13.別邸での夜
初の百貨店で目がクラクラしたり、お姉様と遭遇したり、でも旦那様に助けていただいたり、しかも初めて自分の好みで振袖を選んだり。初体験の連続と予期せぬトラブルで、自分では疲労困憊のつもりだった────のだが。
寧ろ頭は興奮してしまっているようで、目が冴えて眠れない。
おかずのいっぱいある夕飯を食べて、あたたかいお風呂にゆっくり浸かって、ふかふかの立派なベッドに入ったのに。裏戸邸のお布団も肌触りが良くて気持ちよかったけど、別荘のベッドもマットが柔らかくてとても落ち着く。
けれど、眠れない。
何度か寝返りを打った後、水でも飲もうとキッチンへ向かった。
「おや良音殿、眠れないのか?」
ヤカンでお湯を沸かしている、寝間着の旦那様と遭遇した。名家の御当主がティーパックをヤカンに入れている違和感に戸惑っていると、旦那様は2人分の湯飲みを取り出す。
「丁度良かった、二人でゆっくり話したかったのだ。」
淹れてくださったのは黒豆茶、旦那様が言うには“貰い物”らしい。つまり“良いもの”なのだろう。差し出された湯飲みを恭しく受け取り、促されるままテレビ前のソファへ並んで座る。
「まぁ、その…………なんだ。今日は色々あって、大変だったな。」
「いえ、とても良い一日でした。」
「そ、そうか?そうか……えっと、あぁ、良い振袖が選べて良かった。」
「はい、ありがとうございます。」
「うむ、うん…………」
視線を泳がせて次の話題を探す様子があからさまで、本当に嘘の無い人だと思う。ぎこちない空気流れるが、どうしていいかわからない。私がもっと、話を広げられる質なら良かったのだけど。
「ありがとうございます。お姉様のことを引きずっていないか、心配してくださっているのですね。」
「あ、あぁ。そうだな……」
なんとか言葉を紡ごうとする旦那様に、申し訳なさが増していく。
「……いや、すまない。心配というより、これは俺のエゴだ。」
俯く私に、旦那様はポツリと言った。
「貴殿を心配しているのも事実だが、今こうして話しているのは良音殿を元気づけて『婚約者としての務め』を果たしたかったからだ。申し訳ない、俺は落ち込む女性をどう慰めれば良いのかわからん。それでも『婚約者だから』という理由だけで、こうして話している。」
馬鹿正直にそんなことを言ってしまう、けれど声には優しさが満ちている。旦那様の正直さが、私の心に安寧をもたらしてくれる。胸の温かさが、熱くなるぐらいに。
「充分でございます。わたくしを心配してくれる誰かが居る、その事実だけで嬉しいのですから。」
あの家に居ながら今日まで生きてこれたのは、花音との出会いがあったからだ。そして今日、新たに私を本気で案じてくれる人に出会えた。また一つ、生きる理由を増やせた。これ以上ない、なんて幸せなことだろう。
「…………これからは、もっと強欲になるといい。」
「……努力いたします。」
それを最期に、私たちは無言でお茶を啜る。体も心も温かくて、涙が出そうなほど。これ以上、旦那様に心配をかけるわけにはいかない。お茶を飲みほし「おやすみなさいませ」と挨拶だけして、私は寝室に戻った。




