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11.振袖

 私の肩をしっかり抱いたまま、旦那様は歩みを進める。

「首都だからもしかしたらとは思っていたが、本当に鉢合わせるとはな。遅れてすまなかった、大丈夫か?心無い言葉を言われていたのだろう?」

 花音と手を繋ぐのとは違う、異性と密着して歩く初めての感覚に戸惑った。

「だ、大丈夫です、あの、旦那様…………」

「…………あぁ、すまない。歩きにくかったな。」

「い、いえ」

 旦那様の身体が離れたことに、一抹の寂しさを覚える。自分で思うより、私は旦那様に抱き寄せられて安心していたらしい。花音に庇われたときとはまた違う、不安の吹き飛ぶような力強さ。実際にはそっと抱き寄せられただけなのに、腕の力以上の頼もしさがあった。

「ありがとうございます、旦那様。どうして私たちの様子がお分かりになったのですか?」

「来る前に加護の術をかけただろう?アレはお前たちの周囲に異常があれば知らせてくれるものでな、奈緒美嬢の敵意を感知したのだ。」

「なるほど。」

「本当に大丈夫か?」

 再度、心配そうに私の表情を確認する旦那様。ただ純粋にこちらを慮っている彼に、姿勢を正して向き直る。

「ええ、いつもと何も変わらないことですもの。わたくしは平気です。」

「────………」

「大丈夫じゃないですよぉ!!」

 我慢の限界と言わんばかりに、花音が感情を爆発させて声を荒げた。

「奈緒美様はいっつも良音さまに酷いこと言って!!でも私が下手なこと言うと更に良音さまの立場が悪くなっちゃうかもしれないし、でも奈緒美さまってそれを分かった上でグチグチ言ってくるんですよぉ絶対!!そういう人なんですぅ!!」

 周囲に人が居ることを忘れているのかいないのか、半泣きであれこれ叫ぶ花音をなだめるべく私は彼女に肩を寄せる。

「花音、私は大丈夫だから落ち着いて?本当に大丈夫、気にしないで、お姉様の態度はいつものこと。それよりも、貴女が泣いているほうがわたくしは悲しいわ。」

「うぅ、りおんさまぁ」

「泣かないで花音ちゃん、その手の相手を論破するのは僕の得意分野だから。次に会うことがあれば僕がバシッと言い返してあげる。」

「日正くん…………」

 私と日正さんに挟まれて落ち着いたのか、花音は目元を拭って「ありがとう」と笑顔を浮かべる。やっぱり彼女は笑顔が似合う、私はホッと胸をなでおろした。

「こっちだ。」

 旦那様に先導され、一般の客は出入りしないエリアへ入っていく。

 私たちを見つけたコンシェルジュさんが「お待ちしておりました」とVIPルームの一室へ案内してくれた。

「気晴らしになるかはわからないが、コレを。」

「まぁ……!」

 扉を開けると、ズラリと並ぶ美しい振袖の数々。桜、牡丹、杜若、菖蒲、躑躅……様々な種類があり、荘厳さに圧倒されてしまう。

「春の花の着物が、こんなにたくさん……」

「わかるのか、博識だな。流石に反物から仕立てる時間は無くてな、店主といくつか絞っておいた。俺は女性の好みに疎いが、店員たちとそれなりのものを選出したつもりだ。この中に、良音殿が気に入る物があるとよいのだが。」

 会合の際に着る振袖を、この中から選ぶということらしい。私が自分で決めていいということだが、いきなり言われても困る。だって自分のものを自分で決めたことは碌にないのだ。

「だ、旦那様はどれが良いと思われますか?『四君子』とかが良いのでしょうか?」

「本当に物知りだな。しかし、そこまで畏まる場でもない。良音殿の好みでいいんだぞ。」

 完全に見守る姿勢を取っている旦那様に助けを求めるが、やはり口を出す気は無いらしい。せめて四、五着ぐらいまでは絞っておいて欲しかった。部屋を埋め尽くす着物はどれも素敵なもので、自分の意志で一つを選べる気がしない。

「もぉ~、良音サマが困ってるじゃない譲治!一緒に並んで歩くんだから、二人で選ぶのもいいんじゃない?」

 見兼ねた日正さんが助け舟をだしてくれたので、私は必死で首を縦に振った。合口家の術は『他者の感情を見抜く』ものと聞いている、彼には私の焦りが手に取るようにわかったのだろう。

「お願いしますっ。い、いけませんか……?」

「む…………それもそうだな、そうしよう。」

 情けない声を出してしまったが、逆に焦りが伝わったのだろう。旦那様はハッとして、深く頷いてくださった。

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