傘持つ人々
駅前のカフェで打ち合わせをする雨乃と黒川。しきりによそ見をする黒川に、雨乃が問いただす。
「傘を持って歩く人、多くないか?」
晴れているのに、傘を携え行き交う人々。二人はその理由を考察する。
日差しは高く、空気は質感を帯びている。初夏の到来を予感する休日の午後、駅前通りには人波が出来上がっていた。
先日の猫寺での取材は無事に記事となり、部の新聞として無事に発行された。友達からもよかったよ、とそれなりの評判をもらい、初めて関わった以上に成果が得られかなと思う。ほっとしたのもつかの間、発行の翌週には、次号の夏一回目の新聞に向けた会議が部会でおこなわれた。夏一回目の新聞からは、先輩と組んで記事の取材から編集までおこなった経験を生かし、希望するならぱ、一年生だけもで記事を受け持つことができる、そう伝えられた。
私は前述の通り、猫寺の一件で紺野先輩に教わりながら、一通りの取材と記事作成を経験している。次の新聞ではその経験を生かし、一人で書いてみようと考えていた。
「部長、私も一人で記事を受け持ってみたいです」
部会後、部長にその旨を伝えた。内心、ある程度評価があった一年生、例えば黒川のような技つ力のある人物でなければ却下されてしまうのでは無いかと不安を抱えつつ、確認を取った。
「いいよ。やってみるといい」
しかし、その思いは杞憂だったようで、二つ返事で許可が降りた。思った以上にハードルは低かったらしい。
話を戻す。駅前にあるチェーン店のカフェで打ち合わせをしよう、そう黒川を誘ったのは私だった。今日はこれから、夏の新聞に向けて黒川に相談に乗ってもらうことになっている。
目的のカフェは、駅を挟んた向こう側の商店街に立地しており、私は駅の構内を抜けるべく、駅のロータリーの階段を上がっていく。 駅は三つの路線が停まり、この地域の中核を担っている。快速が止まるため、乗り換え駅として利用する人も多い。加えて、私たちの住む市の中で一番大きい駅であるため、遠方に出かける際には、必ずと言っていいほどこの駅を利用している。
どうやら駅前の百貨店でフェアをやってるらしく、駅前通路には、百貨店内に出店している店舗の紙袋を下げた人たちが散見される。最近、百貨店でアルバイトをしている友達から聞いた話だと、つい先日、有名なパティシエの店舗が百貨店内に出店したらしく、最近はいつにも増して混み合っているらしい。昨今、百貨店が衰退し、駅前の再開発があちこちの駅で頻発する中で活気が戻った様子から、若者の客にも来てもらえる起爆剤なるといいね、なんて話をお昼を食べている時にしたんだっけ。
歩いてきた百貨店のある南口から連絡通路を抜けると、商店街の広がる北口が見えてきた。駅前の信号を渡ると、商店街のシンボルであるアーチが出迎える。人の流れに身を任せ、しばらく道なりに進むと、目的のカフェ、”カルテノア・コーヒー”が左手に見えてきた。少し早く来てゆっくりしようと思い、集合時間の三十分前にやってきた。ドアを開けると香ばしいパンの香りが鼻をかすめる。店内は、バイキング式のパンコーナー、その先にレジカウンターが配置され、カウンターでコーヒーを注文する仕組みになっている。
先に座席を取っておこうと辺りを見渡す。窓側のボックス席に、見覚えのある人物を捉えた。…先に注文してもよさそうね。座席を確認し、私はカウンターでドリンクを注文した。
カプチーノを携えると、私はカップ皿をテーブルに置き、黒川の前に座った。音に気づき、文庫本を開いていた黒川は視線をあげる。意外そうに私をみた。
「なによ。驚いた表情しちゃって。先に来て、すこしゆっくりしようと思ってたのに。はやいのね」
「こういうところが好きな奴は考えることが同じなんだな…。おつかれ、雨乃」
乱雑にテーブルに広げていた雑誌類を黒川は整理し、おそらくブラックであろうコーヒーを手元に寄せ、テーブルを空けた。
「おつかれさま」
私は肩にかけていたポシェットをソファーに置いた。
「…せっかくだし、読書できるかと思って早く来たんだ」
「"読めた"の?」
私は少し驚いて、眉根を上げた。
「いまいちだな。一緒に持ってきた雑誌のほうが先に読み終わりそうだ」
残念そうな表情で雑誌を持ち上げて見せてくれる。
「あいかわらず、”読書スランプ”のリハビリは続いているわけね」
「まぁね」
切り捨てるように黒川は言った。あらがっているのか、受け入れようとしているのか。私にはわからない。黒川は春先から、読書スランプと彼が呼ぶ、一種の活字障害に悩まされている。それは、本の虫である彼にとっては致命的な”病”で、早く快復するべく、日夜読書を試みているようだが、未だに快調の兆しは見えていないようだ。
「そういえば」
神妙そうな顔つきで黒川は私に視線を送った。何か相談事だろうか。
「そういえば?」
「雨乃も喫茶は個人経営派だと思っていた」
「ああ、その話」
私は一瞬あっけにとられたものの、すぐに軽く微笑む。
「まぁ、たまにはいいじゃない。それに、個人経営だと、どうしてもお店に来ている人たちと喋りたくなっちゃうじゃない」
「なるほどね。周囲からの声かけがないってことか」
「そういうこと。だから、読書とかはチェーン店派、かな」
ゆっくりできる感じ。かえって雑音がここちよく、ほどよく気を張れる。そういった意味では、チェーン店も悪く無いと思っている。
「で、次の新聞の取材の件なんだけど」
話を戻す。次の新聞で記事を受け持つこととなった私だが、一人で企画・取材から編集までをおこなった経験が無いため、既に記事を作っている黒川からアドバイスを貰うことにしたのだ。
「そうだったな。本題は」
「そう。ちょっと初めての記者活動だから、やっぱり不安で」
私はその思いを曇った言葉に乗せて吐露する。
「だいたいでいいと思うんだが。やっぱ、雨乃はマメだな」
コーヒーをすすりながら、黒川は気の抜けた返答をした。
「マメでは無いと思うけれど」
マメというよりは、準備をしなければ失敗するのでは無いか、という不安感からくるものだと思うんだけど。
「言い方が違ったな。向き合い方が真摯だ」
「そうなのかな」
「不安なのはわかるが、やっぱり取材対象への敬意というか、下手な取材や記事化によって、取材対象に迷惑や被害を与えてはいけないという真摯さがあるんじゃないかと思うけどな」
「そうなの、かなぁ」
「俺はそこまで情熱とか思い、みたいなものを注いで書いているわけじゃ無いから、そう見える」
「そうなの?」
あれだけしっかりとした記事を書いておいて、新聞への情熱が無いと。少し驚いてしまい、口が開いてしまったような気がして、私は口元を確認した。
「たぶん、そうだ。もちろん、やるべきことはやっている。でも、熱、って感じでは無いんだ。ただ、見たものをいかに理解し、反芻し、どう、ありのままに伝えるか。そこには感情や偏見を入れるのではなく、万人の目としての視点で事象を淡々とした文章で記述する、そういう冷めたやり方を俺はとっているから」
「でも、その記者スタイルもある意味では努力の産物ってわけでしょ」
「そうだろうか」
「きっとそうだよ。黒川はそれがしっかりできていると思う」
「なんか、雨乃は伝え方が直接すぎて、照れるな」
そうつぶやくと、黒川は再びコーヒーに一口つけた。
「でね。商店街の向こうで、定期的に地域の団体による映像作品が放映されていてね、若者にも参加して欲しいって若手の映像作家さんとか、劇団員の方が力を入れているらしくて。ほら、商店街にあるフィルムコミッショナーの事務所があるでしょ。先週、そこに行って少し話を聞いてきて、チラシをもらってきたの」
私は用意してきたプリントをポシェットから取り出す。
「映像を撮ってる団体の取材先なんだけど、幾つか候補は絞っていてね…聞いてる?」
私はテーブルに印刷してきたプリントを広げたものの、再び、黒川は窓の外を見つめていた。先ほどから窓の外を見つめており、悪い悪いとこちらに視線を戻すことが増えている。
「どうかした?」
気になって私は黒川に尋ねた。
「いや、なんか変だなと思って」
窓の外に視線を送る黒川に合わせ、私も外を見た。
「…何が」
「傘を持って歩く人、多くないか?」
「傘?」
しばらく人通りを見つめる。黒川の言う通り、傘を持って歩く人がそれなりに見受けられる。
「確かに、たくさんってわけじゃ無いけど、晴れの日の割に傘を持っている人が多いわね。このあと雨だったっけ?」
「いいや、出るときに確認したけど、今日は雨の予報じゃなかったはずだ。ほら」
黒川はスマートフォンで天気予報サイトの予報を見せてくれた。
「そうだよね。私、勘違いしてるのかと思っちゃった」
自宅を出る前に天気予報を確認している。雨が降るなら、私も傘を持ってきている。
「どうしてなんだろう?」
「わからないから俺も考えてたんだ。話半分で」
私の話を話半分で聞いていたと、あたかも当たり前のように話す黒川に少しムッとする。
「それ、少し失礼じゃ無い? ちゃんと尋ねている」
「いやぁ、悪い悪い。どうしても気になっていたから」
「じゃあ、その、考えていたこと。私にも教えてよ」
「わかった、わかった」
黒川は言葉を切り出す。
「最初に気づいたのは、そう。雨乃が来て少ししてからだったな。カプチーノのスプーンを取りに一度席を外した頃。何気なく外を見ていたら、傘を持った二人組のおばちゃんが居たんだ。快晴であるにもかかわらず、なんで傘なんて持ってるんだろうって。そのときは、おばちゃんのことだから、日傘かなんかだろう、と思ってたんだ。俺、傘に詳しいわけじゃ無いし。そしたら、次におじさんが傘を持って歩いてきたんだ。その次は、もう少し若いおじちゃんって感じの男性。それからも順々にカフェの前を歩いて行った」
「次から次とって感じね」
「その人たちに特徴は無いの?」
「そうだな。特に共通する特徴は無いね。強いて言えば、キャリーバッグとかリュックサックみたいな大きめの荷物を携えてない感じから、観光客のような風貌ではなく、近隣の人という印象を受けた」
その言葉を受け、エリアを拡大し、雨予報の地域があったか一応確認する。
「周辺の雨の降っている地域の人がなんらかの理由でやってきかのか、天気予報を調べてみたけれど、そもそも日本が全体的に快晴の日、みたいね」
「傘を持っている人は、基本的に留め具、傘が広がらないようにするやつな、をつけている人ばかりだったし、布が濡れている様子もなかったから、雨の線は無いだろうな、とは思ってた」
「先に気づいてたなら言ってよ」
「そのくらいは見て気付くかと思ってた」
「昨日はどうだろう。例えば、団体さんとかが駅周辺のホテルに泊まっていて、昨日傘を使っていたとか」
「それもないだろう。ついでに週間予報も見てみるといい。昨日も、明日も。雨予報なんて出てないだろう? 日本全体的に」
「本当だ」
私は予報を確認する。確かに、黒川の言う通り、直近前後三日間にわたって、地域全体が晴れマークになっていた。
「天候の線は完全にナシ、と」
「ああ。だから、不思議に思っていたんだ」
「他に気づいたことはある?」
「そうだなぁ」
黒川は再び外を見つめる。
「そうだ。傘を持っている人は、必ず南口方面から歩いてくるんだよ」
「駅の南口ってこと?」
「ああ。ほら、駅に向かって傘を持って向かっていく人はいないだろう?」
「本当だ」
言われてみれば、確かに駅方面からくる人はいるが、駅方面に向かって傘を持っていく人はいない。その間にも傘を持っている人が通り過ぎていく。中には、一人で二本の傘を持つ人もおり、一人で複数本持っているということから、何かイベントで使用するのではないか、という考えが思いつく。
「あれだ、映画とか、ドラマとか。映像作品とか、何かのイベントで使ったとか」
「それもないな。そんな何十人単位でエキストラ募集しているなら、フィルムコミッショナーなんかに依頼が来るはずだ。先週に事務所に行ったなら、イベント告知か、既に募集締め切りが終わったにしても、近々こういうイベントが駅近でありますよ、ぐらいの話を聞くもんじゃ無いのか?」
私は事務所での会話を思い出す。イベントがあるなら覚えているはずだし、記憶に無いということは傘を使ったイベントはないのだろう。
「そういわれれば、そんな情報は一切耳にしてないかも」
状況から得られる可能性は排除されてしまった。少し、悲しみに暮れる中、窓の外を見つめる。
また一人、老齢の女性が傘を携えて通り過ぎていく。ふとその女性の持ち物に目がいった。
「あ」
思わず、声が出る。
「どうした?」
「私、分かったかも」
彼女が持つその紙袋。それは、最近出来たばかりの、パティシエの店舗の紙袋だった。
「本当か」
退屈そうにソファーに身を預けていた上半身を黒川は起こした。
「当たっていたら、お菓子、おごってくれない?」
「そんなに自信があるならいいだろう、おごってやるよ」
「よし。そうと決まれば、行きましょう?」
「どこに?」
「ついてのお楽しみ」
私たちはエスカレーターを登っていく。目的地は、催事場コーナーである百貨店六階。
「ああ。わかった」
黒川は登っていく途中で気付いたようで少し残念がっていた。
「これは通らないとわからないな」
「あれ、黒川って、今日は駅通ってきてない?」
「ああ。俺の家からは駅を経由せずにカフェに行けるからな。それに」
「それに?」
「あの婆さんのパティシエの袋、他にも持っていた人がいて、よく見かけるなと思ってたが、出店したのは知らなかった」
「それは仕方ないね」
「まぁ、事実がすべて提示されていない点ではフェアとは言えないが、俺の負けだよ」
少し納得がいかないような顔を浮かべる。
「負けは負けだからな。帰りにおごってやるよ」
「いいの?」
「いいさ。モヤモヤがなくなったのは事実だし。それに、この件でよそ見してて、話の腰を折ってしまったからな」
「そんなこといいのに」
エスカレーターは六階に到着する。催事場は賑わっており、人だかりがあちらこちらに出来上がっていた。各所の幟や掲示板には大きく「蚤の市」と書かれている。
蚤の市。一般的には、鉄道などで忘れられ、保管期限が過ぎた落し物が販売される市のことだ。格安でブランド品や貴金属なども購入できるということもあり、とても人気のイベントだと聞いている。人々が手にしていた傘はここで購入されたものであることは間違いが無い。なぜなら、蚤の市で手に入る落し物の傘は、安いものでは十円程度で手に入るからだ。
「確かに、買っていく人が多いな」
黒川はつぶやく。傘のコーナーでは、飛ぶように傘が売れていた。ここで購入した人たちが、商店街を通っていた、というのが、傘を持つ人々だったのだ。
五階のフードコートで、私はパティシエの店舗で購入したマカロンの包装を開けた。黒川はオレンジピール入りのマーマレードの紙型の外すのを手間取りながらつぶやく。
「そういえば、話の続きはいいのか?」
「続き?」
「記事の方。中断しただろ」
「そうね。黒川の話を聞いてたら、何とかなりそうな気がしてきた」
「あまりアドバイスしたような気がしないんだが」
「話を聞くだけでも、案外ためになるものよ。ほら、口に出してみるってことが大事だっていうじゃ無い」
「相談の大半っていうのは、聞くことってのは確かだが、口に出すのが大事なのは、それは感謝とかじゃないのか?」
黒川の言葉に私は思い出す。
「あ、そうだ」
そういえば、言い忘れていたことがある。
「今度はなんだ?」
「お菓子ありがとう」
「はいはい」
呆れた表情を浮かべ、黒川は言う。
「変なところで気をぬかせてくれるやつだな、雨乃は」
「そうかしら」
私は微笑み、マカロンを頬張った。
なんだかんだ、黒川とはこれからもうまくやっていけそうだ、そう感じた。と、思うと同時に、次の新聞では一人で記事に取り組むということで、彼と同じ土俵で競い合うことができるようになる。
黒川に負けないぐらいいい記事をつくろう、そう心の中で思いが沸き起こると同時に、マカロンの甘さが私の心に深く沁みわたっていった。
読んでいただき、ありがとうございました。長編の方をすすめられていませんが、気長にお待ちいただければ幸いです。
来年の春までは新生活が始まったりと忙しくなる予定なので、短編中心の投稿に可能性が高いですが、ご了承ください。




