表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/19

第10話:ブロッコリキングの食物繊維フューリー

宇宙が、焼きサバと安物の洗濯洗剤の匂いに満ちていた。


健太は片目を開けた。


天井がおかしい。見慣れた、潰れたジャガイモみたいなシミがない。代わりに、藤色の雲の天蓋が、パステルピンクの空を漂っていた。寝返りを打つ。畳がやけにふわふわしていて、綿菓子みたいだ。


「ねえ、母さん」健太は耳の穴をほじりながら呼んだ。「高い柔軟剤買ったの?それともまた僕のパンツ、縮ませちゃった?」


返事はない。


布団の足元から、柔らかくリズミカルなゴロゴロ音が聞こえてきた。健太が目をぱちくりさせると、彼の足首の上に、小さな真っ黒の猫が座っていた。その目は、光る金のビー玉みたいだ。


「クロ?」健太は首をかしげた。「いつ塗装したんだよ?まるで焦げたトーストだぞ」


黒猫は、いつものようには鳴かなかった。それは、気品のあるガラガラ声のニャーと鳴いた。そして、ビロードのような片方の前足で、健太の鼻をトンと叩いた。


「こら!くすぐったいってば!」健太はキャッキャと笑い、腰をめちゃくちゃにクネクネと、催眠的なリズムで振った。「あの有名なケツ振りダンス、猫には効かないんだからな!」


「健太!うるさい、さっさとズボンを履きなさい!」


襖の向こうから声が轟いた。夏美だ。髪は怒りで荒れ狂うカーリーヘア。プラスチックのフライ返しをブロードソードみたいに握っている。なのに、何かがおかしい。彼女は、キラキラ光る銀のホイルでできた、エレガントなガウンを着ているのだ。


「わあ、母さん」健太は鮮やかな黄色い半ズボンを引き上げながら言った。「今日はオーブンで焼かれるの?」


「これはファッションって言うのよ、恩知らずのガキ!」夏美が怒鳴った。だが、その顔は妙にすべすべしていて、しわひとつなかった。「下に降りてきなさい。父さんが朝刊を読もうとしてるけど、文字がどんどん浮かんで逃げちゃうんだって」


健太は木の廊下を裸足で滑り降りた。足音がドスンドスンと大きく響く。


中村家の食堂では、聡が低い食卓についていた。相変わらずの皺くちゃのスーツ姿だが、足には巨大で光るネオンカラーのスリッパを突っ込んでいる。ひどくストレスが溜まっている様子で、必死に空中をつまもうとしていた。


「夏美!スポーツ欄がまた天井のあたりを漂ってる!」聡がうめき、濃い無精ひげがワイシャツの襟にザリザリと擦れた。「それに俺のコーヒーが、溶けたブルーラズベリーのアイスキャンディみたいな味なんだ!」


「おはよ、おっさん」健太はピーチクパーチクと声をかけ、座布団に滑り込んだ。「足がそんなに臭くて、新聞が逃げ出したの?」


「おい、この小——」聡はため息をつき、しぼんだ。こめかみを揉む。「ちょっと待て。窓の外を見てみろ」


健太はガラス窓に顔を押し付けた。


静かな郊外の街並みが消えていた。アスファルトの道路は、キラキラ輝く虹色ソーダの流れる川。近所の家は、巨大なフロスティング・カップケーキの形。遠くには、巨大なジェットコースターが空を走り、空っぽの歌う車両を連ねている。


黒猫のクロが窓辺に飛び乗った。キャンディ色の地平線を見つめ、低く警告のシャーッを放った。


「こりゃあ」健太はにんまりし、頬がまんまるのダンプリングみたいに膨らみ、いたずらっぽい笑みが広がった。「幼稚園に行くより、ずっといいや」


---


外の虹色ソーダの川が突然、沸騰し始めた。


巨大でベタベタの泡が、カップケーキ型の家々に次々と弾けた。黒猫のクロは背中を弓なりにし、毛をスパイク付きの首輪みたいに逆立てた。


「ああ、まったく」聡がうめき、ネクタイを直した。「また配管がシロップで詰まって逆流してるのか?」


大きな雷のようなバリバリという音が、キャンディ色の街に響き渡った。地面が揺れた。健太の顔は窓ガラスにきつく押し付けられたままで、頬が柔らかいパン生地みたいに平たくなっている。


「見て、母さん!」健太はずんぐりした指をさした。「母さんの大好物の野菜が命を持って、すごく怒ってるよ!」


炭酸の川から立ち上がったのは、そびえ立つ十五メートルの怪物。太く樹皮に覆われた幹が胴体。巨大な頭は、びっしりと詰まった濃い緑色の小花の爆発。真っ赤に光る二つの目と、ぎざぎざの包丁みたいな口があった。


偉大なるブロッコリキングだった。


「あの忌々しいものが!」夏美が金切り声をあげ、銀ホイルのガウンを握りしめた。「あんたに食べさせるために、人生の半分をこっそりご飯に隠してるのに!」


怪物が咆哮した。苦く青臭い蒸気の濃い雲を街中に吹きかける。フロスティングのカップケーキの甘い香りは、瞬く間に茹ですぎた給食の野菜の強烈な匂いに塗り替えられた。


「信じられん」聡は自分の袖をクンクン嗅ぎながらつぶやいた。「今や夢の世界全体が、厳格なダイエット臭だ」


ブロッコリキングが足を踏み鳴らして前進した。巨大な根っこ状の足が、隣のプリンカップ・ガレージにまともにめり込んだ。怪物は中村家を見下ろし、その赤い目が健太にロックオンした。


「目覚めし世界の子供たちよ!」怪物の声が轟き、まるで歯ぎしりのように響いた。「徹底的にビタミン強化される準備をせよ!」


「おーい、木のおじさん!」健太は叫び、窓をガラリと開けて半身を乗り出した。「マヨネーズ持ってる?マヨネーズがないと、あんた、ひどい味なんだよ!」


怪物はハッと息を呑んだ。深く傷ついた顔つきだ。


「マヨネーズだって?!」ブロッコリキングが金切り声をあげ、巨大な葉っぱの腕を振り上げて殴りかかろうとした。「高カロリーの冒涜め!お前の家を潰して食物繊維に変えてくれる!」


クロは窓辺から飛び降り、健太の頭のてっぺんにストンと着地した。黒猫は大声でシャーッと威嚇し、金色の目が午後の光を受けてギラリと光った。


---


偉大なるブロッコリキングが、巨大な葉っぱの拳を屋根めがけて叩きつけようとした。


「住宅ローンが!」聡が悲鳴をあげた。すると、彼の腰のあたりで奇妙な金色のエネルギーが燃え上がった。


彼は仰け反り、深呼吸し、ネオンスリッパから濃縮されたガスの爆風を放った。その緑色の蒸気は、普通の腹痛の匂いとは違った。兵器化されていたのだ。突風がブロッコリキングの拳に空中で命中し、巨大野菜を結晶化した悪臭の固いブロックの中に凍りつかせた。


「信じられん!」聡は自分の後ろ側を見つめて息を呑んだ。「俺は自分の屁の軌道を操作できるんだ!もう企業社会も俺を止められない!」


「キモい、父さん!」健太は自分の太ももをパチパチ叩きながら歓声をあげた。「父さんのケツにレーザービームがついてる!」


ブロッコリキングは咆哮とともに氷を粉砕し、赤い目を燃え上がらせた。「汚らわしい肉食者め!死ね!」


「おい、こっちを見ろよ、でっかい雑草!」健太が怒鳴った。彼は自分の半ズボンの中に手を伸ばした。


神秘的な宇宙の力が彼の小さな体を駆け抜けた。突然、健太のたった一本の顕微鏡サイズの陰毛が膨張し、百万本もの太くワイヤーのような黒い糸に分身した。それらは怒れるとぐろを巻く蛇の大群のようにウエストバンドから飛び出した。毛はブロッコリキングの足首にギチギチに巻きつき、巨大な木の怪物を、破壊不可能で、極めて不適切な結び目で縛り上げた。


「このざらついた素材は何だ?!」怪物は金切り声をあげ、虹色ソーダの川へ後ろ向きに倒れ込んだ。「弾力がありすぎる!」


「これは成長の力だよ、木のおじさん!」健太は笑い、操り人形師みたいに毛を引っ張った。


怪物が立ち上がるより早く、夏美が一歩前に出た。純粋な怒りで震えている。「私の家から離れなさい!」


彼女の怒りが頂点に達すると、空気が歪んだ。小さなポンという音が響いた。


突然、二番目の夏美が彼女のすぐ隣に実体化した。寸分違わぬ身長で、完璧な深紅のイブニングドレスを着ている。スーパーモデルのようにシャープな頬骨と、長く流れる銀色の髪。


ポン。ポン。


さらに二人の夏美がスポーンした。一人はショートでスポーティなピクシーカットに、鋭いエメラルドの瞳。もう一人は、柔らかく弾むブラウンの巻き毛と、優しい天使の微笑みを湛えていた。全員、息を呑むほど美しいのに、全員がまったく同じ恐ろしい母の怒りの目で怪物を睨みつけている。


「まだ今日、廊下に掃除機をかけてないんだからね!」四人のゴージャスな夏美たちが、耳を聾するほどの完璧なユニゾンで叫んだ。


ブロッコリキングは、美しく怒れる母親たちの軍隊を眺め、次に自分の脚を縛る陰毛の縄を見下ろし、最後にケツに再装填中の聡を見た。


怪物は苦い緑色の涙を流し始めた。


---


四人の美しい夏美たちが共に前進した。ハイヒールがプリンカップの舗道にカツカツとリズムよく鳴る。


「これでも食らいなさい! 究極マルチタスク・マトリックス!」クローンたちが完璧なハーモニーで叫んだ。


彼女たちは四本の同じキラキラ光るプラスチックのフライ返しを一斉に抜いた。極超音速で動きながら、縛られたブロッコリキングに群がる。まるで日曜の巨大寄せ鍋の下ごしらえをする達人シェフのように、緑の小花を切り刻んでいく。


「待て!私は鉄分たっぷりなのだ!」野菜の王が悲鳴をあげた。


聡は空に向かって背中を向けた。彼は最後に、勝ち誇った敬礼を送った。「そして俺は食物繊維たっぷりだ! 中村バスター!」


彼は巨大なジェット推進式のガスの爆風を解き放った。その風圧が、切り刻まれたブロッコリの破片を巻き込んだ。それは巨大な怪物を、そのままパステルピンクの雲の真っ只中へと打ち上げた。空がまばゆい緑色の爆発で照らされ、完璧に蒸された一口サイズの野菜が降り注いだ。


「やった!僕たちの勝ちだ!」健太が歓声をあげた。彼が指をパチンと鳴らすと、巨大な陰毛のネットワークが、大きなバチンという音とともに黄色い半ズボンの中に戻っていった。「さて、この片付けは誰がやるの?」


黒猫のクロが夏美の脚に歩み寄った。彼は鳴かなかった。ただ彼女の目をじっと見つめた。その金色の瞳孔が、顔全体を呑み込むまで見開かれ、二つの深く無限のブラックホールへと変わった。


虹色ソーダの川がグリッチを起こし始めた。カップケーキの家々はホワイトノイズへと溶けていった。


「待って」夏美はささやき、視界がぼやけた。「私の美しい髪が…つるつるのお肌が…」


---


ハッ!


夏美は布団の上にガバリと跳ね起きた。心臓がドキドキしている。


部屋は、こもった汗と古い畳の匂い。安っぽいカーテン越しに陽の光が差し込み、天井の見慣れた、潰れたジャガイモみたいなシミを照らし出していた。彼女は自分の両手を見下ろした。キラキラのホイルのガウンは消えていた。彼女は古びて色あせたピンクのパジャマを着ている。


隣では、聡が大いびきをかいており、朝の口臭は壁を塗れるほどだ。ベッドの足元では、クロがふんわりと丸まり、きれいなまま眠っている。


「母さん!腹減った!」


寝室のドアがスライドして開いた。健太が立っており、元気よく腹をかいていた。半ズボンは少し斜めで、完全にいつも通りであり、宇宙的な毛パワーなど微塵もなかった。


夏美はこめかみを揉み、巨大な頭痛が湧き上がってくるのを感じた。「なんて恐ろしくて、くたくたになる悪夢…」


「ねえ、母さん」健太はいたずらっぽくニヤリとし、ずんぐりした指で彼女の頭をさした。「なんで髪の毛が、巨大なブロッコリみたいに逆立ってるの?」


夏美はクローゼットからプラスチックのハンガーを掴み、その顔はおなじみの怒りに歪んだ。「健太!さっさと顔を洗って、下の台所に行きなさい!」


中村家は、完全にいつも通りに戻っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ