4.婚約成立
譲治様いわく。
「確かに強い妖術師の跡取りを“創る”のであれば、両親も素質のある妖術師同士の結婚が望ましい。実際、長い妖術師の歴史ではいくつもの家系が「より強い術師を」と良縁づくりに躍起になってきた。
しかしその結果、妖術師と非術師の間には大きな溝…………強い“差別意識”が根付いてしまっている。故に非術師が『反妖術師団体』と銘打って、政治の中枢を担う妖術師へ過激なデモ活動を行い、いくつもの傷害事件に繋がった。
長年、裏戸家は国を守る妖術師たちをまとめる立場にある。しかし、個々人の私利私欲からくる非術師への差別問題は根深過ぎて、ずっとまともな対処ができずにいた。俺は裏戸家の当主として、この差別問題の解決に力を尽くしたい。
その一歩として、敢えて非術師の良音殿を嫁として迎え入れたいのだ。妖力は無くとも、妖術師の家で育ち事情を理解できる貴方に────妖術師を治める俺と『対等の存在』になって欲しい。」
………とのこと。
驚きから言葉の出ない私に、譲治様は丁寧に事情を話してくれた。正直、かなり荷が重い申し出ではある。実際に私自身は『差別意識』の被害者の一人ではあるものの、その代表になれというものだ。すぐ答えを出せずにいる私に、譲治様は「すまない」と続けた。
「綺麗ごとを並べ立てたが、結局は「誰でもいい」と言っているようなものだろう。気分を害されることも、わかってはいた。政略的な意図しかないこの婚約は、貴殿を個人として尊重していない提案だと理解している。しかし俺にとっても国にとっても、またとない機会なのだ。」
真っ直ぐに私を見つめる譲治様の目に、嘘も裏も感じられない。ただ真剣に、自分の責務を果たそうとしている。両親やお姉様とは違う、初めて見た『私欲を排した在り方』の妖術師。
(この人は“正しい”人だ。)
目先の力より、広い視点で国益を考えている。己の重責をものともせぬ彼の振る舞いは、なにものにも例えがたいほど美しく見えた。
「無論、貴殿が望まぬのなら無理強いはしない。櫻井から良音殿の事情は聞いている、ここを出て行っても生活基盤が安定するまでは、援助しよう。なんなら大学ぐらいは通って────」
「いいえ。」
衝動に突き動かされ、私は強く譲治様の言葉を遮る。驚きに目を見開いた彼としっかり目を合わせて、生まれて初めて自分の意志を口に出した。
「わたくしにお役に立てることがあるのならば、お手伝いしとうございます。」
ずっと、妖力の無い自分に価値は無いと信じ込んできた。両親にもお姉様にもそう言い聞かせられて、否定する心も持てなかった。しかしたった今、機会が与えられたのだ。そんな私にも、誰かの手伝いができるかもしれないと。生まれて初めて、能無しにも『良いこと』ができるのかもしれない。目の前にいる、清く正しく美しい偉大な御方のお手伝いができたのなら。
こんな私も「生まれてきて良かった」と、心の底から言えるかもしれない。
「妖力の無い“能無し”でも、お国をお守りする裏戸家のお役に立てるのであれば────是非とも、ご協力させていただきたく存じます。」
姿勢を正し、ハッキリと気持ちを口にして頭を下げる。
「……本当に良いのか?」
「はい。」
最後の問いだとばかりに、静かで低い声の言葉。対する私も、心の底からの決意をこめて返事を返した。
「…………ありがとう良音殿、助かる。」
「勿体無きお言葉にございます。」
「頭を上げてくれ、そんなに畏まるな。あと、自分を“能無し”などと卑下するものではない。貴殿の立ち振る舞い、どこの会合に連れて行っても恥じぬ所作だった。」
褒めてもらうのも生まれて初めてで、私は顔を上げながら泣きそうになるのをこらえる。譲治様は私の目を見て、優しく微笑んでくれた。
「改めて、俺の妻となり良き国造りの手伝いをしてくれ────大上良音殿。」
「────はい!」
返事が上擦ってしまって恥ずかしかったけれど、誰も私を嘲ったりしなかった。




