クラージュ団2
「私も勝手にあなたをアリスだと勘違いしたせいでもあるから、そんな気にしないでね」
緑髪の美麗な女性が落ち着いた声でそう言った。
どうやらトレーニング室にはシャワー室が完備されているらしい。
ユウの隣に座っている女性からはラベンダーのいい香りが漂っている。
「いや、俺もタオルの時点で察するべきだった」
ユウはアリスからなんて言われるかを考えて落ち込んでいた。
女の敵。
スケベ野郎。
変質者。
脳内で妄想上のアリスが、様々な罵倒言葉でユウを責め立てている。
『変態さん』
止めとばかりに、図書館で出会った少女、エミリーから言われた言葉が胸に突き刺さった。
(客観的に見て、エミリーの言葉を否定できない……)
眉間にしわを寄せて、汚物を見るような二人の視線を幻視して、ユウは頭を抱える。
「なんで裸を見られた私よりもあなたのほうが落ち込んでるの?」
被害者であるにもかかわらずユウを気遣う姿は、まるで女神のように思えた。
だが、それだけにあの一瞬。
怒りを宿した冷たい視線が脳裏をよぎり、ユウは体を縮こませる。
「ごめんなさい!」
「あら~? 別に怒ったわけじゃないのよ」
パンと手を叩いた音にユウは顔を上げて女性のほうを見る。
「そうだ、自己紹介がまだだったよね。私はサラ・リシャール。十八歳。見ての通りのエルフよ」
そう言って、サラは見せびらかすように両手で両耳を掴んで見せた。
改めて正面から見ると、その美貌は人間離れしているように思う。
左右対称の顔に、自然豊かな情景が浮かぶほどに綺麗な碧色の瞳。
プルっとした唇に、形のいい鼻。綺麗なアーチがかかった眉。
まるで美術館に展示されている絵画に描かれている女性のよう。
「あっ、えと、俺はユウ・タチバナ。今日からクラージュ団に入団した銅級冒険者だ」
「やっぱり~、アリスから新しく入団する人がいるからって言われていたから、あなたがそうなんじゃないかって思ったの」
サラはパンと手を叩いて笑顔を見せる。
おっとりした瞳から溢れる癒し成分がユウの心に染みわたっていく。
その口ぶりから、やはりサラも団員の一人なのだろう。
「うう、本当にさっきはごめん」
「ユウってば、さっきからずっと謝ってばかりよ? 大丈夫、アリスが認めた人だもの。悪い人なわけないじゃない」
このエルフのサラはアリスに対して全幅の信頼を寄せているらしいことが伝わってきた。無垢な笑顔から、その発言が嘘とは思えなかったからだ。
この件についてこれ以上引っ張るのは逆に失礼だと思ったユウは、ずっと疑問に思っていたことを質問した。
「そういえば、エルフとは初めて会ったんだけど結構珍しかったりするのか?」
「そうね~、基本的にエルフって里から出ない子がほとんどだから、私みたいに人間と接するエルフはあまりいないと思う」
やはり、エルフの存在は希少なようだ。
異世界にきて日は経っていないけれど、すれ違う人たちに尖った耳を持つものを見た覚えがない。実はこっそり猫耳とか犬耳を持った種族がいないか観察していたのだが、そんなモフモフ世界は存在しないようだった。
「ふ~ん。それって別に人間と仲が悪いってわけじゃないんだよな?」
「どうだろう。私の両親はあまり人間のこと好きじゃなさそうだったけれど、少なくともエルフと人間との間で争いとかはないんじゃないかな?」
それを聞けてホッと胸をなでおろす。
エルフと人間が敵対しているゲームもあるからな。
もし、サラのような美人集団が敵側にいたとしたら全力で戦える自信はないから助かった。
「でも~、トラブルはよく聞いたよ?」
「人間とのトラブルってことか」
「そうそう、例えば、エルフの里に忍び込んだ男に着替えを覗かれたり」
ギクッ……。
「すれ違いざまにお尻触られたって子もいたっけ」
ギクッ……。
「そ、そうなんだー……大変だったね……」
挙げられるトラブルの内容に乾いた相槌を打つ。
身に覚えがある行為ばかりで、ユウは針のむしろに座る思いだった。
居心地が悪い話を変えるためにユウは質問をする。
「話を聞くかぎり両親は人間を嫌っていて、里でもトラブルがあったのに、なんでサラは里を離れて人間世界にやってきたんだ?」
普通なら、両親の影響を受けて同じく人間嫌いになりそうなものだけれど、サラからはそんな様子を微塵も感じなかった。
実際、見知らぬ人間の男に裸を見られたにもかかわらず、こうして接してくれているのだから。
「そんな大それた理由じゃないよ? 昔から外の世界に憧れていたの。ほら、別に交流がないわけじゃないから、娯楽品なんかが流れてくるの。それで、冒険者ってカッコいいな~って思ってさ」
目を輝かせながら語るサラに自分と同じだなと共感した。
漫画やアニメの世界でよく見る冒険者になりたくて、似たようなゲームを探していたのだ。
それが、まさか現実になるとは夢にも思わなかったけれど。
「でね、そんな思いが強くなっていた時に両親からお見合い相手を紹介されたんだ」
「お、お見合いだと?」
ユウはサラの裸を思い出し、胸の内に黒い炎が灯る。
豊満の胸に、透明感のある肌。
むっちりと男を誘惑する体とは反対に、おっとりとした綺麗な碧色の瞳。
そんなサラを射止める男が出てくるなんて想像もしたくなかった。
「うん。その男は村長の息子で、両親にもうプッシュされたけれど、私、どうしても嫌でこの機会に里を出ることにしたの」
それを聞いてユウは安堵のため息を零す。
てっきり婚約者がいるのかと思ったからだ。
「両親は納得してくれたのか?」
よく許可してくれたなと思いそう尋ねた。
まして、人間嫌いの両親だ。猛反発を食らったのではないだろうか。
「ぜ~んぜん。まあ、分かっていたことだけれどね。だから、家出同然に飛び出してきちゃった」
てへっと舌を出して笑うサラ。
なんてことなく言っているが、そこにはユウには想像もできない苦労がありそうだった。
「ユウって変わってるね」
急に話題の矛先が向けられて、ビクッと体が動く。
大丈夫。今までの会話から異世界出身だとばれる要素はないはずだ。と、ユウは瞬時に脳内で会話を思い返して、そう結論づけた。
「そ、そうかな?」
「だって、この耳を見てもまったく態度が変わらないんだもの」
そう言って、尖った耳に触れるサラ。
ユウは何を言われているのか、いまいちピンとこなかった。
だから、きょとんと首を傾げてこう答えた。
「サラはサラだろ? 人間だろうが、エルフだろうが、そんなの関係ないだろ」
自然体でさらっと言うユウに、
「えへへ、そうだね」
サラはそう返して、にこやかに笑った。




