初任務1
「大丈夫?」
馬車の中、ユウはサラの碧色の瞳に見つめられながら、背中をさすられていた。
天気も良く、風もない。
クラージュ団の団員たちはリラックスしている一方、ユウはぐったりとしていた。
「……ありがとう、サラ」
目の前の穏やかな丘には草原が広がっている。
カタカタと揺れる馬車のキャビンから、ユウは青ざめた表情で顔だけを外に出していた。
「なんだ、ユウは馬車酔いをするタイプなのか」
アリスは慣れたものなのか、足を組んで余裕そうだ。
服装はいつもの制服姿ではなく、戦闘用の軽鎧を装着している。
金髪のショートカット姿も相まって、とてもカッコよかった。
だが、よくある全身鎧なんてものではなく、ビジュアル重視のミニスカートなのはゲーム世界がベースだからだろうか。
「馬車に乗っただけでそれなら、冒険者なんて務まるんですか?」
エミリーも同様にスカートを着用。その下には肌に吸い付くような黒いスパッツを穿いていた。
銀髪を背中に垂らした制服姿には急所を守るように小さな防具が付いている。
「エミリーちゃんはきついことを言うね」
「ちゃん付けしないでください」
エミリーは向かい合っているアレンの脛を蹴った。
「残念だったね。今日の僕は脛あてを装着済みだ」
なぜか誇らしげにアレンは答えた。
この中だと一番戦士らしい格好をしている。
上半身を覆う様な鎧に、下半身もしっかりとブーツのような防具で固めている。
おかげで茶髪でチャラいという印象は薄まり、頼れるお兄さんといった風貌。
「ユウは初任務なんだから、仕方ないよ。そのうち、平気になっていくからね」
天使のような笑みを浮かべてくれるサラも普段とは装いが違う。
上着に皮の胸当てをし、短いスカートからは透明感のある太ももが見れ隠れしている。そして、大きな弓と矢筒が傍に置いてある。
しかし、胸の大きさを隠すことはできず、馬車が揺れるたびに上下に振動する様子に弓を引けるのかと心配になるほどだった。
「うう……サラの優しさが身に染みる」
背中から伝わるサラの体温がユウの体から毒素を吸い出してくれている気分になる。
タレ目な優しい視線に思わず涙がこぼれ落ちた。
「もう~、大げさだよ。これぐらいならいつだってしてあげるから」
そう言ってサラは目を細めて小さく微笑む。
そのおかげか、徐々に体調が戻ったユウはだらっとしていた体を起こして向き直った。
戦闘服なんて持ってないユウは、白の上着に紺のズボンという冒険者の制服のままだ。
「そういえば、依頼の報酬って山分けなんだろ? 俺もしっかりと頑張らないとな」
ユウはここまで迷惑をかけっぱなしで、内心ばつが悪い思いをしていた。
ギルド長が依頼の報酬は団員で山分けになると言っていたからな。
これじゃ、ただの足手まといだ。
「ユウ。お前はすでに私らの仲間だ。報酬が減ることに嫌な顔をするものなどいない」
アリスが真剣な表情で真っ直ぐ見据える。
その一言で、緩んでいた空気がピンと張り詰める。
(すごいな)
実力ではエミリーのほうが上にもかかわらず、クラージュ団のリーダーを務めているのも伊達ではないと思った。
ユウが気まずい思いをしていることも感づいていたのだろう。
「そうだよな。悪い、みんなを下げた発言だった」
「本当、ユウって自己評価低いよな。むしろ助けられるのは僕らのほうだよ」
「ふふふ、私はいつもみんなの後ろに隠れているから。ユウがいるのは心強いわ」
「……心配しなくても、私がいるから大丈夫」
アリスだけじゃない、三人ともユウを励ましてくれる姿に胸が温かくなる。
改めて感謝の言葉を伝えるのは恥ずかしいし、大げさかもしれない。
だけど、異世界にきてから初めて出来た仲間だから、素直な気持ちを伝えたいと思った。
「みんな、ありがとう。本当にこのクラージュ団に誘ってもらえて感謝しているよ」
「ああ、私もユウが入ってきてくれて嬉しく思っている。もし、あの時ユウがいてくれたら……いや、過去を悔やんでも意味はないな」
眉を下げたアリスにそれぞれが一様に感情を押し殺しているように見えた。
「何か、あったのか? あっ、言いづらいことなら別に話さなくてもいいけれど」
重い空気に踏み込んでいいのか不安になったユウは慌てて言葉を付け加えた。
「いや、別に隠すことではない。むしろ仲間には共有すべきことだ」
アリスは深呼吸を一つしてから滔々と語りだした。
「前にスィル村の近くでモンスター討伐の依頼を受けていた時だ」
聞き覚えがあるスィル村という名前に嫌な予感がして、ユウは唾を飲み込んだ。
「討伐を終えて村まで戻っていたとき、ドラゴンが現れた。成体のレッドドラゴンだ。信じられなかった。大抵、山から下りてくるのは幼体だから」
ユウはそれを聞いてエミリーの言葉を思い出した。
『小さいのなら私一人で倒せる』
『大きいのは無理。もし出会ったら逃げるしかない』
あれは、子供か大人かという話だったのか。
そして、スィル村に現れたのは大きいほうだったということ。
「あの時はエミリーがいなくて三人だけだったんだ。生き残りがいたかもしれない。でも、逃げたんだ。敗走したんだ……」
アリスは下唇を噛み、ショートカットの金髪が微かに揺れた。
よほど悔しかったんだろう。
「それで、そのレッドドラゴンはその後どうなったんだ?」
「ギルドからは討伐されたと聞いている」
やはり、ユウが倒した個体なのだろう。
だが、それ以上に気になる発言があった。
(そうか……生き残りがいたかもしれないのか)
それなら、自分にも責任がある。
あの時は転生したばかりで、まだどこかでゲームの世界だと思っていた。だから、生存者を探そうとすらしなかった。
「ごめん」
「何でユウが謝る。力不足だった私が悪いんだ」
アリスは眉間にしわを寄せてユウを向く。
奇異の視線を浴びようとも、謝罪の言葉を口にしないといけない気がした。
「あの時、私は改めて思った。強くならないといけない。個人としても団としても。その時に出会ったのがお前だ。だから、私もユウに感謝しているんだ」
湿った空気が充満する中、馬車の揺れが収まった。
馬の嘶きが聞こえたと思ったら、御者台から声が飛ぶ。
「到着しましたよ」
その声にユウは馬車から降りると、目の前には森林が広がっていた。
ファスナ帝国の外側に広がる竜禍の森。
ドラゴンの生息地である竜の山脈の麓に広がる広大な森林だ。
「これより、竜禍の森で調査任務を始める」
そうして、ユウにとって初任務が幕を開けた。




