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レインズ・ライフ  作者: Atsu
日常編(ミステリ以外)
32/35

例えばそれは願いの話で

テスト明けの部活動を終え、帰路につく雨乃あまの黒川くろかわ。商店街は七夕ムードに包まれ、華やぎを見せていた。

 学期末テストを終えると、夏休みがすぐそこまで迫っていた。気づけば高校生活にも慣れており、半年前まで中学生だったことが自分でも信じられない。

 私は、ある出来事が縁となり、大々牙象おおがし高校新聞部に入部する運びとなった。思い起こせば、この三ヶ月、いくつもの謎と遭遇した。詳細は省くが、どれも思い出深い一件ばかりだ。

 さて、季節は夏に片足を突っ込む梅雨明け前。少しほっとした気持ちのなか、テスト明け一回目の定例会議は図書室で行われた。いつもの場所を利用しないのは、もちろん暑さのため。授業中であれば各教室で冷房がかかっているけれど、放課後には切れてしまうため、蒸し暑さがいっきにぶり返す。そこで、冷房の切れない図書室を利用することになったのだ。部活内容はミーティング。夏の予定、主に夏合宿についての打ち合わせが行われた。例年開催されているらしく、今年も二泊三日で学外で実施とのことだった。

 部活動が終わり、クラスメイト兼部員の黒川と同じ帰路を途中まで歩く。高校を出て、生ぬるい風を感じながらしばらく道なりに歩いて行くと、大きな商店街にさしかかる。巨大なアーチ状の入り口には笹林が出来上がっており、色鮮やかな短冊がなびいている。周辺では昔から馴染みのある七夕の歌が流れていた。

「そういえばもうすぐ七夕だったわね」

「らしいな」

七夕セールなるものを開催する商店も見受けられる。店先まで飛び出したカーゴの数々には特価の札が下げられている。そういえば、毎年商店街でちょっとした七夕まつりをやっていたような気がする。昨今、商店街の衰退が全国的にもとりだたされているが、この商店街は活気があり、この街の誇れるところだと感じている。

目移りしながら歩いて行くと、流れていく人の中に、ちょっとした人だかりができていた。気になったので覗いてみる。親子連れ、高齢者、主婦集団。それらの先には笹の森と長テーブル。どうやら、自由に短冊を書いて付けるコーナーが設置されているようだ。

「どう、せっかくだし書いていかない」

黒川を肘で小突きながら、私は言った。イベントごとを少しぐらい楽しんだってバチは当たらないだろう。長テーブルの半分ほどは空いており、ならばなさそうなので、黒川を誘ってみた。

「えー」

苦笑いを浮かべ、顔を引きずらせている。めんどくさがっているのだろう。

「まぁ、いいじゃない。たまにはこういうのも」

少し強引に押してみると、黒川はバッグを降ろした。

「仕方ないなぁ」

黒川にサインペンと短冊を一枚とって渡すと、腕を捲り上げてしゃがみこんだ。私もペンを取り、書きやすいようにしゃがみ込む。

「そういえばさ。意識してなかったけど、七夕の願い事は誰に対してお願いしてるんだっけ。神社ならそこの神様、クリスマスならサンタだけど。いつも、七夕はそんなイメージがないのよね。織姫と彦星はどちらかというと願いを叶えたい側だし」

ペンを走らせながら、黒川に訪ねる。

「雨乃なら知ってるのかと思ってた。ほら、歌でも笹の葉って言うだろう。笹の葉が神聖なもので、さらさらという笹の音が神様を呼ぶらしい。神社でも笹を使った神事を見たことがあるかと思うけど、願い事は神様にしてるんだ」

「へー知らなかった。もともと中国から伝わったのは知ってたけど」

「中国の行事が日本に伝わって、日本の伝説と混ざり合ったんだ。だから、七夕もアジアの幾つかの地域の風習らしい」

書くほうに神経を注いているようで感情なく辞書を読み上げるように黒川は教えてくれた。黒川の手が止まるのを見計らって、もう一度声をかける。

「よし、つけよっか。なんて書いたの?」

私は黒川の手元を覗き込む。黄色の短冊には『はやくしょうせつがよめるようになりたい』とひらがなで書かれていた。

「まぁ、私は知ってるからいいけど、なんか小学生、みたいね」

なぜ、彼が小説を読めないのか。それは、高校に入ってしばらくした頃に遡る。突如として小説の活字を目で追うことに苦痛をともない、集中して読書を続ける事ができなくなるという、”読書スランプ”に彼は陥ってしまった。発症してから、いくつか解決の手段を取ってみたのだが、未だ治っていない。元本の虫だった彼は、それでもなお文庫本を手放さず、抗い続けているようだ。そのこともあり、願い事を書いたのだろう。しかし、文字のふにゃふにゃ具合が、早く漢字が読めるようになりたい小学生のようで、なんだか笑えてしまった。

「別にいいじゃないか。本当のことなんだし。で、雨乃は?」

少し恥ずかしそうに私に尋ねた。

「あたしはねー、これ」

黒川の眼前に青い短冊を突き出す。『良い記事を書けるようになります!』と書いた文字にも気合を入れた。

「所信表明だろ、それは」

黒川は含み笑いをした。確かに、そう言われれば、願い事ではなくなってしまっていた。ボケたつもりはなかったのに。

「いいじゃない。私っぽいでしょ」

「まぁ、わからんでもないけれど。所信表明は神社の神前で十分じゃないか。潔く願いにしたほうがいいと思うぞ」

「潔く、ってなによ」

といいながらも、私は『ように』という言葉を短冊に付け足した。


 笹に取り付け終え、また商店街を歩いて行く。時々聞こえる風鈴の音。飲食店前の味覚を刺戟する香り。鮮魚店の磯臭さ。洋服店のカラフルな値札。普段、通り道としての商店街程度でしか意識してこなかったけれど、生活の場である事を、五感が思い起こさせてくれる。

 ふいに、七夕の天気はどうなのだろう、と携帯電話で調べてみた。残念ながら今年は曇りみたいだ。

「ねぇ、黒川。七夕ってさ、晴れれば会えるし、雨が降れば喜びの涙だって言うじゃない。じゃあ、曇りはどうなるのかって知ってる?」

どうだったかなと天井を少し仰ぎ見てから、黒川は答える。

「曇りは聞いた事がないな。あるのかもしれないけど。天候を一つ一つ考えるのはきりがないが、多分、人間的には会えない、に分類されるのかもな。まぁ、どんな天候であろうと宇宙での出来事ととらえるなら、曇りだろうと関係ないが。俺たちが観測できないなら、わからないな。シュレディンガーの猫みたいに」

「なんだっけ、それ」

「簡単に言えば、箱の中に猫がいて、箱を開けて観測するまでは死んでる状態と、生きてる状態の両方の状態が同時に存在している、ってはなし。雲の向こうの宇宙で、アルタイルとベガから天の川を越えて、デネブで会えているかもしれないし、会えていないかもしれないってことさ。まぁ、それなら会えていてほしいって願うほうがいいのかもしれないな」

「なるほどね。確かに、わからないなら、幸せに会えてることを願うほうがいいね」

「まぁ、どうせ見えないんだし、もっと話を広げてイメージしてみるのもいいかもしれないな。例えば、二人の間に壮大なスペースオペラが繰り広げられてるとかだったら、面白いと思うけど」

「スペースオペラって何?」

「まぁ、宇宙を題材にしたSFの中の一つのジャンルだ。スタートレック。ヤマト。スターウォーズ、っていえば雰囲気が伝わるか?」

「ああ、ああいう感じの作品ね。わかった」

「宇宙を舞台にした、異星人との抗争とかを描いた冒険活劇って感じ。スペースオペラ風七夕なら、何万光年も離れた天の川の向こうで天帝によって幽閉された織姫を救い出すべく、高速の宇宙船に乗り込み、天の川を冒険し、天帝の送り出した手先たちを、光線銃をぶっ放してやっつけていく、みたいな感じかな」

そう言って、黒川は銃を構えた姿をとった。その横顔に少し幼さが戻ったあたり、黒川も男の子なんだなと思ってしまう。

「なにそれ。まぁ、少し見てみたいかもね。スペースオペラ風七夕」

「だろ」

織姫と彦星は実際には光年という遥かな距離を実際には隔てている。どんな天気であろうと、会えていてねと願うことが七夕の本来の願いなのかもしれない。

 様々な願いの色に彩られた笹のゆらめき。人の流れ。灯り始める淡い照明。それは天の川の流れのようだった。心地よい流れに身を任せながら歩いていると、あっという間に商店街の出口がさしかかっていた。

読んでいただき、ありがとうございました。七夕をテーマに書いたことがなかったので、閑話として書かせていただきました。長編のほうが停滞気味なので、進めていけたらと思います。

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