初任務6
(嫌な夢を見たな)
ユウの意識が徐々に覚醒していく。
聞こえてくるのは本のページをめくるような音に、かすかな吐息。
ときおり、ギギギと木の軋む音が耳に心地いい。
軽く指を動かすと、さらさらとした手触り。
どうやら、シーツの上に寝ているようだ。
頭には固い枕の感触が伝わってくる。
顔だけを横に転がすと、甘酸っぱい匂いが鼻をついた。
ゆっくりと瞼を開ける。
飛び込んできたのは、雪のような太ももに挟まれた白色のパンツだった。
椅子の上に裸足を乗せて、体育座りのような格好の少女。
太ももとふくらはぎをくっつけながら、小さな足裏をユウに向けている。その五本の足指が空気を掴むように閉じたり開いたりを繰り返している。
背もたれに寄りかかっているため、ただでさえ短いスカートがなんの役目も果たしていない。下着の形から引き締まった下腹部の肌まで丸見えだ。
「……いつから起きていたんですか?」
冷たい声にユウの視線が上がると、銀髪を垂らした少女が銀の瞳で見下ろしていた。顔半分が本の表紙に隠れている。
「えっと……今さっきかな」
エミリーのジト目から逃げるように視線を下げると、ぱた、と両足が綺麗に閉じられた。白色のパンツが隠され、太ももの肉だけがちょこんとはみ出しているのが見える。
椅子から足を下ろした少女は膝の上へと手に持っていた本を置く。
無言の沈黙に気まずくなったユウが口を開いた。
「スパッツを穿いていたような」
「脱ぎましたよ。寝るときはゆったりとしたものがいいので」
エミリーが穿いていたスパッツは動きやすさのためか、ピッタリと張り付いていたのを思い出す。動きやすい分、締め付けを感じるのだろうか。
「そういえば、みんなは?」
部屋を見渡すと、ランプの淡い光が室内を照らしていた。
ユウの寝ているベッドの反対側にもう一つのベッドが置いてある。
少し狭めのツインルームといった部屋。
当然、エミリー以外には誰もいない。
「アリスとサラは別の二人部屋、アレンは一人部屋をとってる」
どうやら、ユウだけが運ばれたのではなく、みんな宿で一泊するようだ。
(よく俺と同じ部屋をエミリーが受け入れたな)
ふと、そんな疑問が浮かんだ。
エミリーとは初対面のときから嫌われているはず。
この状況なら、むしろ一人部屋を希望するだろう。
「俺と二人きりでよかったのか? てっきり嫌われているのかと思っていたけれど」
そう言うと溜息を吐かれてしまう。
「別に嫌ってません。ちゃんと秘密を守ってくれる人みたいですし」
淡々とした言葉に肩の荷が下りた気がした。
嫌われていると勝手に勘違いした自分に苦笑する。
「話したいことがあったからユウとの相部屋を希望しただけなのに、みんなから鳩が豆鉄砲を食らったような顔をされて大変だった」
なんとなくその様子が想像できた。
別にエミリーだけではなく、一人部屋をとれるにもかかわらず、男であるアレンと一緒の部屋で寝るなんて女性陣が言い出したなら、ユウもピンク色の想像をしてしまうだろう。
エミリーの苦い表情からも質問攻めにあったことは容易に目に浮かぶ。
「あ、そういえば、俺を運んでくれたのは誰なんだ?」
今更ながら、当然の疑問にいきついた。
竜禍の森から意識を失ったユウを背負ってくれた人がいるはずなのだ。
「アレン。サラじゃなくて残念だったね」
「なぜサラの名前が出てくる」
「馬車に乗った時からずっと、鼻の下伸ばしてたから」
「う……」
その言葉に何も言い返せなかった。
散々、見られたくない姿をエミリーには目撃されてしまっているからだ。
「そ、そうだ! エミリーもありがとう。ずっと、看病してくれていたんだろ?」
わざわざ近くに椅子を置いて、ユウの傍にいてくれたのだから。
普段は無関心なようでいて、根は優しい子なのかもしれない。
「呻いていましたから」
夢で見た、昔の話を思い出す。
もう恨んでなどいない。
ただあの経験が今の自分を作ったと言っても過言ではなかった。
「ありがとう」
もう一度、心を込めて感謝を伝えた。
「まさか、無言でパンツを覗かれていたなんてね。やっぱり、変態さんです」
「あ、あれは! 本当に起きたばっかだったんだって」
「そういうことにしておきます」
ジト目でユウを見つめる姿には欠片も信じている様子はなかった。
言葉を重ねれば重ねるほど、疑惑が増すような気がして口を閉ざすことを選んだ。
しばらくの沈黙の後、エミリーが真っ直ぐに言葉をぶつける。
「なぜ、銅級冒険者なんですか?」
封じていたスキルを使った時から、こういった質問が飛んでくることは予想できていたから焦りはなかった。
答えたくないことを答えざるを得ない時は、ただ事実だけを口にすればいいと思っている。
「冒険者採用試験の時、試験官のジミー・ダーモンさんを倒してしまったんだ」
息を呑むような音がする。
「それなら、なぜ?」
「でも、その時のことを目撃した人がいないんだ。それでも、ギルド長、エミリーのお父さんからは銀級を提示されたよ」
「でも、断った?」
「ああ、目立つのが好きじゃないんだ。銅級冒険者でも、生きていけるだけのお金が得られるのならそれでいいと思ったんだ」
その言葉にエミリーは沈黙した。
顔を伏せて、ユウの言葉を反芻しているような気もする。
ユウはしばらく天井を見上げていた。まるで、裁判官からの判決を待つように。
「その気持ち少し分かるかも」
「え?」
落胆でも失望でもなく、共感するような言葉に思わず声が出る。
「私も同じだから」
エミリーは遠くを見るように明後日の方向を向いた。
「私には幼いころから剣の才能があった。それに、魔法も使えた。それを父が見逃すはずもなく、冒険者の道を強制されて生きてきた」
そういえば、エミリーはなぜクラージュ団にいるのだろう。
いい団なのは間違いない。
だが、他と比べてエミリーだけ実力が頭一つ抜けているように見える。
「でも、いつからか父は私ではなく、私の才能にしか興味がないことに気づいた。それからは、頑張ることをやめた。普段の特訓も本気を出しているふりをするようになった。クラージュ団に入ったのも、父の薦める金級が集まる団ではなく、銅級ばかりの団を探していたから」
滔々と語るエミリーの話を静かに耳に入れていた。
ギルド長の気持ちも理解できる。
初めてエミリーの戦いを見たとき、鳥肌がたったから。こんな小さな子が、アレンのような大柄な男を簡単にあしらう様子には感心を通り越して尊敬の念が浮かんでくるほどだった。
「だから、いいと思う。ユウのその考え方」
自分の生き方を肯定してもらえるとは思わなくて、エミリーに顔を向けると視線がぶつかる。
銀の瞳が柔らかく細められる。
「私も目立つのは好きじゃないから」
椅子から立ち上がったエミリーは隣のベッドへと向かう。
背中に垂れた銀髪がどこか暗く見えて、思わず声をかけた。
「もしかして、あの時も手を抜いていたのか?」
ホワイトルーに襲われた時、エミリーだけは余裕があるように見えたから。
それが偽りではなく、本当だったのなら。
「……だとしたら?」
抑揚のない冷たい声に息が詰まる。
自分に何かを言う資格はない。
最後の最後まで自分勝手にスキルを温存していたのだから。
沈黙が返事だと受け取ったエミリーはそのままベッドに体を投げ出す。
「この話をしたのもユウにだけだから」
口外禁止ということだろうか。
思いのほか信頼されているのかもしれないな。
そんなことを思っていると、静かな寝息が聞こえてきた。
エミリーが手を抜いていたからといって、嫌いになるだろうか。
否、そんなことはない。と断言できる。
嘘のカンニングを聞いた友人の反応と両親の反応。
あの時の自分の姿が、今のエミリーと重なる。
アリスが聞いたらどう思うかは分からないが、自分だけは味方であり続けたいとそう思った。
(まったく。思い出したくもない過去がいつまでも追ってくるようだ)
小さな寝息に誘われて、ユウも再び眠りに落ちていく。
…………
……
…
ジャー、バタン。
ごそごそ。
一瞬、外からの風がユウの布団の中を駆ける。
(ん? 腕が暖かい。気のせいか……)
覚醒しかけた意識は再度、闇に落ちていった。




