クラージュ団4
アリスの持つ木剣の先端が突き付けられている。
ピリピリとした空気を肌で感じながら、ユウは自動戦闘スキル『弱』を発動した。その途端に瞳が紅蓮に染まる。
「いい眼だ。では、いくぞ」
それが開始の合図だった。
間合いの駆け引きなどなく、一直線にアリスが飛び込んできた。
流れるような滑らかさでユウの胸元へと木剣の先端が突き出される。
速い。そう思ったときには木剣が目と鼻の先まで迫っていた。
だが、ユウの体は寸でのところで身を翻して躱す。
「なっ!?」
アリスの驚愕する声が目の前を通り抜ける。
その背中に木剣を振り下ろすが、空を切るだけに終わった。
外れたと思ったのもつかの間、体が後ろへ引っ張られるようにジャンプする。
シュッ、とユウの立っていた場所に足を狩るようなアリスの回し蹴りがかすめていった。
そして、お互いにバックステップを踏み距離を取る。
感嘆の声が周囲から沸き上がった。
「おお、初見でアリスの突撃を躱すなんてやるな」
「最初の突きは当たったかと思ったよ」
アレンとサラの称賛の声とは裏腹にユウは冷や汗をかいていた。
銅級冒険者。所詮、最下級ランク。心の中でどこか見下していたのだと気づかされる。
アリスの突撃を受け切ったのはユウではない。スキルの力だ。
スキルなしでは反応することすらできなかった。
対してアリスは木剣を構えながらも、先ほどのように攻めてくる気配がない。
息を整えながら、鋭い目つきでユウを見据える。
こちらが一歩動くと、それに合わせて距離を取る。
無言の一進一退が繰り広げられていた。
俊敏性を生かした突きスタイル。さらに、体術まで心得ている。
突きも蹴りも一つ一つ空気を切り裂くような音には相当な威力が込められているのが分かる。
だからこそ、下手に近づけない。
自動戦闘スキル『弱』には攻撃サポートがないからだ。
防御に関しても『強』では、ドラゴン相手に自動でカウンターまで入れていたのと比べると、最低限といった感じ。いや、それでも脳が認識する前に体が動く時点で、十分すぎるほど強いのだけれど。
元いた世界で武術などをやっていたわけではないユウは、相手から攻撃されるストレスに体が動けないでいた。
「来ないなら、こちらからいくぞ」
アリスが木剣を振り上げて今度は円を描くように走り出す。
死角を取られないように、それに合わせてユウも細かなステップで体の向きを調整。
スキルの効果で体は軽い、複雑な足さばきも難なくこなすことができる。
ユウの片足がわずかに地面から離れた瞬間、急停止からの直角に突撃してきた。
垂直な線を描くような刺突を認識できたころには、木剣を構えた内側にアリスの木剣が侵入している。普通なら避けられない距離。だが、ユウは相手を引き込むように重心を後ろに倒すことによってできた、わずかな時間で体を横にし、再び寸でのところで刺突を回避。
その一瞬、アリスの動きが鈍る。
今度こそは、と木剣を振り下ろすと、ショートカットをした金髪の端をかすめる。
ぎりぎりで顔を傾げて回避された。だが、その際に見えた横顔は陰っていた。
しかし、アリスは攻撃の手を緩めない。
再び、今度は速度を優先させた一直線の動き。
ユウにはアリスの動きが速すぎて反応が遅れるが、スキルがクルリと体を動かし躱す。まるで同じ映像が巻き戻されるように、何度も繰り返される。
そんな中、カウンターぎみに放たれたユウの振り下ろしがアリスをついに捉えた。
どうせ回避されると思って放ったユウの加減なしの一撃を、左腕に受けてバシンと音が鳴る。
「っ……」
アリスは痛みをこらえながら後退し、間合いを開けた。
「あっ、ごめん! 大丈夫?」
ユウは試験官のジミー・モーダンの件もあり、肝を冷やしていた。
その声に、アリスは構えを下ろして静かに目を閉じる。
「ここまでだな」
そう言ったアリスは、下唇を噛みしめて悔しそうな表情を見せた。
思いがけず始まった一対一が終わり、ユウは長い息をはく。
「すげぇ……つ、強いじゃないか。ユウ!」
アレンはまるで見世物でも見たように拍手をしている。
「まるで子供と大人の戦いを見ている気分……」
サラのおっとりとした碧色の瞳は見開かれていた。
しかし、二人の称賛にユウは素直に喜べない。
アリスは想像よりも何倍も強かった。
勝てたのは偏に自動戦闘スキルという反則スキルのおかげだ。
生身じゃ手も足もでなかっただろう。
「アリス、いい勝負だった。あの刺突には何度もヒヤッとさせられたよ」
「……お世辞はいい。こんな完敗を喫したのは、久しぶりだ」
はっきりと負けを認めるアリスはそう言って天井を見つめた。
「まあでも、これで二回目だ。つまり、私の見る目が間違っていなかったということでもある。頼もしい団員が一人増えたことを素直に喜ぶべきなんだろうな」
ユウは両手をだらんと下げたアリスに、掛ける言葉が思いつかなかった。
今の彼女にどんな慰め言葉を送っても逆効果にしかならないだろう。
敗者に掛ける言葉なし。
そんな、沈黙が場を支配していた時だった。
入口の扉が開く音がした。
「遅れました」
抑揚のない声に振り向くと、そこには見覚えのある人物が立っていた。
銀髪の長髪を垂らし、光を反射させるような白い肌。余計な肉がついていないシュッとした顎に健康的でつややかな赤い唇。感情の掴めない銀色の瞳で室内を見渡すのは、図書館で出会ったエミリーだった。




