初任務5
「これで、ラスト」
ユウは最後の一匹となったホワイトルーに鉄の剣を振り下ろす。
肉を断つ感触にも慣れ、血生臭い獣臭にも嫌悪感は湧かなくなっていた。
倒すべき敵がいなくなり、自動戦闘スキル『中』がふいに切れる。
「はあ、はあ、はあ」
その瞬間に凄まじい疲労が全身を襲い、カラン、と手の平から鉄の剣がするりと滑り落ちた。
「うっ」
長時間スキルを発動していた影響か、眩暈を起こし視界が回る。
まるで、高温の熱を出した時のように平衡感覚が失われていく。
(まずい)
そう思った時にはすでに体が後ろに倒れ始めていた。
木々の葉から、青空へと視界が移る。
「わっ、大丈夫?」
ぽよん、とクッションをつぶすような柔らかい感触がユウを押し戻す。
「……サラか、おかげで頭を打たずに済んだ」
「ふふふ、これぐらいならお安い御用だよ」
そういうと、両手で抱きしめられるように体を抱えられた。
ユウは自分の足で起き上がろうと両足に力を入れる。
しかし、平衡感覚を失っているため上手くいかない。
「んっ、ユウ……。そんなに、動かれると……」
サラの苦しむような吐息が耳にかかり、余計に焦る。
だが、何度立ち上がろうとしても、ぐりぐりと背中をサラに押し付けるだけに終わってしまう。
そのたびプニプニとした柔らかい感触がマッサージ機のようにユウを押し戻す。
「だめだよ……。そんなに強くされたらっ」
「ご、ごめん。そんなつもりじゃ」
そんな押し問答の最中に、ゴン! と頭を叩かれた。
「二人して何をやっているんだ」
青筋を立てたアリスからの拳骨がユウの後頭部にクリーンヒット。
「なんで、俺だけ」と言葉にしようとしたが、ただでさえ眩暈を起こしてフラフラになっていたユウには致命傷だった。
全身の力が抜けて、視界が暗闇に染まる。
「お、おい……さすがに、やりすぎなんじゃないか? すごい音がしたぞ」
アレンの心配する声が。
「ユウ? しっかりしろ! ユウ!」
アリスの必死の声が。
「あわわ……どうしよう。気絶しちゃってる」
サラの戸惑いの声が。
「はぁ……何をしているんですか」
エミリーの呆れた声が。
「わ、私はそんなつもりでは!」
暗闇の中から、耳に入ってきた。
それがなぜかとても心地よく聞こえる。
しかし、まるでみんなが離れていくように徐々に声が遠のいていく。
この感覚には覚えがあった。
学校のマラソン大会で限界まで走らされたときに、熱中症にかかった時と同じだ。
ようするに体力不足。
(体、鍛えないとなあ)
そんなことを思いながら、サラに抱かれたユウの意識は深い眠りに落ちていった。
◇◇◇
懐かしい夢を見た。
立花裕は教室の席に座っている。
クラス中はテスト用紙の返却に浮足立っていた。
「えーと、次は……立花裕」
この日の裕は自信があった。
テスト勉強を頑張ったおかげで、解けない問題がなかったからだ。
自信満々な足取りで教壇まで歩く。
「すごいじゃないか。満点だ」
「はい! ありがとうございます!」
普段は怖い先生から褒められて、嬉しかった。
だけど、
「おい、立花が百点だってよ」
「は? あの地味なやつがいい気になりやがって」
「これは、お仕置きが必要だな。そうだろ? 徳永」
「ああ、まぐれか知らんが俺より点を取るのは許せねえ」
その日から、裕の生活は一変した。
悪口に陰口、机には落書きをされる始末。
別にそれぐらいなら無視できた。
次のテストの日までは。
指導室に呼ばれた裕を待っていたのは担任の怖い先生。
「立花。お前、カンニングしたそうだな」
「な、そんなことしてません! 証拠でもあるんですか!」
身に覚えのない話に普段は冷静な裕の語気が強くなる。
目の前のテーブルには百点と書かれたテスト用紙。
その点数を隠すようにスマホの画面が置かれた。
「これが証拠だ」
一枚の写真が表示されている。
そこに表示されていたのは、立花裕と同じ顔つきの男が机の引き出しに隠してあるカンニング用紙を覗き見ている姿だった。
まるで、後ろの席から取られたようなアングル。
「は? なんだよこれ、これは俺じゃない!」
「言い訳はよせ。これを提供したのは君の後ろの席にいる徳永君だ。彼にも厳重に注意はしておいたがな」
徳永。
そいつは、クラスで一番の優等生。
そして、テストの点数で負けた腹いせに、嫌がらせを主導していた人物だ。
その後は何を言っても聞き入れてもらえなかった。
クラスで目立たない地味な生徒よりも、大人受けのいい優等生の証言を優先されたから。
退学は免れることができたが、謹慎処分を受けることになった。
後で分かったことだが、そのカンニング写真はAIで作られたものだったらしい。
それを重く見た学校側は徳永を退学処分とする。
しかし、友人とも家族とも以前と同じ関係には戻れなかった。
目立ったから、こんな目にあったんだ。
出る杭は打たれる。
目立ってはいけない。
目立っていいのは、そういう星の下に生まれた人だけ。
凡人は能力を隠し、ひっそりと人生を終えなくちゃダメなんだ。
「ここでも同じ目にあいたいか?」
人型の化け物が言った。
「黙れ。これは夢だ」




