初任務3
「ホワイトルーが藪に隠れて近づいてきてる」
頭上から降るサラの声に、アリスの苛立ったような舌打ちが聞こえてくる。
油断はあった。慎重に耳をすませていれば、異変に気付けたかもしれない。
だが、今更どうしようもない。
そもそも、戦闘経験がないユウでは、集中していても気づかないかもしれない。
「こんな浅い場所で、なんでそんなやつらがいるんだよ」
アレンの焦った声が木霊した。
予想外だと言うような言葉にユウの不安は募る。
普段は呑気なアレンが、というのもあるけれど、それ以上にみんなの表情が一様に暗いからだ。
ホワイトルーがどういうモンスターなのかは知らないユウだが、危機的な状況にあるということだけは肌で感じる。
心を落ち着かせてスキルを唱えた。
(自動戦闘スキル『弱』)
すると、瞬く間に瞳が紅蓮に染まる。
『護衛対象を指定しますか』
突然、女性の機械音声が流れる。
ばっ、と後ろを振り向くが木の幹があるだけだった。
音の出所がつかめない声に困惑する。
しかし、アリスたちは何も聞こえていないかのように武器を構えて、藪を注視していた。
(俺にしか聞こえていないのか)
スキルを発動した瞬間に聞こえたということは、自動戦闘スキルの能力なのだろう。
護衛対象の指定。つまり、自分だけじゃなく他人もスキルの影響下に置くことができるのか。
これは、予想以上のチートスキルの予感がするな。
選ぶ対象なんて決まっている。
(アリス、アラン、エミリー、サラ)
心の中でそう呟くと、ユウを中心に透明な円が広がっていく。
『設定完了。範囲内に限り、対象人物への致命傷を防ぎます』
距離からして、咄嗟に動いてユウが間に合う間合いというところだろう。
鉄の剣を構えていたユウは、大きく息を吐きだす。
底知れないスキルの力に胸の鼓動が高鳴る。
「ユウ、ユウ、ねぇ、ユウ?」
ふと、肩を揺らされ横を見るとサラが真横に立っていた。
いつのまにか木の枝から降りていたようだ。
「あっ、ごめん。どうした?」
「それは、こっちのセリフだよ。さっきから虚ろな目をしていたから心配になって」
「なんだか、少し緊張しているみたいだ」
スキルのことを話すわけにもいかないユウは、ぱっと笑顔を見せて誤魔化した。
その言葉に何を感じたのか、サラは弓を持つ手に力を入れる。
今度こそちゃんと集中しないと、アリスに失望されかねない。
ユウは気合を入れなおし、じっと前方を見据えていると、
「来るぞ!」
前方で刺突武器である細剣を構えるアリスが大声を発する。
それと同時に藪から飛び出してきたのは、四足歩行のモンスターだった。
全身を白い毛に覆われ、口からは大きな牙がはみ出している。
見るからに凶暴な外見で、大人の腰ほどもある大きさにユウは怯む。
そんなホワイトルー三匹が前方に位置するアリスへと襲撃をかけていた。
「アレン! エミリー! 後ろには行かせるな! ユウはサラの護衛だ!」
「おう!」
「了解」
アリスの掛け声で二人はサラとユウの前に壁を作るように近寄る。
大型犬なんて比ではない迫力にもかかわらず、アリスはまったく怯む様子もなく一歩前に出た。
「はああああ」
ホワイトルーの突進を身をひねって躱したアリスは、すれ違い様に胴体に突きを食らわす。
アレンも負けじと、大剣で敵の突進を防ぎ、力任せに薙ぎ払っていた。
「氷壁」
対してエミリーは涼し気な顔で呟くと、氷の壁に激突したホワイトルーが動きを止めた隙に、刀で一刀両断。
垂らした銀髪が遅れて揺れる。
「余裕」
銀の瞳が次の獲物を狙う様に彷徨う。
訓練の時とは違い、加減のない攻撃にユウは面を食らう。
今のエミリーと比べると、アレンとの訓練はただの遊びだったかのように思えてくる。
そんな果敢な姿とは反対に、ユウの足は震えていた。
敵も味方も本気で相手を殺そうとする迫力に気圧されていたからだ。
これが、実戦。これが、殺気。
「私も負けてはいられないよね」
サラは弓に矢を番えて、弓を引く。弦が胸に引っかからないか心配だったが、皮の胸当てが上手く機能しているようだった。
そうして、弓なりに放った矢はちょうど藪から顔を出したホワイトルーの頭部を貫く。
鉄の剣を構えたままのユウは、元来の臆病な性格が顔を出し、その場から一歩も動けないでいた。
次から次へと矢が飛び、刺さる。
剣が肉を切る音が、血しぶきが飛び散る光景が、ユウの正気を蝕んでいく。
外の雑音が徐々に遠くなり、自分の鼓動の音がやけに耳に響いた。
『冒険者なんて、務まるんですか?』
エミリーとの馬車での会話。
そう、どんなスキルを持っていたとしても、精神はただの高校生。
命の危険とは程遠い生活をしていたユウにとって、戦場は予想以上に過酷だった。
馬車酔いをした情けないユウの姿を見て発したあの発言も、半ば本気の問いかけだったのだろう。
それほどの場違い感をユウは味わっていた。
「まずい! アレン下がれ」
アリスの焦った声が遠くで聞こえる。
鈍い衝突音。
サラの小さな悲鳴にエミリーの短い吐息。
目まぐるしく移り変わる戦場の様子に、ユウの視界も回る。
気づいたら、守るべきサラを差し置いてユウは円の中心にいた。
みんなが外側で戦っているのに、一人その場で動けないでいた。
スキルはまだユウの体を乗っ取ってはくれない。
一向にホワイトルーの攻勢がやむ気配は微塵もない。
もはや、何匹いるのか把握すらできなかった。
獣の遠吠えが至る所から聞こえる。
アリスの怒鳴り声に、ユウを囲む円が不器用に崩れていく。陣形が乱れていく。
ふと、後ろから藪が揺れる音がした。
サラが振り向き、碧色の瞳を大きく見開く。
「サラ!」
アリスが叫ぶ。
アレンが吠える。
エミリーが銀髪を揺らす。
一匹、二匹、三匹。
藪から出てきたホワイトルーが次々とサラに向かって突撃する。
獲物を捉えた獰猛の瞳が、歪む。
威嚇するように見せびらかす白い牙には涎が垂れていた。
「きゃっ」
不意を突かれたサラがバランスを崩して、その場で尻もちをつく。
両手を地面に付き、足を広げたまま動けないでいた。
だが、ホワイトルーの動きは止まらないどころか、勢いを増す。
ユウはその様子を無感情で傍観していた。
スキルがあるから自分は安全だ。
それに、目立ちたくないんだ。
ユウの体が意志を無視して、流れるような動作で動き出す。
完璧なタイミングでサラの目の前に立つと、一匹目の突撃を鉄の剣の腹で受け流し、方向を変える。
飛び込んでくる二匹目は背を屈め、下から腹を突き上げるように投げ飛ばす。
「ユウ!」
サラの悲鳴。
真後ろで、今まさに嚙みつこうとしているホワイトルーの牙がユウを捉えようとしていた。
だが、後ろ向きのまま剣の柄で獣の口内を殴打する。
鳴き声を上げたところで、ユウは柄を強く握りしめ、鉄の剣を突き刺す。
その際、肉を断つような嫌な感触が伝わってくる。
勇者にも英雄にもなりたいわけじゃない。
クラージュ団が壊滅したって、別の団に移籍すればいい。
「はあ、はあ」
残りの二匹が態勢を整え、ユウを避けるようにサラのほうへ飛びつく。
一方、アリスたちのほうも藪からホワイトルーが次々と現れて、防戦一方。
自動戦闘スキルの護衛対象に指定してはいるが、ユウの体は一つだけ。
生きていけるだけのお金を稼げればそれでいい。
自分一人だけなら負けないのだから。
チートスキルを持って穏便に異世界ライフを過ごせばいいじゃないか。
自分勝手で、身勝手などうしょうもないユウが顔を出す。
でも、嫌だなと思った。
せっかくできた、心を許せる仲間を失いたくないと思った。
せっかくできた、ユウを信頼してくれる仲間を失いたくないと思った。
短い付き合いだけど、失いたくないと思ったんだ。
だから、
(自動戦闘スキル『中』発動)
封印すると決めていたスキルを唱えた。




