初任務4-sideアリス
――全滅。
その二文字がアリスの脳裏によぎる。
「はあああ」
そんな最悪な想像を断ち切るように、突進してきたホワイトルーを一思いに突き刺す。
自分がクラージュ団のリーダーだから。
どんな状況だろうと、最後の瞬間まで、諦めるわけにはいかない。
戦いながらも視線を周囲に向ける。
サラが転んだ時は、冷や汗をかいたけれど、役目通りユウが上手く凌いでくれた。
彼がどこか戸惑っているように見えて気がかりだったが、あの様子だと杞憂だったようだな。
そもそもこの危機を招いたのはモンスターの接近に気が付かなかったアリス自身の責任でもある。
(私が何とかしなければ)
「アレン! エミリー! 状況はどうだ!」
もはや、陣形などなく各々が複数のホワイトルーに囲まれている状態だった。
悠長に確認する余裕がない。
「数が多すぎる! これじゃ、いずれ押し切られちまう」
アレンの焦燥した声が飛ぶ。
その間にもホワイトルーが真横からアリスに牙を向ける。
「このっ」
体を横に向けるための小さなステップを踏む。
が、土の地面に一瞬足を取られバランスを崩す。
「はあああ」
捌ききれない敵の攻撃を防具の付いた肩で無理やり受け止めて、敵の胴体に細剣を突き刺す。
だが、倒しても倒しても数が減らない。
「私の心配は無用です」
抑揚のないエミリーの声が耳に届く。
こんな状況でも、慌てた様子のない彼女がとても頼もしく思えた。
だけど、それも時間の問題だろう。
今は敵も分散しているから耐えているが、どこかが崩壊したら飲み込まれる。
待て、サラたちはどうなった。
さっきから急に静かになった気がしてアリスは胸騒ぎを覚えた。
「サラ! ユウ! そっちの状況は!?」
大声でアリスは叫ぶ。
自分だけではなくパーティー全体で状況を共有するためだ。
「す、すごい……」
返ってきたのはサラの小さな呟きだった。
戦場に似つかわしくない呆けた声にアリスの眦が上がる。
が、振り向いた先ではユウの足元に無数のホワイトルーが横たわっていた。
頬を血で汚した彼と目が合う。
いつもの黒い瞳が今は紅蓮に染まっている。
「お前……」
サラを庇いながら、あれだけの数を一人で?
エミリーですら包囲から抜け出せないでいるのに。
「オオオオオン」
「ええい、邪魔をするな」
身を翻して、細剣を振るう。
しかし、その大振りになった隙を見逃されるほど甘くはなかった。
「っ!」
背後からもう一匹が間近に迫る。
回避が間に合わず、衝撃に備えた。
バシュ。
が、アリスの目の前でホワイトルーの胴体に一線が走る。
「は?」
血のカーテンから現れたのは、紅蓮の瞳をしたユウだった。
「あ、ありがとう。助かった」
予想外の出来事に言葉が詰まる。
冒険者の制服を血で汚し、紅蓮に染まった瞳は真っ直ぐにアリスを見つめる。
その姿にごくりと唾を飲み込んだ。
どこか軟弱な印象を受けるユウの顔が、今は歴戦の戦士のように鋭かったからだ。
「よく頑張ったな」
「あっ……」
その繊細な右手で頭を撫でられたアリスの頬が紅潮した。
剣など持ったことがないような柔らかい掌から伝わる温かさ。
太陽のような眼差し。
体が疲れを思い出したかのように、痙攣を起こしたアリスはその場で崩れ落ちてしまった。
「後は俺に任せて」
こんな状況でも、笑顔を見せるユウの背中がとても大きい。
「オオオオオン」
ホワイトルーの遠吠えが耳をつんざく。
二匹が左右から彼を挟もうとしているのが見える。
交差する瞬間にユウはステップを踏みながら、ただ剣線を置くように鉄剣を振るう。
そこに、未来予知したかのごとくモンスターたちが突っ込んでいき、胴体が刻まれていく。
「一体、何が起こっているんだ」
まるで踊るように剣を振るうだけで次々とホワイトルーが切り刻まれる。
突っ込めば風のようにいなされ、足を止めれば死神が全てを刈り取っていく。
縦横無尽に動き回る彼を止められるものはこの場には誰も存在しなかった。
「……ユウ」
普段の彼が本気を出していないのは薄々感づいていた。
一対一をしたあの時も、全然余裕がありそうだったからだ。
しかし、ここまで差があるものなのか。
「アリス! 大丈夫か」
血相を変えたアレンが傍に駆け寄り、しゃがみこむ。
そして、肩に手を触れようと腕を伸ばす。
『よく頑張ったな』
ふいに、ユウの笑顔が浮かび、その手を振り払った。
「あっ、すまん。つい……」
「気にしなくていいよ。状況が状況だ。反射的に体が動くのは分かる」
アレンを敵と見間違えた? 違う。アリスの感情がそう告げる。
にかっ、と笑みを見せてくれるアレンにアリスは罪悪感でいっぱいになった。
(この感情は何なんだ)
一人、ホワイトルーを狩り続けるユウの姿に胸が苦しくなる。
「アリス」
抑揚のない声に振り向くと、エミリーが近くに立っていた。
白の上着には土一つ付いておらず、スパッツからのぞく白く細い足にも傷はなかった。
自分との違いに自嘲するように鼻を鳴らす。
「ああ、ユウばかりに任せてはいられない」
「だな」
「当然」
いつの間にか足の震えは止まっていた。
気力も満ちている。
地面に横たわっていた細剣を再び手に持つと、アリスの戦意に応じるように光沢を放った。
「私もやってやるぞ~」
後ろから弓を持ったサラがいつも通りの、のんびりとした声を出す。
だが、その顔は闘争心を湛えていた。
ユウの背に、みんなが勇気付けられている。
「行くぞ! ユウの後に続け」




