鍛冶屋1
「寝ぼけてユウのベッドに入ってしまいました」
馬車の中でエミリーがそう明かしたことで、ユウの誤解が解け、無事一件落着となった。
その後、ギルドにホワイトルーの群れに襲われたと報告をするとギルド長室へと呼び出されてしまった。
ギルド長室と書かれたプレートが掲げられた、立派な構えをした大きな扉の前で深呼吸をする。
「緊張してきた」
ユウはお腹をさすりながら呟いた。
「なぜだ? むしろ誇らしいことだろう。お前の功績を自慢できるんだからな」
そんなユウとは対照的にアリスは意志の強い瞳で真っ直ぐ扉を見つめている。
こちらの準備ができたとみるや彼女はドアをノックした。
「入ってくれたまえ」
アリスがドアを開けると、扉の先には壮年の男性、ギルド長のクリストフが執務机に肘を乗せた姿で柔和な笑みを浮かべてこちらを見ている
先客がいたようで、ソファに二人組が腰を下ろしていた。
一人は角刈りで厳つい顔をした大男。
もう一人はピンク髪を短く切りそろえている女性。
どちらもユウには見覚えのある人物だった。
「あ、馬車に乗せてくれた人だ。あの時は助けてくれてありがとうございました」
ユウが頭を下げると女性は軽く手を振り、男のほうは腕を組んだまま鼻を鳴らす。彼らは転生した直後に、ユウをこの都市まで連れてきてくれた人たちだった。
「久しぶりだね。元気してた?」
女性はピンク色の瞳を細めて笑う。
「おかげ様で冒険者採用試験も受かりました」
「もー、敬語なんていいよ。うちらの仲じゃん?」
「おい、ファリア。おしゃべりはそれぐらいにしとけ」
口を挟んだのは角刈りの大男だ。
初対面の時から、冒険者というイメージそのままの荒くれ者といった印象。
「えー、いいじゃん。久しぶりの再会なんだよ? コールは嬉しくないの?」
大男とは反対にファリアと呼ばれた女性は猫のような人懐っこさがある。
その時、ごほん。と咳払いの音が室内に響き、ギルド長が口を開く。
「いいかな?」
片眼鏡をかけた、銀色の瞳がユウを貫くようだった。
会話の主導権を渡すように、ファリアは口をつぐむ。
「アリス・カルマ。呼び出しを受けて参りました」
視線を受けたアリスが直立したまま挨拶をする。
ソファに座る二人はアリスに興味がないのか、視線を向けずに寛いでいた。
「こちらに」
そのギルド長の声に先導されて、ユウとアリスが執務机の前まで歩く。
その間、ユウはコールからの観察されるような嫌な視線を感じた。
「竜禍の森の浅い場所でホワイトルーの群れに遭遇したと聞いたが」
「はい、目印一つ分の距離で三〇匹ほどはいたかと」
「……三〇匹の統率されたモンスター。それを処理するには最低でも銀級冒険者が複数人必要。もしくは、金級冒険者に率いられた集団なら銅級交じりでも倒せると思うがね。それを君たちが倒したと?」
疑うような視線と口調にアリスの眉がぴくりと動くのが見えた。
真っ直ぐ下ろされた左腕の拳は強く握りしめられている。
「はい、私たちクラージュ団で対処しました」
「なるほど。つまり、エミリーが大活躍をしたのかい?」
クリストフが娘の名前を口にする。
やはり、この団に所属していることは認識しているようだった。
大半を処理したのはユウ自身だが、淡々と無傷で数を減らしていたエミリーも大活躍をしたと言って嘘にはならないだろう。
「……いえ、ここにいるユウ・タチバナの活躍のおかげです。彼なしでは生きて帰れなかったでしょう」
アリスの言葉にギルド長がユウに顔を向けると、右目に掛かっている片眼鏡を持ち上げた。
そして、一度首を振ると片眼鏡を外す。
「ふんふん、それは興味深い話だね。銅級冒険者が危機的状況で銀級よりも活躍を見せたとはね。話を聞く限り、まるで金級冒険者が銅級冒険者の集団に交じっているみたいだ」
柔和な笑みを浮かべるが、その銀色の視線はどこか鋭いものが含まれているように感じる。初対面の時と同じく何かを見定めようとするような目つき。
だが、そんなことはどうでもよかった。
ユウはアリスやクラージュ団の皆を軽んじるクリストフに腹が立っていた。
「俺だけでは無理でした。アリスが鼓舞してくれていたから、アレンが敵を引き付けてくれていたから、サラが援護してくれていたから、もちろん、エミリーがその技量で数を減らしてくれていたから。みんなの力があったからこそホワイトルーの群れを討伐することができました」
「ユウ……」
アリスの呟きをよそに、ユウはギルド長の銀の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
銀級とか金級とか関係ない。
みんなの頑張りは、決死の覚悟はそんなくだらない称号なんかで見くびっていいものじゃない。
「ふう、私の言い方が悪かったようだ。申し訳ない」
クリストフが座ったまま深く頭を下げる。
その態度にユウは目を丸くする。
みんなの活躍を知ってもらいたかっただけで、謝罪までは望んでいなかったからだ。
「今のはギルド長が悪いよね。団員を悪く言われたらうちでもキレる」
「別に間違ってないだろう。話を聞く限りではそこのガキが大部分を担ったようだしな」
「コールは分かってないね」
「ああ?」
ファリアとコールが後ろで睨み合っていた。
「では、報酬の話に入ろう」
顔を上げたクリストフは柔和な笑みを浮かべて本題に入る。
「今回のはギルドからの依頼だ。本来はちょっとした調査のつもりだったから、報酬も少なめにしていたが、ホワイトルーが出現したとあっては話が変わってくる。あれは、銅級が相手にできるモンスターではないからね」
そう言って、机の引き出しから用紙を取り出してペンで数字を記入していく。
横でアリスが生唾を飲み込む音が聞こえた。
「そうだね、とりあえず前金だ」
ギルド長が金庫から金貨を取り出し、目の前に積んでいく。
アリスだけじゃなく、ファリアやコールも歓声を上げていることから相当な量らしい。
だが、価値の分からないユウはただ無表情でその様子を見つめていた。
「金貨を前にしても態度変わらずか」
ギルド長の呟きにアリスは自分の首を振る。
「残りは実際に現場を確認した後に、追加で支払おう」
その言葉にユウは報酬の仕組みを理解した。
依頼完了の報告をすると、報酬の一部が支払われる。そして、事実確認後に残りが支払われるのだろう。虚偽報告ならば減額かペナルティーか。
そんなことを考えているうちにアリスが金貨を鞄に入れていた。
「ありがとうございます」
「これからも頑張りたまえ。クラージュ団の今後には注目しているよ」
「はい! 期待に答えられるように精一杯励みます」
アリスは一礼すると、ギルド長に背を向けて部屋を後にした。
ユウもその後に続き部屋を出ようとする。
「またねユウ!」
両手をぶんぶんと振り回すピンク髪のファリアにユウは足を止めた。
「はい、この前は本当に助かったよ」
「気にしないで。うちも凄腕の冒険者拾えてラッキーって感じだし」
「はっ、ホワイトルーを討伐したぐらいで調子に乗るなよ」
足を組んでソファに座るコールから凄まれたユウは苦笑を浮かべて部屋を出た。
プレッシャーから解放されたユウは腕をだらんと下げて長い息を吐き出す。
「なんだろう。すごい疲れた」
「ボウキー団の方たちと知り合いなのか?」
「ボウキー団?」
聞きなれない名前にユウが首を傾ける。
そういえば、この都市まで連れてきてくれた親切な人たちがなんでギルド長室にいるのだろうか。
「角刈りの大男はコール・モリゾ、ボウキー団のリーダだ。そして、ピンク髪の女性は副リーダーのファリア・クレド。どちらも金級冒険者。ファスナ冒険者ギルド内で総合力ナンバーワンの団と言われている」
「は? つまり彼らがトップの冒険者ってことか?」
「そうだ。そんな人たちと気軽に話すから驚いたぞ」
アリスの感心するような声にユウは頬を掻く。
(あまり目立ちたくないんだけどなあ)
目立たないという当初の目標がどんどんと離れていくことに、ユウはただ首を振るしかなかった。




