クラージュ団1
「……ここだよな?」
昼を過ぎ、日が落ちようとしている時間帯。
ユウ・タチバナは大きな会館の中にある、トレーニング室と書かれた部屋の前に、白の上着に紺のズボンといった冒険者の制服姿で立っていた。
団員に紹介したいからとアリスからこの場所を指定されたのだ。
普段は訓練なんかに使っているらしい。
扉を開けて中に入ると、そこは学校の教室を四室ほどくっつけたぐらいの広さがあった。
壁の近くに大小さまざまな木剣が収納されたスタンドが置かれている。
どこか剣道場を彷彿とさせるような空間。
「まだ誰もいないのか。ちょっと来るのが早すぎたか?」
ユウ以外に人はおらず、奥の壁には紐が付いた膨らんだ布袋と大きな弓だけがポツンと立て掛けられている。まるで、朝練の生徒が教室に荷物だけ置いていったような感じだ。
その近くには別の扉がある。表面に木の木目が見える横扉。
どうやら、このトレーニング室の中にまた別の部屋があるようだった。
「ふー……さすがに緊張するな」
ユウは元々友達が多いほうではない。
どちらかといえば、教室の隅のほうで仲のいい数人と固まっているような生徒。
だから、ここにきて不安な気持ちが襲ってきていた。
アリスとは上手くやっていけそうな実感があったが、他にどんな団員がいるのか分からないからだ。
「誰とも仲良くなれずに、アリスに気を使われるとか想像したら吐き気が……」
そんな嫌な想像をして、ユウは口元を手で押さえた。
ダメだダメだ。
ネガティブな考えばかりしていたら、アリスに嫌われてしまう。
『君を一目見て、欲しいと思った』そう彼女が言ってくれたんだ。
そんなアリスの顔に泥を塗らないためにも頑張らないとな。
「男を見せろ! ユウ・タチバナ!」
バチンっと両手で両頬を叩いて気合を入れる。
まるで、転校初日の期待と不安が入り混じったような気分でそわそわしていた。
そんな時だった。
ガチャという音が入り口ではない、もう一つの扉から聞こえてきた。
「あれ~、タオル忘れちゃった」
「わっ!」
くぐもった女性の声にユウは幽霊を見たかのような驚いた声を上げた。
自分でも驚くほどの裏声で恥ずかしくなる。
(誰にも聞かれてなくてよかった)
勝手に一人だと思っていたけれど、先客がいたらしい。
壁に立て掛けられている荷物の持ち主なのだろうとユウは推測した。
となると、ユウと同じクラージュ団の団員の可能性が高い。
覚悟を入れたはずなのに、再びドキドキと胸が高鳴る。
(人間、相手の評価は第一印象で決まるって話だ。落ち着いて、笑顔で……)
「あら? アリスいるの? ねえ~、タオル忘れちゃったから、持ってきてくれる?」
再び、女性の声が聞こえてくる。
最初のほうは何て言っているか聞き取れなかったけれど、後半は声量が上がったのか、はっきりとユウの耳が音をキャッチした
(さっそく好印象を与えるチャンス到来だ。さらっと助けて、できる男をアピールしないと)
ざっと部屋全体を見渡したユウだったが、タオルらしきものは見当たらない。
あるものといえば、木剣を収納したスタンドに声主の所有物と思われる布の袋だけだ。
「ねえ~、まだ~?」
「ま、待って、い、今探してるから!」
催促する声に焦りから、声をつっかえさせながら答える。
「タオルは私の布袋に入ってるから~」
そのおっとりした声に導かれるように膨らんだ皮袋に目をやると口が少し開いていた。
急いで中を確認すると、畳まれた白いバスタオルが目に飛び込んでくる。
(あった! よかった。早く届けないと)
バスタオルを掴んだユウは声の主の元へと小走りで向かう。
そして、木製の横扉を開けるとそこには裸の女性が立っていた。
碧色で丸みをおびたタレ目な瞳に、肩まで伸ばしたさらさらの緑髪。左右対称の美しい顔の両端には尖った耳が生えており、プルンとした柔らかそうな唇は小さく開けられている。
水分を含んだ肌からは湯気が立ち込めており、形のいい大きな胸が重力に逆らう様に上下に揺れ動く。
キュッと引き締まったお腹にあるおへそは綺麗な楕円を描いている。
透明感のある太ももはむっちりとしており、とても弾力がありそうに見えた。
そんな男を魅了する体にユウは思わず生唾を飲み込んだ。
「あの~……早くタオルを渡してほしいのですけれど……」
「あっ、ごめん!」
ジト目で見られて慌ててタオルを手渡そうと近づく。だが、焦りすぎて足を絡ませてしまいバランスを崩し、倒れ込んでしまった。
「わっ!」
「きゃっ!」
ポフッと、両頬が柔らかい感触に包まれた。
生温い、汗だか水だが分からない液体が頬を濡らす。
咄嗟に体を離そうと両手に力を入れると、柔らかくも硬い感触が伝わってきた。
「んっ……」
女性の短い発声に何を掴んだのかを即座に理解したユウは頭が真っ白になる。
「もしかして……わざとですか?」
低い声が地鳴りのように降ってきて、ユウは大慌てで部屋から外に出た。
「ご、ごめなさい! 本当にわざとじゃないんです!」
そう叫ぶと、後ろ手で思いっきり扉を閉める。
ふらふらと幽鬼のように歩いた後、倒れるように床に手をついた。
ガーン、とユウの脳内で効果音が鳴り響く。
「……終わった。入団一日目にして俺の印象がどん底にまで落ちてしまった」
ユウは自分を信じてくれたアリスに対して、心の中で謝った。
「ただ、困っている声が聞こえたから助けようと思っただけなのに……」
ドラゴンをも倒せるスキルを持っていても、こんな状況では何の役にも立たないのだった。




