表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最凶公爵令嬢は王家にも頭を下げない  作者: 翡翠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/41

第33話 最凶公爵令嬢は、一人で来た相手の本音を測る

 放課後の廊下は、昼間よりも少しだけ人の輪郭が濃い。


 講義が終われば、生徒たちはそれぞれの目的へ散っていく。誰と並んで歩くか、誰に声をかけるか、誰を避けるか。放課後は、そういう選択が昼より露骨に見える時間だった。


 セレスティア・ヴァン・グランフェルは、本棟東側の回廊を一人で歩いていた。


 正確には、少し後ろにルークがいる。だが女子寮へ向かう導線に入る手前までは、必要以上に存在感を出さない位置取りだ。最近はこの距離感も、もう周囲にとって見慣れたものになりつつある。


「お嬢様」


「何かしら」


 ルークが低く言う。


「本日は、少々読みやすい気配でございます」


「ええ」


 セレスティアも気づいていた。


 隠れているつもりではない。

 だが正面から堂々と来るわけでもない。

 近づく理由を探りながら、こちらの歩幅に合わせて距離を詰めてくる気配。


「二年の女かしら」


「その可能性が高いかと」


 セレスティアは少しだけ口元を上げた。


「悪くないわね」


「そうでございますか」


「ええ。少なくとも、群れたまま来るよりは」


 そう言って数歩進んだところで、気配の主がようやく姿を見せた。


 マリア・セルヴェーン。


 昼にリディア・アシュクロフトとともに教室前へ来た、黒髪の二年令嬢だ。今日の昼は上品さを崩さぬまま踏み込み、イザベラ・フォン・クロイツに対してもやや強い視線を返していた。あの二人のうち、実質の芯はこちらだろうとセレスティアは見ていた。


「少し、よろしいかしら」


 マリアが言う。


 声は昼より低い。

 今は“見られる場”ではないから、余計な柔らかさを削ってきたのだろう。


「内容によるわ」


 セレスティアが答えると、マリアは一度だけ頷いた。


「妥当なお返事ね」


「今さらでしょう」


「ええ」


 マリアはそこで、リディアのように愛想で包まず、そのまま続けた。


「昼の続きよ」


「それなら、なおさら聞く価値が薄いわね」


 即切り気味に返すと、マリアの目がわずかに細くなる。


 だが不快そうにはしない。

 そこもまた、昼より本体に近い顔だった。


「そうでもないわ」


「どうして?」


「昼は人が多すぎたもの」


 それは正しかった。


 昼の教室前は、二年令嬢二人が一年公爵令嬢へ“上品な顔で悪意を運んだ”場だった。つまり、マリア自身にとっても本音を出し切る場ではなかったのだろう。


「では、今は本音なのね」


 セレスティアが問うと、マリアは少しだけ視線をまっすぐにした。


「少なくとも、昼よりは」


 悪くない。


 セレスティアはそう判断し、足を止めた。


「聞くだけ聞くわ」


「ありがとう」


 マリアは礼を言ったが、その言い方も過不足なく、媚びがない。


「まず、先に訂正しておく」


 マリアは静かに言う。


「昼のあれは、半分くらいはわたしたちの不快だった。でも、半分は確認でもあった」


「何の?」


「あなたが、“男が寄ってくることを利用している側”かどうか」


 セレスティアは一瞬だけ黙った。


 そこを自分から言うなら、昼の二人組よりはだいぶましだ。


「それで?」


「違うと分かったわ」


 マリアは淡々と続ける。


「少なくとも、昼のあなたの返し方は、“見え方を利用している女”のものではなかった」


「そう」


「ええ」


「では、何の用かしら」


 セレスティアが問うと、マリアは一拍置いた。


「リディアと私は、少し違うの」


「見れば分かるわ」


「でしょうね」


 そこでマリアは、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「リディアは、女の空気が乱れるのを嫌う。私は、それを誰が使おうとしているかの方が気になる」


 やはり、とセレスティアは思う。


 この女は、感情そのものより盤面を見る側だ。


 だからこそ、一人で来た。


「あなた、イザベラに少し似ているわね」


 セレスティアがそう言うと、マリアの目がわずかに動く。


「嬉しくはないけれど、否定もしないわ」


「そう」


「でも、クロイツ様ほど上手ではない」


「知っているのね」


「ええ。嫌でも」


 その短い返答に、いくつかの情報が混じっていた。


 マリアはイザベラを意識している。

 そして、少なくとも女子側の空気の主導権をめぐって、無関係ではいられない位置にいる。


「それで」


 セレスティアが促す。


「あなたは誰を使おうとしていると思ったの?」


 マリアはすぐには答えなかった。


 少しだけ考え、それから言う。


「最初は、あなたが男を使っているのだと思った」


「違った」


「ええ」


「今は?」


「逆」


 その一言は、昼にセレスティアが示した見方と一致する。


「やっぱりね」


「ええ」


 マリアは静かに頷く。


「あなたを使いたがっている男が複数いる。しかも、それぞれ別の理由で。騎士科、外の貴族子弟、王子に近づきたい者、王子から距離を測りたい者」


 かなり見えている、とセレスティアは思った。


 少なくともこの女は、“不快だから嫌う”だけではない。


「それで、あなたは何をしに来たの?」


「取引に近いものかしら」


 その言い方に、ルークの気配がわずかに引き締まる。


 マリアもそれを感じたのだろう。だが構わず続けた。


「わたしはあなたの味方ではない」


「そうでしょうね」


「でも、あなたを使いたがる男たちに、女側の空気まで好きに使われるのは不快なの」


 そこは、かなり本音だった。


「だから?」


「女子側で動きがあれば、必要なものだけ流す」


 マリアはセレスティアを見た。


「その代わり、あなたも“誰がどう使おうとしてきたか”のうち、女側に関係するものがあれば少しだけ返して」


 なるほど。


 完全な同盟ではない。

 善意でもない。

 だが、かなり筋の通った提案ではある。


「あなた、イザベラと競合しないの?」


 セレスティアがそう問うと、マリアは少しだけ笑った。


「するわよ」


「なら、あなたに情報を返すと、あなたの盤面にも乗ることになる」


「半分はそうね」


「半分は?」


「あなた自身が見やすくなる」


 そこまで整えて来るなら悪くない、とセレスティアは思った。


 この女は、イザベラほど完成されてはいない。

 だが、その分だけ本音の比率が高い。


「保留にするわ」


 セレスティアは答えた。


 マリアの目がわずかに細くなる。


「即断で切らないのね」


「価値があるもの」


「そう」


「でも、今すぐにあなたの盤面へも乗らないわ」


「ええ。それでいい」


 マリアはあっさり頷いた。


「最初から欲張ると、たぶんあなたは消えるでしょう」


「よく分かっているのね」


「昼に見たから」


 その返しに、セレスティアはほんの少しだけ面白くなった。


「では、最初の一つだけ」


 マリアが言う。


「何かしら」


「アーネスト・ヴァルグレイは、まだ諦めていない」


 セレスティアの目がわずかに細くなる。


「知っているわ」


「でも、今度は自分からではなく、女側の“品位”の話へ乗せようとしているわ」


「どういう意味?」


「“グランフェル公爵令嬢は外の男も女も騒がせる”という見え方を作りたいの」


 そこまで聞いて、セレスティアは内心で小さく息を吐いた。


 やはりそう来るか。


 自分で近づいて切られた以上、今度は“自分とは無関係に周囲がそう見ている”形へずらしたいのだ。


 安いが、面倒ではある。


「ありがとう」


 セレスティアは言った。


「これは価値があったわ」


 マリアは少しだけ目を見開いた。


 たぶん、素直に礼を言われるとは思っていなかったのだろう。


「……そう」


「ええ」


「なら、来た甲斐はあった」


 その言い方は、少しだけイザベラに似ていた。

 だがもっと乾いていて、もっと個人の損得に近い。


「一つだけ言っておくわ」


 セレスティアが言う。


「何?」


「私は、女の不快そのものは軽く見ない。でも、それを誰かが使おうとするなら、そちらの方を切る」


 マリアは数秒、セレスティアを見た。


「やっぱり、昼の見立ては間違っていなかったわ」


「何が?」


「あなた、思ったよりずっと盤面で見ている」


「今さらでしょう」


 マリアはそこで、小さく笑った。


「ええ。今さらね」


 会話はそれで終わった。


 マリアは一礼し、すぐには背を向けず、最後に一つだけ言った。


「クロイツ様には、わたしが来たことを隠すつもりはないわ」


「好きにしなさい」


「ええ、そうする」


 そのまま去っていく。


 歩幅が乱れない。

 悪くない女だと、セレスティアは思う。


 ルークが低く言った。


「お嬢様」


「何かしら」


「女子側の盤面が、もう一段増えました」


「ええ」


「いかがご覧になりますか」


 セレスティアは少しだけ考えた。


「マリア・セルヴェーンは、悪くないわね」


「クロイツ嬢とは別種で」


「ええ」


「扱いは」


「保留」


 短く答える。


「でも、情報の価値はある」


「承知いたしました」


 ルークは一礼した。


 最凶公爵令嬢は、一人で来た相手の本音を測る。

 群れの中の上品な悪意ではなく、

 一人で来た時に何を言うかで、

 相手の質を測る。


 そして今、

 女子側の盤面はイザベラだけではなくなった。


 マリア・セルヴェーン。

 イザベラ・フォン・クロイツ。

 リディア・アシュクロフト。

 それぞれが違う形で、不快と空気と利用価値を見ている。


 盤面はさらに細かくなる。


 そして翌日。

 その細かくなった盤面を、

 最初に“面白い顔”で見に来るのは、

 やはりディルクだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ