Who is the 6th writer(s)? その3
文芸部での作品審査会に呼ばれた主人公、雨乃。しかし、雨乃は特別国語が得意というわけでもなく、読書経験もそこまでない。そこで、友人であり、国語学年トップの成績である、藤島麻衣に相談を持ちかける。図書室のミーティーング室に向かう雨乃。そこには、見覚えのある、もう一人の人物が。
<ミーティング室1>と書かれたプレートを確認し、私はノックをした。今日は、文芸部の作品審査会に関する相談のために麻衣ちゃんのところに来た。あらかじめ麻衣ちゃんに相談した際に、いい場所があるよと、図書室内のミーティング室を借りておいてくれた。図書委員の特権で、予約なしで借りられたらしい。
「はーい」
中から麻衣ちゃんの声が聞こえた。ここだ。確認してドアを開ける。
「失礼しまーす」
小声でノブを回し、ゆっくりとドアを開けると、麻衣ちゃんが笑顔で手を振ってくれた。
「お疲れさま」
そのままドアを開いていくと、麻衣ちゃん一人ではないことに気づく。あれ、何だか見覚えのある人物が座っている。
「やあ、雨乃さん」
「相川君じゃん!」
麻衣ちゃんの隣には、先日お世話になった、文芸部の相川君が座っていた。確か、呼んだ覚えはなかったし、連絡先もお互いに知らないはず。
「あれ。私、相川君にこの話したっけ?」
いいやと相川君は首を振り、麻衣ちゃんが説明する。
「相川君と話す機会があって、興味を持ってもらって。私が相川君も呼んじゃった」
と麻衣ちゃん。二人の間にネットワークがあったんだと少し驚いた。確かに、あれだけ競り合っていれば、お互いに連絡ぐらい取り合うのは納得がいく。
「藤島さんから話を聞いてね。力になれるかなと思ってね」
「あ、そうなんだ! それは助かる。ありがとう、相川君」
二人に向き合う形で私は席に着いた。それにしても、なんというか、すごく緊張する。麻衣ちゃんと二人でいる時や、先日相川君と会った時には全く緊張していなかった。なぜだろうか。
そうか。心の中で相打ちを打った。理由ははっきりしていた。二人は、国語の成績で常に学年トップに名を連ね、麻衣ちゃんは、容姿端麗、優しい性格から女子の憧れの的、そして男子からも熱い視線の送られる、とてつもない人気の持ち主。そして、相川君も、インテリイケメンとして女子の中でも話に上がることがある。学年で名前と顔を知らない人はいない有名人なのだ。そんな二人は私にとっても、テレビの芸能人と席を囲んでいるようなものなのだ。だから、一人ずつでは緊張することはなかった。しかも、今回は二人と私ひとりで、しかも対面で座っている。そう考えれば、ここまで緊張するのはおかしくないのだ。
席に着くものの、緊張のために会話を切り出せずに苦笑いを浮かべていると、相川君が口を開く。
「てっきり黒川君も来るものだと思っていたが、今日は一緒じゃないのか?」
その言葉に、私は一気に現実感へと引き戻され、拍子抜けする。やっぱり、彼らは噂や人気が凄いのであって、人柄や、考えていることは私と同じ普通の生徒なんだよね。
「確かに、同じ部の同じ学年だけど、いつも一緒に居る訳じゃないって」
笑みがこぼれる。緊張を解いてくれて、ありがとう。
「そうか。てっきり新聞部でコンビでも組んでいるのかと思っていたよ」
どうやら相川君には、私と黒川はコンビのように思われているらしい。最近はあながち間違ってはいないけど。
「黒川くんと言えばね、前にもこうして図書館でテーブルを囲んだことがあるの」
と麻衣ちゃん。先輩のおつかいをしたあの話かな。
「あ! 黒川から聞いたあの先輩の話?」
「そうそう。黒川くんが探偵みたいだったの!」
「へぇ。あの黒川が探偵か。それは面白そうだ。何があったんだ?」
「簡単に言えば、先輩のおつかいで、宛先のない封筒を無事に届けたって話」
「それでね、封筒の中身まで推理しちゃったの。すごかったんだから!」
そう話す麻衣ちゃんは、なんだか生き生きして見えた。確かに、黒川が必要以上に行動や発言をすることは滅多にないから、黒川が探偵役をする姿なんて、イマイチピンと来ない。そう考えれば、すごく珍しいケースだったのだろう。麻衣ちゃんの様子に、私も現場に居合わせてみたかったなと思った。
「あの大人しくて、自分から頑張ろうとしなさそうな黒川が探偵役だなんて意外だ」
相川君も興味深そうに眉根に皺を寄せている。やはり、相川君でも想像が容易ではないようだ。
閑話休題。
「ではでは、本題に入ろう。雨乃さんは、今度の作品審査会の審査員に招待された。しかし、雨乃さんは、小説の審査経験がなく、どのような観点から小説を審査すればいいかに自信がない。だから、藤島さん、そして僕からアドバイスを貰いたい、ということであっているだろうか?」
「うん。相川君の言う通り。私、蝶本部長から、うちの部長経由で審査に是非とも参加して欲しいって連絡があってね。評価方法は、当日部員の人から多少教えていただけるらしいんだけど、こういうの初めてで。国語のできる麻衣ちゃん、そして相川君にコツ、というか、文章を正しく評価する方法とかを教えてもらえたらって。ほら、二人とも国語は得意だし、その辺、よく理解してるかなって思って」
最後の一文を入った瞬間、二人の表情が若干曇る。
「最後の一文に語弊があるね、雨乃さん」
「確かに。私もそう思うかな」
「変なこと、言ったかな?」
「国語ができる、イコール審査ができる人というわけではないと思うんだ」
「え、そうなの?」
「ああ。一般的な国語の問題というのは、誰が問題文を読んでも、同じ解答となるように作られていて、言うならば、文章を記号として読み取り、解答しているようなものなんだよ。だから、僕らは感情的な部分を鑑みてしまうような、惑わせる問題に引っかかることなく、文章を読み、解くことが得意なのであって、本当の意味で、その文章を読み解いてはいないんだよ」
言いたいことは何となく分かった。国語はあくまでも、問題用の文章と誰でも普遍的に導き出せて納得する解答で、必ずしも、国語ができるのは行間を読んでいるからではないということだ。麻衣ちゃんも続ける。
「うん。私も、相川君と同意見かなぁ。私も国語の文章問題と読書は別物だと思ってる。だから、国語ができる人が必ずしも文章に対する審美眼が備わっているとは限らないし、逆に審美眼がある人でも、国語のテストが出来ない人だっていると思うかも」
「なるほどね。国語力があるから相対的に本の良さを理解できるとは限らないんだ」
「そう。ただ、幸運にも僕らは読書量だけは自信はあるからね。それなりに眼は肥えていると思う。できる限りのことはアドバイスさせてもらうよ」
「お願いします」
早速アドバイスに入るということで、なんだか気持ちが切り替わり、背筋もピンと伸びた。また、少し緊張してきた。
「まあまあ、そんなに緊張しなくても。コンクールの審査員みたいに本気で審査してくれることまでを、蝶本先輩が望んでいるとは思えないから、あまり気張りすぎなくていい。さっきまで二人で話し合っていたんだが、僕たちからは三つ。三つのポイントだけ説明しておくよ」
二人は顔を見合わせる。麻衣ちゃんが頷く。
「一つ目は私から。文章の描写と美しさ、かな。出版された小説を読めばわかると思うんだけど、文章につっかえがなく、スラスラ読めるよね。そんな文章だと、文字を読んでいるはずなのに、まるで映像を見ているかのような感覚になると思うの。そう考えると、文章の描写や美しさは、文章を評価する上で、一つのポイントになっていると思うの」
「確かに。本当に面白い小説を読んでいる時はページを捲っていることすら忘れるもんね」
「二つ目は僕から。物語が物語としてルールを破っていたり、破綻していないか、だ。これも当たり前の話なんだが、たとえ、綺麗で流れるような文章であったとしても、それが物語の世界の最初から最後までを矛盾なく紡いでいなければ、良き小説とは言えない。物語が終わった時に、その道筋が納得でき、綺麗な道筋を描けているかどうかも、僕は審査の重要なポイントだと言えると思う。大雑把に言えば、推理小説なのに、最後に謎を解かずに放棄するのは、元からそう意図していないのならば、ルール違反であるとか、という感じだ」
「あ、推理小説のは聞いたことがある! 十戒だっけ?」
「そう。あとは二十則っていうのもあったりする。ルールが守られていない小説はよくないっていうやつだ」
「なるほど」
「三つ目は、二人一致だったんだけど、やっぱりメッセージ性、本から伝わる思いじゃないかしら。主観的なもののなっちゃうけど、最終的には私たちを掴んで離さない強い思いが、文字の向こうから伝わってくるかって部分が一番重要だと思う」
「僕たちからはこの三つかな。小説を読むときに、思い出しながら文章を読むだけで、かなり違ってくると思う。どうだろう雨乃さん、わかってもらえただろうか?」
言ってることは理解できるんだけど、実際審査するとなるとなぁ。私の心中に一抹の不安が宿る。
「言ってることはすごく理解できてるんだけど、なんだか、実際に審査する際にそれを考慮しながら読み進めていくっていうのが、難しそうだなぁ。私なんかが、そこまで小説を感じ取ることができるかちょっと不安かな。感受性もすごく豊かだとは思えないし」
私の表情を見て、そうだ、と相川君が何かひらめく。
「そういえば、”カフカ"って作家、雨乃さんは知っているか?」
昔の有名な作家、だったっけ。
「名前だけはなんとなく」
「彼の有名な小説で”変身"という話があるんだが、それを書いていた当時のカフカが忙しさに身を置いていて、境遇が主人公に投影されているとも言われているんだ。主人公の仕事形態も似ていてね。
…まぁ、何を言いたいかというと、ネガティブな気持ちは内側から外側に漏れ出して行動や、モチベーションに現れてしまうものなんだ。あまり自信がないなと思いながら作品の評価をすれば、自分が本当に納得のいく評価をすることの妨げになりかねないってことだ。ネガティブな気持ちを持ちつつ評価せず、むしろ、もっと楽天的にでもいいくらいだ。君一人で評価するわけではないんだから」
確かに、心の持ちようで正しい評価ができないのは良くない。相川君の言う通りだ。
「ネガティブな時に限って嫌なことは続くもんね。自分の立場はあまり考えずに評価してみるよ」
「それがいい」そう相川君が言ったところで、藤島さんの方を見る「この話をしていると、いつも笑顔な藤島さんが小説を書いたら物語にどう反映されるのかが気になるところだね。どうだ、藤島さん。今度、一作書いてみてくれたりしないか?」
麻衣ちゃんは苦笑いを浮かべ、
「うーん。私は読むほう専門かなぁ」
とやんわり否定する。
ふと、そんな話をしていると少し気になっていたことを思い出した。
「あ、そうだ相川君。話が変わるんだけど、一つ、質問してもいい?」
「どうした、雨乃さん?」
「相川君からしたら当然の選択だったのかもしれないけど、相川君はどうして文芸部に入ろうと思ったの? 偏見になっちゃうけど、今時、成績優秀な人って言ったら、あまり文化系の、特にアクティブじゃない部活に入る人って珍しい気がして。私のイメージだと、成績優秀な人って、文武両道に運動部に入っているか、特進クラスで、部活動には入らないって人が多い気がして」
「ああ、確かに周りもそんな人たちが多いね。そう考えれば、僕は珍しい部類に入る。ただ、雨乃さんの思う通り、一見地味なイメージのある文芸部だが、うちの文芸部は全くそうではないんだ。逆にアクティブなんだよ。体育会系かと思うような活力が満ちている。
最初は、僕もそのような人たちのように、部活には入ろうとは思っていなかったよ。気持ちは早いかもしれないが、大学入試に向けて、高校時代は耐え忍ぶ時期だと最初は考えていたからね。でも、きっかけがあって文芸部を見学した際に、僕は衝撃を受けた。君も見ただろう。蝶本先輩だ。たかがお遊びの文章を書いて時間を費やすくらいなら、その時間を勉強に当てた方がよほど有意義だと思っていたんだが、学ラン姿で現れた先輩はこう言ったよ。『この高校でもっとも自由に、そして美しく、自分を表現できる部活にキミも入って見ないだろうか』って。そんな言葉、まやかしに過ぎない。そう思っていた。しかし、先輩の文章に目を通した瞬間、僕の価値観はぶっ壊れた。文字が"生きていた”んだ。先輩の書く文章はまるで、言葉に命が宿っているかのごとく、原稿を泳ぎ、紙面から飛び跳ねていた。そんな先輩の姿、そして言葉が僕を文芸部に呼んだんだ」
蝶本先輩の言葉。確かに、普通に考えれば運動部員の殺し文句のようだし、本当に文芸部とは相反している。しかし、それを先輩は文章で示した。相川君が落とされるということは、文芸部というのは、私が思っている以上に活力ある部だということだろう。
「そんな話を聞くと、私も先輩の文章、読んでみたくなるなぁ」
「文芸部が毎年出してる作品集のバックナンバーは図書室に置いているらしいよ、藤島さん。気になるなら読んでみるといいよ」
「ホント? 今度探してみる!」
二人が作品集について話している中、ふと、私は考える。相川君を説得するほどの力の持ち主である蝶本先輩は、どうして私なんかに審査会に呼んだのだろうか。普通に考えれば、二人のように特に優れた読む力があるわけでもない私が呼ばれるより、読書経験豊富な黒川あたりを呼ぶ方が、よほと意味あると思うのに。
少し考えすぎだろうか。もしかしたら、実は黒川も呼ばれていたり、ただ単純に、新聞部でやってきたのが私と黒川の二人だけだったからってだけかもしれない。まあ、いずれにしても、呼んでいただいたのは何かの縁だし、指名されたも、きっと対面して印象が良かったからなんだろう。そう考えると、なんだか自分一人で納得してしまっていた。
二人にお礼を言い、三人で図書室を後にする。帰り道、忘れないようにメモをした三つのポイントを何度も心の中で復唱する。なんとかなりそうかな。
その日からは、ポイントを意識しながら読書したりして、少しずつ、自分なりの物語に対する評価の感覚を掴むことができるようになった。多分だけど。
気づけば、文芸部の審査会は明日。いったいどんな作品が出てくるんだろう。もしかしたら、相川君の作品もあるのかな。少しワクワクした気持ちで、私は当日を迎えるのだった。
少し、いつもより長くなった関係で少し投稿が遅れました。すみません。
注意、といいますか、補足です。今回、小説家カフカの話や、小説評価に関する話や見解が出てきていますが、小説評価の基準は、人それぞれ異なるものだと作者自身は考えています。ですから、先述の話は、この物語の中での登場人物の見解という認識をしていただければ幸いです。
今回は、いろいろ情報が入っています。なぜ、この話が入っているか、なども推測しつつ、前回まで、そして次回以降も読んでいただければ幸いです。
次に続きます。




