【閑話】裏戸会議(※譲治目線)
譲治視点での、良音が来る少し前の話。
大上家の娘との縁談が持ち上がった時、側近の合口日正が「大上家には娘が二人いるよ」と伝えてくれた。
日正は裏戸家に長年仕えている合口家の長男であり、幼い頃から共に行動している。諜報活動を得意とする家系ゆえ、俺自身に縁談の話が来る頃には既に大上家の調査を済ませていた。そこから女中の櫻井が元々大上家に勤めていたと知り、まずは彼女に聞き取りを行った。
櫻井が顔を歪ませながら語った大上家の姉妹差別は、聞くに堪えないモノだった。
「…………花音ちゃんの話は本当だよ、僕が保証する。」
日正が頭を抑えながら吐いた言葉に、俺は頷くしかない。合口家の基本妖術は『対象の嘘を見抜く』ものなので、櫻井の話から日正はさぞ苦痛を感じ取ったことだろう。妖術の才能は高いが我儘放題の長女・奈緒美、対して妖力の無いことを理由に使用人以上に馬車馬の如き扱いを受ける妹・良音。術師の家に妖力の無い子供が生まれるとこうなるのか、俺もつい唇を噛んだ。
裏戸家も歴史の長い家ではあるが、祖父は「非術師への差別意識こそ忌むべきものだ」と語っていた。父も「術師の区切りではなく、個々人の得意分野で評価しろ」と、何度も言い聞かせてくれた。妖術師はあくまで魑魅魍魎から民衆の暮らしを守るのが仕事であり、社会を築くのは民衆たちなのだと。妖術師たちを治める立場である我々は現代に則した価値観を学んでいるというのに、後に続く術師たちの意識が変わっていないのでは意味が無い。妖術師の非術師差別が、ここまで根深いものだったとは。裏戸家は山奥に居を構えようと意識改革を忘れなかったのに、大上家は都会で最新の暮らしをしながら古い価値観で生きているとはなんという皮肉。
俺は日正に、どちらの娘が嫁いでくるかを追加で調べさせた。結果がわかるまで、櫻井は仕事中ずっと上の空だった。本当に良音殿のことを案じていたようで、ボーッとし過ぎて家政婦長に叱られる始末。
そして日正から「たぶん妹のほうが来る」と言われた途端、櫻井は俺に勢いよく土下座し懇願してきた。
「御館様!妖力の無い良音さまとのご婚約が成立しないことは百も承知です!ですが、どうか良音さまをすぐに追い出すような真似だけは!良音さまは自立のための準備も碌にさせて貰えず放り出されるに違いありません、就職先が決まるまでの間でよろしいですからどうか!!援助のためのお金は、私の給料から引いて頂いて構いません!!」
「待て待て!事情がわかった以上、すぐに追い出したりはしない!援助もするし、お前の給料はきちんと払う。その前に、本人と話がしたいのだ。大事なのは本人の意志だからな。」
「ほ、本当ですか……?」
半泣きの櫻井を宥めながら、俺は寧ろ良音殿と婚約の意志があることを説明した。
後に良音殿本人にも語るように、妖術師の差別意識の強さは深刻な社会問題だ。過激なデモ活動による傷害事件は、枚挙にいとまがない。
その中でから昨今、妖術師を騒がせている連続不審死事件────通称『不可視の殺人犯』と呼ばれる存在が現れたのだ。
被害者は全て、妖術師であり政治家としても有力な権力者たち。恐らくは『反妖術師団体』の過激派による犯行だと思われるが、非術師がどうやって妖術師を殺しているのか“方法”がわからない。
何故なら、被害者の“死に方”に統一性が無い。
ある者は毒殺、ある者は絞殺、ある者は刃物で心臓を一突き、ある者は首を一突き。時には自殺に見せかけるように高所から転落死した者、自分で自分の首にナイフを突き刺していた者もいる。
超常現象を操る妖術師を、非術師が簡単に刃物などで殺せるはずが無い。ともすれば、反対派に協力する妖術師がいる可能性。例えば政治的権力の弱い下流術師が、下剋上を狙い非術師を利用している場合。しかし、だとしたらどうやって上流術師の結界を突破したのかが問題になる。妖術師たるもの、常に政敵の暗殺を警戒した結界を拠点に張っているものだ。純粋な妖力の強さを考えれば、下流術師にそれらを突破する力はない。自殺に見せかけたような殺し方は幻術や洗脳で可能だろうが、それも術師の力量で対策できる。
上記の様々な要因から、未だに犯人の尻尾すらつかめていない。
しかし、怪しいと思われる家が一つだけ。
「現状、大上家にとって有利な死亡事件が多いんだよね。死んでる有力者の過半数が、大上家の政敵にあたる術師なんだ。でも、決定的な証拠は見つかっていない。」
大上家は数ある妖術師の家系の中では中流、上の地位を狙う野心があってもおかしくない。日正からそう報告を受けていた為、今回の縁談は大上家を調べる一歩になるとすら思っていた。良音殿の感情を無視した冷酷な判断だと自覚はしている、だが裏戸家に生まれた者として『合理性』は捨てられない。
「ぶっちゃけ大上家の中で“能無し”と差別されてる彼女が暗殺に関わっているとは考えにくいけど、一応は聴取しておく?」
「…………いいや、無駄だろう。彼女の立場では、そんな不審死事件が起きていることすら知らない可能性が高い。不要な重荷を背負わせるべきではないだろう。」
「まぁ、だよねぇ。」
わかっていたように引き下がる日正も、同じ考えのようだ。
そして訪れたのは、春風のような儚さを持つ少女だった。
熱さも冷たさも無い、通り過ぎた後に何の影響も残さない存在の希薄さ。客間に入る直前まで、本当に来てくれたのか不安になるほどの気配の無さ。触れれば壊れそう、吹けば飛んでしまいそう。触れることすら叶わないと錯覚をする存在感に、どんな環境に居たらこんな人間が育つのかゾッとした。
しかし政治的な思惑をもって申し出た婚約に、良音殿は力強く「はい」と頷いてくれた。第一印象とは裏腹に、彼女には彼女の『強さ』があると気付いた。背筋から指先まで凛とした所作は、名家の令嬢と呼ぶに相応しい。着古された服に荒れた髪の毛といった姿を忘れさせるような一挙一動に、感動すら覚えた。彼女はこの数分で、本当にこちらの真意を理解した。その上で婚約を受けてくれたのだ、良音殿の態度で俺も身を引き締める。
必ずや、婚約者の覚悟に応えて見せようと。




