Who is the 6th writer(s)? その11
第六の作者は同じ新聞部の黒川だった。しかし、雨乃には彼の性格上、引き受けたことが不自然に思えていた。これまでの状況から、雨乃は黒川が書くに至った経緯を、少しずつ裏付けしていく。
「先輩。すみませんが、二人で話し合うことがあって。少し抜けたいんですが、大丈夫ですか」
盛り上がりを見せる中、私は黒川を連れ立って蝶本先輩に声をかけた。
「ああ。新聞部のことか?」
先輩は明るい返事のまま振り返る。そして、表情だけを激変させる。ちょうど、先輩は他の一年生たちに、背を向けるように私たちに向いているからだろうか。これまでの元気はつらつな様子とは違って、私と黒川が話し合うことが何なのか、真意を探るよう目はまっすぐ私に向けられていた。少し、うろたえた私を見かねて、黒川が返答してくれた。
「はい。そんなところです」
先輩は、返答をした黒川をゆっくりと見やる。
「…わかった」
先輩は大きく頷き、行ってこいと言わんばかりに、手を入り口扉に向かって差し出す。
「はい。すぐ戻ります」
私たちは場の雰囲気を崩さないよう、静かにゆっくりと教室を出た。
会場を出て少し先の曲がり角に、各大学の受験用書籍が壁一面に並べられた本棚と調べ物ができる長テーブルが設置された小スペースがあった。どうやら先客もいなさそうだ。
「そこにしましょうか」
「わかった」
私と黒川は長机の同じ側の、隣り合う椅子に斜めに向かい合わせて座った。
「言いたそうな顔、してたもんな」
どうやら表情を見抜かれていたらしい。
「そう言われると、なんか恥ずかしい」
少し頰に暑さを感じながらも、私は話を続けた。
「実は、昼も相川君と話してた。黒川が六人目、だってね」
「相川と話してたのか」
黒川は少し驚いたようで、眉が上がった。
「加えて。朝、黒川が言っていた、部長との打ち合わせ。そして、蝶本先輩の午前会議による欠席。状況的に、黒川、うちの部長、蝶本先輩で何らかの会議をしていたと考えられる」
「そうだな。あってる」
やっぱりか。私は話を続ける。
「うちの部長と蝶本先輩が話していたのは、きっと今回のコラボに関することだろうとは察しがつくけれど、なぜ、黒川も呼ばれたのか。それは、黒川に対して、なんらかの話を伝える必要があったからだと私は考えてる」
これまでの話を踏まえ、私が知り、得たことを順を追って話していく。
「二人で初めて文芸部に行った日のこと、覚えてるよね。あの時、黒川は蝶本先輩に、大きな茶封筒を渡してた。あれは、<はなびらのように>の原稿。そして、あの日、いつも以上に疲労してたのは、前日の夜、テスト勉強に加えて、それを執筆していたから。あってる?」
「その通り。」
相川くんとの会話を思い出しながら、私は言う。
「確か、先輩に原稿を渡した時、黒川は先輩に『部長から』って言って渡していた。さっき、コラボで参加してもらうことになっていた、って言ってたでしょ。つまり、黒川は事前に、部長から小説の執筆を、部長経由で依頼されていた。
でも、ひとつ疑問があるの。まだ長い時間、黒川と一緒にいるわけじゃないけれど、これまで見てきた黒川という人間が、小説を執筆する、なんて面倒ごとを引き受ける人間だなんて思えないのよね」
正直、私の中の彼の印象として、コストのかかる仕事や、自分の好きでないことを引き受ける人間には思えない。彼のもの言い的に、そんな厄介ごとを断れない人間ではないはずなのだ。
「だから、なんで書いたのかがわからない」
そう言うと、黒川は背もたれから起き上がり、困惑とも怒りとも取れる表情を浮かべた。
「おいおい…。その言い方は少しひどくないか。俺が情のないものぐさ太郎だなんて。まぁ、ものぐさ太郎という点は間違ってないけれど」
ばつが悪そうながらも、やや強い口調で黒川は答えた。
「そうね。情は確かにあるのかもしれない。そこは謝る。ごめん。じゃあ、情があるとして、なぜ黒川がそれをわざわざ引き受けたのか。新聞部には、私を含む、黒川以外の一年生が他にもいるわけじゃない」
「それは…」
黒川は苦笑いを浮かべる。自分の口から言うのが憚られるからだろう。
「それは。黒川が、初心者、ではないから。黒川のこれまでの技術力を部長が買っているから」
黒川は、一年部員の中で唯一、新聞部を経験している。
「そうだな。自分だけが中学からやってるってのもあった」
「でも、断ろうと思えば、断れたんでしょ」
「ああ」
「となると」
「となると?」
「腰の重い黒川の心を動かす何かがあった、ということ」
「で、それは?」
黒川が興味深そうに私に訪ねた。
「…残念ながら、そこがまだ、煮詰められてないのよね」
私は正直に、現状の説明をすると、黒川は急に気が抜けたように膝についていた肘をがくん、とおろし、項垂れた。
「なんだよそれ。そこも追求してくるのかと思ったじゃないか」
「もう少しなの。そこが、この品評会のもう一つの目的に関わるんじゃないか、とは思ってる。黒川が単に表面上の目的、つまり、新聞部と文芸部のコラボなんて大事のために、自ら志願して力を貸すとは思えない」
「確かに、大きなことの責任を負うのは好きじゃない」
「だから、裏にあった目的。それを聞いて、黒川が断りにくい状況になったか、乗り気になったかのどちらか。黒川なら、『それなら、協力せざるをえないかなぁ』と思って、リスクの相談をしたのち、応じたんじゃないかと思う」
「そこは当たってるね。確かに、できたものがいいものにならなかった時の話を事前にしていた。最悪、微妙だったら取り下げも考えてた。目玉になりそうだったし、それが大ゴケだったらコラボの雰囲気を阻害しかねないからな」
「そこは答えてくれるんだ。意外」
「まぁ、そこの部分は俺の技量に関する話だから」
自分のやることに対しては、やはり冷静にこなすあたりが、黒川らしい。
「んで、部長、蝶本先輩のレビュー的にも問題ないってことを受けて、内密に小説が混入された」
「やっぱり」
「あと、これも、なかったら引き受けていなかったかもしれない」
黒川はポケットを弄り、メモ帳の中から、黄色い四つ折りの紙を取り出した。
「蝶本先輩から、簡易的な原作と、指示メモもらっていた」
そう言って、黒川は紙をひらく。
起:兄と幼馴染を目の前で起こった交通事故で亡くした主人公。
承:墓参りに行き、事故の日に戻る。どちらかだけでも救おうと自分を犠牲に。しかし無限ループ。
転:三人で生きる選択肢に気づく。
結:三人生存。
タイトルは、「はなびらのように」
作品テーマは、「誰かだけを選択するのではなく、全てを選択できるよう尽くすこと」
三人の生存方法は君の考えでかまわない。
「…別に不正ではないけど、タネがあったことは、先輩からも内密に、ということになっている。まぁ、今回の雨乃の立ち位置的に話してもいいかなと思ったから見せておくよ」
原案があったということ。私は驚愕する。彼が書けるようにお題を与えていたことへの驚きもさることながら、ここからあの物語を黒川がつくりだしたということに私は大きくショックを受けた。
「これからアレが?」
「ああ。蝶本先輩からこのメモをもらって。それを”文章として書き起こした"だけなんだ」
「うそでしょ」
私は思わず声を漏らしてしまう。
「これから、アレが書けちゃうの…」
私がメモを見つめながら、やや絶句するように言葉をきると、取り繕うように黒川が話した。
「…いや、俺ができるのは、あくまでも起こった事象から文章を書き起こすことで、事象を起こすじゃないんだ。書かれている内容から事象を時系列を整理して、事象の間を埋めるために、論理飛躍しない行動や言動を記述した結果、アレができたんだ。流石に、子供の台詞とかは、子供らしくない、新聞で書くような事実描写すぎ、って藤島さんに言われたからセリフだけは直したけど」
そして、さらっと麻衣ちゃんが絡んでるって…。たしかに、女の子のセリフとか、言い回しとか。普段の黒川とはかけ離れている。だとしても。
「そうだとしても、黒川。あなたのやったことは、書き起こしじゃなくて、創造よ」
「そ、そうか?」
「そう。羨ましく思えるぐらいの想像力よ」
私は告げた。
「俺が話せるのは、ここまでだ」
「全部は、話せないのね」
彼の小説執筆の表面上の理由はコラボだった。コラボ作品の執筆を依頼され、作品執筆にあたり、蝶本先輩から作品のメモをもらっていた。
しかし、黒川が執筆する補助として渡したというメモは、本当に彼の重い腰を上げさせるためだけのものだったのだろうか。その割にはタイトル、テーマが指定されているのは不自然に思える。
「もしかして、黒川が書くことを決めた理由、つまり、コラボの裏の目的はこの作品のタイトルとテーマが大きく関わっている?」
「…俺が話していいことじゃない」
私の言葉に黒川の目線が大きく泳いだ。
タイトルは、「はなびらのように」。
作品テーマは、「誰かだけを選択するのではなく、全てを選択できるよう尽くすこと」。
三人の生存方法は君の考えでかまわない。
学ラン姿で役作りをする蝶本先輩。賑やかで楽しげな文芸部。
賑やかで、楽しげな文芸部? 本当に?
私は何かひっかかりを覚える。何か、足りていないのではなかったか。いや、誰かだ。
あの場、会場内にいなかった人物たちがいなかっただろうか。一年生。そして、三年生…。
私の頭の中で、一つの答えが浮かび上がる。
「その顔。わかったらしいな」
「うん。多分」
「行くのか。蝶本先輩」
「うん。私は文芸部員じゃない。だからこそ、先輩に言わなきゃ。それに」
「それに」
「先輩はひとつ、勘違いをしてる。」
私の言葉に、黒川は含み笑いを浮かべた。
「そうか…。お前らしいな。じゃあ、行ってこい。俺は適当に戻ってる」
「うん」
私たちは席から立ち上がる。
私は蝶本先輩のところへ向かいながら、思考を整理する。黒川が六人目の作者として引き受けた理由。文芸部の現状。そして、蝶本先輩の演技。それらから浮かび上がる先輩の光と影、そしてもがく姿。はなびらのように、の主人公が先輩に重なった。
次話に続く。




