「アリスこその。それに、君も」
「そういえば、名乗っていませんでした。俺はユウ・タチバナといいます」
「いい名じゃの」
名前を褒められて悪い気はしなかった。
少し名残惜しいと思うぐらいには、ユウからしても居心地がいい場所だった。
教会から出ると、鐘の音が響いた。
その音に遠くから子供たちが走って向かってくる。
「なんだ?」
「ああ、夕食の時間だ。みんな自分の当番があるからな」
庭から男の子や女の子が駆けっこするように横を通り過ぎていく。
それを微笑ましく見ている時だった。
アリスの後ろから一人の女の子がこっそりと忍び寄っているのが見える。
悪戯をたくらむような、にやついた笑みを張り付けていた。
「みんな元気がいいな」
「ああ……そうだな」
金髪のショートヘアーを風になびかせて、金色の瞳でユウを真っ直ぐ見る。
しかし、ユウの視線はアリスの足元を見ていた。正確にはそこにいる女の子を。両手でアリスのスカートを摘まんでいる女の子を。
「せーの!」
可愛らしい声の後に、ばさっと目の前でアリスのスカートが捲れ上がる。
「っ!?」
重力に逆らう様なスカートの下には、筋肉が引き締まっている太ももが隠れていた。
そんな形のいい足の付け根を赤色のパンツが締め付けている。
ユウの目の前でパンツを丸出しにしたアリス。
だが、それも一瞬のこと。
舞い上がったスカートが重力に引かれて再びアリスの大事な所を隠してしまった。
両腕でスカートを押さえるアリス。
その顔を紅葉のごとく真っ赤に染めてユウを睨む。
目の端には涙を湛えている。
「アリスお姉ちゃん! バイバイ!」
スカートをめくった女の子は風のように走り去ってしまった。
ユウはどこの世界も子供は子供だなと苦笑する。
「ごめん」
女の子の代わりに謝ったユウにアリスが目を閉じて深呼吸をしていた。
「……なぜ謝る。悪いのはお前ではない」
そう言って俯く彼女に肩から力が抜けた。
沈黙が二人の間を駆ける。
普段は強気にみんなを引っ張るアリスが、今だけは年相応の少女のように思えた。
(大事にしてやってくれの。か、そんなこと言われずとも、とっくに大事な人になってるよ)
ユウは夕日に染まった空を見上げて、そう独りごちる。




