思い出の地②
二人の様子を見ていると、親しげな間柄に見えた。恋人同士にしか見えなかった。思い出交換を行った二人が、偶然、出会い、恋人になったのだろうか?
二人のことが気になって仕方が無かった。
好奇心を押さえ切れなくなって、二人に声をかけた。「あの~ちょっとすみません」
「ああっ! 姫美子さん」
二人が同時に声を上げた。
思い出交換を行った時の記憶は削除してある。現在進行形の記憶は削除してしまっても記憶が誤作動を起こすことがない。過去の姫美子に関する記憶は、色あせさせ、薄れさせてあった。姫美子のことをかろうじて覚えているレベルだ。
人の為に尽くしているのだが、覚えていてもらえることのない、報われない仕事だと言える。
この喫茶店、「マルキン」に来たことを覚えていて、今晩、二人でやって来たと言うのだ。やはり、完全に忘れてしまっていた訳ではない。
「お二人、恋人同士のように見えるのですが、どうやって知り合ったのですか?」と姫美子は単刀直入に聞いてみた。
「それが、不思議なことに――」と二人が出会った経緯について、男性が話し始めた。
「僕の父親はどうしようもない男で、クズみたいな人間でしたが、ひとつだけ、良い思い出があるのです。父親に背負われて夕陽を見た、そんな記憶があるのです」
姫美子が移植した女性の記憶だ。
男性が言葉を続ける。「何故、父親に背負われていたのか、何も覚えていませんが、その時、父親の背中の暖かさと、綺麗な夕陽が忘れられなくて、ある日、その場所を探してみたのです。芝生のある公園で、目の前を川が流れている。公園の中に、二本の柱があって、その上にリングが乗っているモニュメントがある。思い出の中にある公園を探しました。そして、見つけました」
「公園を探し当てたのですか⁉」
執念だ。他人の記憶の場所を特定してしまったと言うのだ。
「はい。今は地図ソフトで実際に行かなくても、現地の画像を見ながら探すことが出来ますからね。それに、その公園が何処にあるのか、知っていたのです。○○区にある○○公園です。懐かしい、その公園に行ってみたくなりました」と男性が言った。
それで行ってみたと言うのだ。
「そこで彼女と出会ったのです」と男性が言う。
「あなたは何故、公園にいたのです?」と今度は女性に問い掛けた。
「私は――」と女性は公園に行った経緯を説明してくれた。
女性の母親は、毒親で、苦労した記憶しかないのだが、ひとつだけ良い思い出がある。それが、母親と二人、窓枠に腰掛け、アイスクリームを食べた記憶だと言う。
姫美子が移植した男性の思い出だ。
女性が言う。「不思議なことに、ずっとアパート暮らしでしたが、子供の頃に住んでいたアパートではありませんでした。でも、アパートの窓枠に腰掛け、見ていた景色に見覚えがあったのです。子供の頃、母がヒステリーを起すと、父は私を近所の公園に連れて行ってくれました。そこで、陽が暮れるまで、遊ばせてくれたのです。遊び疲れると、私を背負って、連れて帰ってくれました。アパートの窓からは、その時の公園が見えていたのです。何だか、とても懐かしくなって、久しぶりに公園を訪ねてみました。そこで、彼と出会いました」
時は違えど、二人は同じ場所の記憶を持っていたのだ。
「驚きました。探していた公園は、僕が子供の頃にアパートの窓から見ていた公園だったのですから。親父が僕を背負って歩いていたとしても不思議ではありません。僕らを捨てて逃げた親父でしたが、優しいところがあったのかもしれませんね」と男性が言う。
違う。それは気のせいだ――とは姫美子は言えなかった。
会った瞬間、何処かで会ったことがあるような気がしたと、二人は声を揃えた。それでいて、何時、何処で会ったのか、誰だったのか思い出せない。下手なナンパのような気がして、声をかけ難かったが、思い切って話しかけた。
「あの~」と二人、ほぼ同時に声をかけた。お互い、苦笑し、話をしている内に、お互い共通点が多いことに気がついた。
それに、同じような記憶を持っている。それはそうだ。姫美子が一部、拝借したのだから。
こうして二人は知り合った。そして、恋人同士になった。
――運命の出会い・・・だった訳ですね。
と姫美子が言うと、二人は「ええ」と力強く頷いた。
真実を話すことなど意味が無い。今となっては思い出を交換したことなど、どうでも良いことだ。思い出交換が縁となって二人は知り合った。それで良い。そういうことだってある。
姫美子は「お幸せに」と言って、二人と別れた。




