キミのいた跡 その5(完)
猫寺で遭遇した、謎の切り株。猫は酔い、切り株断面には、小銭が撒かれていた。そして、遭遇した女性の言う「キミさん」の存在。正体を明かすべく、主人公雨乃、紺野先輩は推理をそれぞれ展開した。
二人の推理を受け、切り株の真相を語るべく、住職さんが口を開く。最終話です。
住職さんは立ち上がり拍手をくれた。口元を作って笑みを浮かべるも、喜びではなく複雑な心情をそのまま反映させたような、ゆがんだ笑みだった。
「おみごとでした、雨乃さん。推理はほぼ正解です」
そう言って、住職さんは写真立てを手に取った。先ほどの紺野先輩の推理で紹介していた、住職と老女が猫たちと共に写る写真だ。
「そうですね。ことの始まりに遡りましょうか。…私には、君枝という妻がいました。寺の世話もしっかりやってくれる、よき妻でした。しかし、八年前のことです。病でこの世を去りました。私は落ち込み、しばらく心を病んでいました。
それから三年後。今から五年前のある時でした。いつも寺内に居る猫があの切り株に住み着きまして、じわじわ有名となりました。名前をつけたらどうだ、と周りの人々に言われ、私が名付けることになりました。
ちょうど同じ時期でした。妻の遺品を改めて整理しているときでした。この写真を見つけたんです。妻が胸に抱いている猫が、まさに切り株の上の猫だったんです。運命を感じた私は、その猫に妻の名前からとって、キミと名付けました。すると、のんびりした性格もあるでしょう。訪れる皆さんからは「キミさん」と呼ばれるようになり、一躍寺のマスコットして、人々から愛されていきました。この写真は、思い出の写真としてその頃から飾っています」
「なるほど、だから、キミさんと呼ばれていたんですね!」
「ええ、そうなんです。…話続きます。しかし、二年前のことです。キミもまた、進行性の病気でこの世を去りました。私は、妻がもう一度死んだかのような悲しみ、そして喪失感で、妻が死んだ時以上に精神的にも参ってしました。
そんな時でした。親戚の菓子屋が私を励まそうと、キミにそっくりなクッキーを焼いて持ってきてくれました。それが、さっき息子がお出しした三毛猫クッキーなんです」
「やっぱり、あのクッキーはキミさんだったんですか!」
「クッキーを見て、人々が思い出を語っていく姿を見て、キミは私たちの記憶の中で生きているということを認識し、思い出という名の宝となって心の整理がついた私ですが、切り株の主の不在は、見えないものではなく、見えるものとして、私の心に跡として、悲しみを与え続けています。
私は、またあの切り株に人々、そして猫たちが集まってくることを願い、少し強引ではありますが、マタタビや、切り株周りの手入れをし、次の主を待っている。これが、事の真実なんです」
言い終えた住職さんは、ただ無言で空を見つめた。
「つまり、あの形を残した切り株は、住職さんにとってのある種の”希望”…なんですね」
先輩はポツリと言葉を漏らした。
「そうかもしれないですね。また、私を。いや、私達を明るく照らしてくれる猫が現れることを期待することで、私は救われたいのかもしれないですね」
住職さんは、縁側の方へと歩み寄り、切り株の方へと目を向けた。
「足掻いているのもみっともないですけど、どうしても、誰もいないあの跡を見るとやはり、寂しいんです」
その時だった。切り株にぴょんと飛び乗り、こちらに視線を向ける一匹の猫が現れた。
「あっ、座ったよ! 芽来ちゃん‼︎」
先輩は興奮して、私の方をバンバンと強く叩く。ちょっと強いです。しかし、そんなことは御構い無しで切り株の猫を指差す。
「まさか、二代目の主が現れるとは…」
住職さんも、感動している様子が、口から漏れてくる言葉の震えから伝わった。
私たちも立ち上がり、その猫を観察する。よく見ると、最初に切り株で酔っていた、淡い茶と白のあの猫だった。
「先輩。あの猫、最初に私達が触ってた猫ですよ!」
「ホントだ! 住職さん、行ってみましょうよ」
私たちはサンダルを借り、切り株へと向かう。猫は、切り株の上でちょこんと丸まり、眠そうに目を細めながらも、リラックスしている。
住職さんは、その猫の頭を撫でた。
「よしよし、いい子だ。ところでお前さんよ、キミの跡を継ぐ気はないかい?」
住職さんの優しい声に、その猫はまるで理解しているかのように、にゃーん、と一言撫でた声で答えた。
「長い時間の取材、ありがとうございました!」
私たちは、当初の目的である猫寺の取材を無事に終えて、住職さんと息子の蓮田さんに礼をする。
「いやいや、こちらこそ」
住職さんは、先ほどとは異なり、澄んだ笑顔を浮かべ、喜びが伝わってきた。
「歴史的瞬間にも立ち会えましたし、楽しかったです!」
先輩は嬉しそうに笑みを浮かべた。私も、よい結末になってホッとした半分、嬉しさ半分で自然と笑みが生まれていた。
「まだどうなるかは分からないけど、これからはあの子や、他の子たちと一緒にいいお寺にしていきますね」
息子の蓮田さんも、ニコニコと目を細めた。
「また、遊びに来ます!」
「ええ、是非ともいらしてください」
「では、私たちはこれで」
振り返ろうとしたその時だった、住職さんに呼び止められる。
「あ、ちょっとお待ち下さい」
「どうかしました?」
「実はあの猫。長いこと寺にいますが、名前をつけてないんです。よかったらお二人が名付け親になっていただけませんか?」
「えっ、いいんですか!?」
先輩は一瞬、驚きの表情を見せた。でも、その表情はすぐに変わり、自身に満ちた表情を浮かべた。もう決まっていると言わんばかりだ。先輩は、今一度大きく息を吸った。
「希望、と書いて、のぞみ。どうでしょうか?」
うん。私も同じことを考えてました。やっぱり、それの名前が一番ですよね。
「さすが先輩です。バシッと決まりましたね」
冗談ではなく、本当に。
「いい、名前です」
住職さんもにっこりと笑った。
「いいね。希望か。この寺の明るい未来を導いてくれそうな名前だね」
息子の蓮田さんもウンウンと頷く。
「では、時間も時間ですし、そろそろ失礼いたします」
帰り道。私たちは、やや浮ついた気持ちで駅への道程を歩いていく。
「あっ、名物の猫団子だ!」
またしても先輩は名物に食いつき、お店の軒先へと走っていく。ホント、さっきまでの感動と喜びも、どこへ去ってしまったかのように猫団子を連呼している。
「ちょっと待ってくださいよ、先輩!」
私も早足で先輩の後を追う。
しかし、本当に感動と喜びを忘れているのだろうか。いや、そうではないだろう。こういう結末を迎えたからこそ、こうやって幸せを満喫できているのではないだろうか。私は思う。
私の脳裏には、住職さんが手に取った、微笑ましい写真が再び浮かび上がってきた。二人が、そして猫たちが嬉しそうなあの写真はこれからも飾られていくのだろう。
そして。私達が名付けた猫、希望もいつかはあの場所に、笑顔のみんなと飾られてほしい、そんな希望に満ちた未来を浮かべると、ほんの少し口元がニヤつく。楽しみだ。
「ほら、芽来ちゃん。はやくはやく!」
先輩は手を挙げて手首を上下に振り、手招きをする。ああ、招き猫だ。先輩の姿を、あの福を呼ぶ猫と重ねる。もしかしたら、先輩はあの寺に福を呼んだ招き猫だったんだ。そして、それに気づいたあの猫、希望も、テレパシーかなんかで頑張ろうってなって…。つい嬉しくて、妄想が行きすぎてしまった。
「はーい!」
先輩を追う私の足は軽く、心のスキップが体をスキップへと変えたのだった。
最後まで読んでいただきましてありがとうございました。
この話のネタ自体は今年の頭に思いついたもので、自分の中では同じシリーズの中でも比較的新しいものになります。猫が好きで、ちょっとした観光地のような場所で起こるような謎はないかな、と。それがこんな形となりました。
シリーズ自体はこれからも続きます。実を言いますと、ネタ自体はかなり溜め込んでて、形になってないものが結構あったりします。
最後に。よろしければ、評価、感想等いただけるとありがたいです。今後のためにもなりますので。それでは、ありがとうございました。




