机上の空席推理.2
隣接する市、彩出市の喫茶クレイジィを訪れた黒川。目的は、月に一度の恒例行事となっている、現役大学生作家「杏菜」さんとのお茶だ。今回も、彼女から小説のアイディアになるような変わった出来事はなかったかと尋ねられ、黒川は南川にある喫茶店「紅挽館」で起こった、『空席があるのに相席を案内された』出来事を話したー
「では、状況を整理しましょう」
コーヒーを一口含むと、杏菜さんはノートを開いた。スイッチが入ったようだ。
「黒川くん。あなたは日曜に南川にある喫茶店『紅挽館』へ足を運んだ。店内に入るとカウンター席、テーブル席ともにほとんど埋まっていた」
あの日のあの場所、状況を頭に思い起こしながら答える。
「はい」
「店内奥の座席が二席ほど空いていて、黒川くんはそこに座れるだろうと考えた」
「はい、そうです」
メモに座席の二文字を書くと杏菜さんは顔を上げた。
「座席は、二人に対して一つテーブルがあてがわれるような二人席タイプ? それとも、窓際に向かってテーブルを共有する一人席タイプが複数空いてたの?」
「前者の二人席タイプでした。角にある座席です」
テーブルを挟み、お互いが向き合うこぢんまりとした座席だ。
「ああ、あの席ね。店内が見渡せる」
杏菜さんも座った事があるらしく、うんうんと頷いた。
「確実に空席があることを確認して、応対されるのを待った…のね」
「ええ。そうです」
「にもかかわらず、実際に案内されたのはその座席ではなく、別の相席だった」
「はい。案内してくれた女性店員さんから相席の確認はありましたが、その座席指定の間に奥の空いてる座席を一度も見ませんでした」
「…という事は、店員さんは何らかの事情を既知として接客していた可能性が高そうです」
という事は、その座席が使えない理由があったという事になる。
「座席が使えない理由を考えてみましょうか。予約席だったという可能性は?」
杏菜さんの案を考えてみる。予約席であるならば、予約時間までに座席を空けておき、客を待つ必要がある。しかし、当時の状況がそれを否定する。
「たぶん、ありえないかと。紅挽館には二時間ほど滞在したんですが、その間に誰一人その座席につく事はありませんでした。予約のために二時間も前から座席をキープしておく事は考えにくいです」
「そうなると、予約の線は薄そうね」
矢継ぎ早に次の案が飛んでくる。
「分煙という可能性は? 中規模のお店だし、分煙を始めているということは考えられないかしら」
昨今の喫茶事情といった感じだ。しかし、それも状況が否定する。
「その場合、空調設備や分煙壁があるはずですが、そのような設備はありませんでした。加えて、店内の壁には店内禁煙の張り紙があったことを覚えてます」
設備、という言葉に自分も一つ考えが浮かんだ。
「そうだ。テーブルや椅子が破損・故障で案内しなかったというのはどうでしょう?」
うーん、と手のひらを顎に当てて杏菜さんは考える。否定的である様子で、眉間にしわを寄せながら首を傾げた。
「ありえなくはないと思う。けれど、壊れているのであれば椅子やテーブルをそのまま座れるかのように配置しておくとは考えにくい気がするね。例えば、テーブルの上に椅子を上げておく。テーブルに使用禁止などの張り紙をする。そんな感じで座ってはいけない事がお客さんに伝えられるようにするんじゃないかな」
「ということは、座席は使用できたことになりますね」
「ええ」
「物理的には使用できるという事は、非物理的な理由で座席が使えなかったという事になりますね」
「そうね。現実的ではないのだけれど、バズビーズ・チェアはご存知かしら?」
いきなり知らない語彙が並ぶ。いくら考えても浮かばないあたり、初めて聞く情報のようだ。
「なんですか、それは」
「イギリスにある呪われた椅子で、座った人間が必ず不幸になる事から座れないように天井に釣り上げられているの」
「それは作り話ではなく?」
「ええ。実際にあるの。そういういわく付きのものや都市伝説なんかをよく調べるのだけれど、人は年をとるにつれて、そのような不思議な力を持つ物に対する信仰やゲン担ぎに寛容になる傾向があるとされているという話があるの。だから、何かのきっかけでお店のマスターが椅子やテーブルに対して信仰や封印するということをおこなっている可能性があるかも」
「呪われるから。もしくは幸運の座席のように扱ってから、使用していないと」
「ええ。もしかしたら、仏滅には結婚式をあげないほうがいい、みたいにその日は不吉だから使わないというような期間限定の不使用も考えられるけれど…あ!」
そのとき。マスターがテーブルにケーキを置き、クルリとベストアングルを杏菜さんに向けた。コーヒーに負けない、甘く芳醇な香りがテーブルいっぱいに広がった。
「はい、いつもの。ショートケーキ」
「ありがとうございます!」
マスターがテーブルにケーキを置く。俺はテーブルのフォークをとって杏菜さんに渡した。
「ありがとっ!」
杏菜さんは瞳を瞬かせ、ケーキの先端をフォークで崩すと嬉しそうに頬張り、咀嚼を見せないように左手で口を覆った。ショートケーキは杏菜さんのお気に入りだ。以前、訪れた際に売り切れになっていたことがショックだったため、来ると決まった日にはマスターに連絡してケーキをストックしておいてもらっているらしい。
「これがないとここに来たって感じがしないのよ」
毎回、ケーキがテーブルに並ぶ頃に丁寧語から饒舌なタメ口に変わるのが杏菜さんの特徴だ。
「おいしそうでなによりです」
「黒川くんもいかが?」
杏菜さんの表情はまるで酔いが回っているかのようで、笑顔も自然な朗らかさになっている。
「僕は甘いものは得意ではないので。結構です」
「あらそう。せっかくおごってあげるのに。そうだ。テーブルの上には何か置かれていなかった? メニューとか」
「そうですねぇ…えーっと」
曖昧な映像記憶を再生する。自分の座った座席にあったものと同じシュガーポットがそのテーブルにもあったはずだ。加えて、それ以外にも何かがあったような気がする。しかし、それは記憶の中では黒い形状のはっきりしないシルエットとなり、うまく思い起こせない。
「白のシュガーポッドがあったと思いますが、何かもう一つあったような気がします」
一瞬しか見ていなかったが、木製テーブルに同化するように同系色の何かがそこに飾られていたような気がする…。飾られていた?
「そうね、飾り物かしら?」
笑顔でケーキに舌鼓を打つ杏菜さんの鋭い言葉に俺はいつも冷や汗がつたう。まるで、自分と記憶、思考を現在進行形でリンクしているかのように、自分が思い浮かんだ事がその瞬間に杏菜さんの口から出てくるからだ。
「はい。多分、そうだったと思います」
俺は無意識に記憶したソレを思い出そうと場面を何度も脳内再生と巻き戻す。形状はやがて長方形がかり、額縁のような形状と木目の凹凸がシルエットを具現化させた。
「写真立て…だったりして?」
杏菜さんのその言葉が脳内シルエットを実物へと変えた。
「照明が反射して写真が何だったのか見えませんでしたが、あれは確かに写真立てでした」
「そのテーブルにだけ写真立てが?」
「そうです。だから覚えていたのかもしれません」
次に続く。




