表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/16

13.別邸での夜

 初の百貨店で目がクラクラしたり、お姉様と遭遇したり、でも旦那様に助けていただいたり、しかも初めて自分の好みで振袖を選んだり。初体験の連続と予期せぬトラブルで、自分では疲労困憊のつもりだった────のだが。

 寧ろ頭は興奮してしまっているようで、目が冴えて眠れない。

 おかずのいっぱいある夕飯を食べて、あたたかいお風呂にゆっくり浸かって、ふかふかの立派なベッドに入ったのに。裏戸邸のお布団も肌触りが良くて気持ちよかったけど、別荘のベッドもマットが柔らかくてとても落ち着く。

 けれど、眠れない。

 何度か寝返りを打った後、水でも飲もうとキッチンへ向かった。


「おや良音殿、眠れないのか?」

 ヤカンでお湯を沸かしている、寝間着の旦那様と遭遇した。名家の御当主がティーパックをヤカンに入れている違和感に戸惑っていると、旦那様は2人分の湯飲みを取り出す。

「丁度良かった、二人でゆっくり話したかったのだ。」

 淹れてくださったのは黒豆茶、旦那様が言うには“貰い物”らしい。つまり“良いもの”なのだろう。差し出された湯飲みを恭しく受け取り、促されるままテレビ前のソファへ並んで座る。

「まぁ、その…………なんだ。今日は色々あって、大変だったな。」

「いえ、とても良い一日でした。」

「そ、そうか?そうか……えっと、あぁ、良い振袖が選べて良かった。」

「はい、ありがとうございます。」

「うむ、うん…………」

 視線を泳がせて次の話題を探す様子があからさまで、本当に嘘の無い人だと思う。ぎこちない空気流れるが、どうしていいかわからない。私がもっと、話を広げられる質なら良かったのだけど。

「ありがとうございます。お姉様のことを引きずっていないか、心配してくださっているのですね。」

「あ、あぁ。そうだな……」

 なんとか言葉を紡ごうとする旦那様に、申し訳なさが増していく。

「……いや、すまない。心配というより、これは俺のエゴだ。」

 俯く私に、旦那様はポツリと言った。

「貴殿を心配しているのも事実だが、今こうして話しているのは良音殿を元気づけて『婚約者としての務め』を果たしたかったからだ。申し訳ない、俺は落ち込む女性をどう慰めれば良いのかわからん。それでも『婚約者だから』という理由だけで、こうして話している。」

 馬鹿正直にそんなことを言ってしまう、けれど声には優しさが満ちている。旦那様の正直さが、私の心に安寧をもたらしてくれる。胸の温かさが、熱くなるぐらいに。

「充分でございます。わたくしを心配してくれる誰かが居る、その事実だけで嬉しいのですから。」

 あの家に居ながら今日まで生きてこれたのは、花音との出会いがあったからだ。そして今日、新たに私を本気で案じてくれる人に出会えた。また一つ、生きる理由を増やせた。これ以上ない、なんて幸せなことだろう。

「…………これからは、もっと強欲になるといい。」

「……努力いたします。」

 それを最期に、私たちは無言でお茶を啜る。体も心も温かくて、涙が出そうなほど。これ以上、旦那様に心配をかけるわけにはいかない。お茶を飲みほし「おやすみなさいませ」と挨拶だけして、私は寝室に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ