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思い出交換所  作者: 西季幽司
シーズン2
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29/30

思い出の地①

 思い出交換所がある新宿の雑居ビルの二階に、深夜喫茶「マル・オブ・キンタイヤ」がある。酔いを醒ましたい酔客や、喧騒に溢れる夜の新宿から避難して来た人たちでにぎわっていた。

 常連客から「マルキン」と呼ばれている。

 姫美子もそんな常連客の一人だ。日頃はマルキンでたむろしている。店内の隅に、柱とカウンターに挟まれて個室にようになった場所があり、そこが姫美子の指定席になっていた。そこで客に頼まれて運勢を占っていた。姫美子は「新宿のクレオパトラ」と呼ばれ、よく当たると評判の占い師なのだ。

 思い出交換所の表の業務が忙しくなると、ブックが姫美子を呼びに来る。

 今日もマルキンで時間を潰していた。

 ふと店内に目を遣ると、一組のカップルが目に入った。


――何処かで見たような。


 と姫美子は思った。

 記憶は時と共に薄れて行く。極彩色に彩られた記憶は、どんどん色が薄れ、セピア色になり、白黒になり、真っ白になる。真っ白になっても、消えた訳ではない。何かの拍子に、ふと蘇ったりする。

 真っ白になると思い出すことが難しくなるが、姫美子の思い出が色あせることなどない。記憶を操ることが出来るからだ。もともと記憶力に自信があったが、あやふやな記憶を自ら色付けして鮮明にすることが出来た。

 二人の男女のことは直ぐに思い出した。


――思い出交換を行った二人だ。お互い、見も知らぬ他人同士だったはずなのに・・・一体、どうやって知り合ったのだろう?


 姫美子は二人の思い出交換を思い出していた。

「私の母親はどうしようもない人でした」と女性が言った。

 父親は女性が小学生の頃に病気で亡くなった。専業主婦だった母親は生活能力の無い人で、父親が残した貯金を早々に使い果たし、その後、働きもせずに家でゴロゴロしてばかりいた。結局、女性が働きに出ることになった。

 高校生の時、そんな母親と衝突し、「出て行け!」と言われた。「私が出て行って、困るのママでしょう!」と言い返すと、母親に言われた。


――嫌な子。あなたなんて生まなければ良かった。


 その一言が女性にとってトラウマとなってしまった。結局、女性がアルバイトばかりしていて、学業に身が入っていないことを心配した担任の教師から、福祉センターに連絡が行き、「お母さんとは離れた方が良い」と言われ、高校を卒業すると、家を出た。

 母親とは絶縁状態にある。だが、


――私はこの世界に生まれて来てはいけない人間だった。


 母親に追われた言葉が、女性を苦しめ続けていた。

 そして、姫美子のもとに相談に来た。あの一言を忘れてしまいたいと。だから、姫美子は思い出交換を行い、女性の記憶から、母親の一言を取り除いてあげた。

 その思い出交換を行った相手が、今、女性の隣にいる男性だ。

 彼は父親のトラウマに悩んでいた。

 男性の父親は生粋のギャンブラーで、ろくに家に金を入れずに、ギャンブルに明け暮れていた。母親がパートで稼いだお金まで、ギャンブルにつぎ込んでしまう始末だった。気に入らないことがあると、直ぐに手が出た。男性と母親は父親の暴力に怯えながら、極貧の生活を送っていた。

 やがて、父親は他に女が出来たと言って家を出て行った。家を出る時、男性が「パパ!」と声をかけたが、父親は振り返らなかった。右手を上げて、蠅でも追い払うように二、三度、面倒くさそうに降ると、そのまま出て行ってしまった。


――あの時見た父親の後ろ姿が忘れられません。僕にもあの人の血が流れている。怖くて、結婚も出来ません。


 男性は姫美子のもとに相談に来てそう言った。

 姫美子は二人の間で思い出交換を行うことにした。

 姫美子は人の記憶を映画のフィルムのように見ることが出来る。そのフィルムのコマのようになった記憶を自由に切り取ることができた。後は、ぽっかりと空いた記憶の空白に別人の記憶を移し替えるのだ。記憶に空白が出来てしまうと、正しく再生できなくなってしまう。脳が記憶の再生を停止してしまったり、記憶の穴を埋めようと暴走してしまったりするからだ。だから、記憶を切り取った後に、別の記憶を移し替える必要がある。

 人の記憶に大きさや長さは関係ない。コマを増やせば記憶は鮮やかなものになる。記憶の一部を切り取った後、コマを増やして埋めておけば良かった。

 女性から話を聞いた。小学生の頃に、父親を病気で亡くしている。思い出は、そう多くは無かったが、それでも父親のことはよく覚えていた。

 女性の記憶から、女性が父親に背負われて夕陽を見ている思い出を選んだ。何故、女性が父親に背負われていたのか、何故、母親がいなかったのか、何も覚えていなかったが、女性は父親の背中で夕陽を見ていた。綺麗な夕陽だった。何処かの公園の芝生の上で、遙か彼方の稜線に沈んで行く夕陽を見た記憶があった。その記憶を少しだけ分けてもらった。

 男性の記憶からは、同じように子供の頃の母親の思い出を選んだ。

 男性は母親と一緒に、アパートの窓枠に腰を掛けて、アイスクリームを食べていた。窓から男性が落ちたりしないように、母親は一緒に窓枠に腰を掛け、男性を包み込むように抱えてくれていた。

 幸せな母親との思い出を分けてもらうことにした。

 こうして、姫美子は思い出交換を行った。

 女性の記憶から、母親に言われた「あなたなんて生まなければ良かった」という思い出を取り去り、そこに母親と一緒にアイスクリームを食べている思い出を植え付けた。

 男性の記憶からは、家を出て行く父親の後ろ姿を削除し、その代わりに父親に背負われて夕陽を見ている思い出を移植しておいた。

 二人の間に面識は無かった。

 時間をずらしてメモリートレードセンターに足を運んでもらい、カーテンで仕切られた部屋でお互い顔を会わすことなく、思い出交換を行った。

 思い出交換が終わってからは、思い出交換所を行った記憶を消去しておいた。

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