鍛冶屋4
「まったく、お前ときたら。奥手なようでいて意外と女たらしなんだから」
怒ったアリスが歩くたびに金髪のショートヘアとスカートが大きく揺れていた。
その後ろをユウとフローラが苦笑しながら歩いている。
店主のミカエルに武器のメンテナンスをしてもらうための移動の最中だった。
「だから、誤解だってば……」
「そうです、ユウ様は無理やりするような人ではありません」
(……間違ってはいないけれど)
横を歩くフローラの少しずれた擁護の仕方にユウは頬を掻く。
そんな彼女へとちらりとアリスが視線を向ける。
「そんなことは分かっている。ユウが悪いやつならクラージュ団に誘ったりしないからな。人を見る目はあるほうだ」
そう言いながらも、アリスの口がへの字に曲がっているのが見えた。
よほどフローラを大事に思っているのかもしれない。
そうでもなければ、ちょっとしたスキンシップでここまで不機嫌にはならないだろう。
迷路のような廊下を通り抜けると、広い畳の部屋に出る。縁側には庭が広がっていた。
塀で辺りを囲まれたそこには、頑丈そうな建物が立っている。
そこまで、繋がるように廊下が伸びていた。
「あそこが工房だ」
そう言うとアリスは廊下を歩き、工房のドアを開けた。
「おっちゃん。ユウを連れてきたぞ。武器を見てやってくれ」
「ん? おお、来たか」
中に入ると、熱風がユウの肌を撫でる。
大きな炉の前に置いてある金床から目を離したミカエルがこちらを振り向く。
「よし、美少年。お前さんの武器を見せてくれ」
紅い長髪を垂らした額に滲む汗を袖で拭うと、腕を差し出された。
居間で寝転がっていた時とは正反対の真剣な表情は、まるで別人のようだ。
「はい、お願いします」
丁寧に答えて、腰にある鞘をミカエルに渡した。
それを受け取り、鞘から鉄の剣を引き抜くとミカエルが鋭く瞳を細める。
その様子にユウは一株の不安が芽生えていた。
(まさか、すごい名剣だなんて言わないよな)
転生直後に一緒についてきた鉄の剣。
ゲームの初期装備のような見た目だが、レッドドラゴンを一撃で切り捨てたのは事実。
実は最強の剣だったと言われても、否定する材料はなかった。
「……」
剣を水平にしたミカエルは慎重に剣の腹に手を添わせる。
バチバチと火の粉が舞う音だけが響く中、男は眼帯のしていない右目でユウを見た。
「命拾いしたな。今日ここに連れてきてくれたアリスに感謝しときな」
「は?」
予想外の返答に眉を顰める。
剣を見てもらうのに命拾いも何もないだろうと思ったからだ。
「それはどういうことだ」
アリスも同じ疑問を浮かべたのか、ユウの代わりに質問を飛ばす。
その様子にミカエルは大げさに首を振った。
「よく見とけ」
そう言い捨てると、両腕の手の平に剣を水平に置き、頭の上まで掲げる。
そして、ぱっとテーブルクロスを引くように腕を引っ込めると、支えを失った剣が重力に押しつぶされるように地面へと落下した。
「何を」と声を出す前に床へと激突した剣がガチャンと音を立てて粉々に割れ散る。
「きゃっ」
フローラが小さな悲鳴を上げた。
剣の柄だけを残した姿はもはや武器とは言えない。
ユウとアリスはただ言葉を失っていた。
「こいつはもう限界だ。もう一度言う。命拾いしたな」
責めるような視線に貫かれて、ユウはごくりと唾を飲み込む。
もし、竜禍の森で戦闘中だったらと思うと生きた心地がしなかった。
「ミカエル様。そんな言い方はあんまりです。ユウ様だって、武器をぞんざいに扱おうと思っていたわけではないはずでしょう」
剣が折れたせいで命を落とした兄。
トラウマが刺激されても不思議ではないにもかかわらず、フローラはユウを擁護するように声を上げる。
「別に責めてるわけじゃない。むしろ、感心してるぐらいだ」
そんな少女に気おされるようにミカエルは頭を掻いた。
眼帯のついていない右目と視線がぶつかる。
「こんだけ疲労した剣を俺は見たことがない。なぜだか分かるか?」
ミカエルが生徒に教える教師のように、ユウへと顔を向けた。
当然、剣について何の知識もないユウには知りようもなかった。
しばらくの沈黙に、再び口を開く。
「つまりだな、こんな状態になる前に普通なら疲労に耐えきれず折れちまうのさ」
ユウは横目でフローラを窺うと、得心を得たように小さく口を開けていた。
アリスもアリスで腕を組んで頷いている。
「どういうことだ?」
自分だけ理解ができていない仲間外れな雰囲気に声を出した。
結果として折れなかったのだから、運がいいということだろうか。
そう、首を傾げるユウに呆れたように溜息を吐かれる。
「トランプタワーって遊び知ってるか?」
「……知ってるけど」
急な話題変更に戸惑いながらそう答える。
トランプタワー。
二枚の長方形をした紙を向かい合わせにして、三角形を作りひたすら積み重ねていく遊びだ。子供のころにユウも遊んだことがあるが、二段作るので精一杯だった苦い経験を思い出す。
「あれはな、三段、四段と大きくなればなるほど少しのズレで崩壊しちまうのさ」
「それは、当たり前じゃないか。積み重ねれば重ねるほど少しでもバランスを崩せば重さで耐えきれなくなる」
「その通り。こいつも一緒さ」
そう言って、近くに置かれている剣を手に取った。
出来立てなのか、傷一つなく綺麗な剣身をしている。
「普通の人なら、三段できれば上等。上手い人なら五段はいけるだろう、でもそこまで。それ以上は達人の領域だ」
一泊置いて、ユウに鋭い視線を送ると、
「気に入ったよ。こんな大物に出会えたのは久しぶりだ。最高級の剣をオーダーメイドしてやるから、時間を貸せ」
着流しをばさりとなびかせたミカエルが低音を響かせてそう言った。




