10.遭遇
「これ良音さまに似合いますよ!」
「さっきからそればっかりね花音、流石にあれもこれもは似合わないわよ。」
「そんなことはございません!!」
花音は目についた服やアクセサリーを片っ端から手に取って、私にすすめてくる。やっぱり、私よりも花音のほうが楽しそうだ。全部買うわけにはいかないし、かといってピンとくるものも浮かばない。自分の意志で物を選んだ経験が無さ過ぎて、考えが全くまとまらない。このままでは私のために色々と選んでくれる花音に申し訳ない、もう適当で良いから何か自分で選ばなければ。
目に映るアクセサリーの一つに手を伸ばしかけた、その時。
「あらぁ?」
刃物のような鋭い声に、体が固まる。花音が咄嗟に、私を庇うように前に立つ。
「ウチを追い出された出来損ない風情が二人そろって、どうしてこんなところに居るのかしら。」
花音と過ごす時間が楽しくて忘れていたが、ここは首都。買い物好きだったあの人と、遭遇する可能性は低く無かった。
「な、奈緒美さま。」
「お姉様…………。」
私と花音がどうにか言葉を口にしたのは、ほぼ同時だった。声の主は、数週間前まで同じ家に住んでいたお姉様────大上奈緒美。彼女はいつものように、スーツ姿の美丈夫達に買い物袋を持たせて立っていた。
「相変わらずみっともない恰好でウロついているのね、この店には不釣り合いだわ。」
まだお姉様のお下がりしか所持品の無い私を、頭のてっぺんからつま先まで舐め回すように見てくる。俯いて返す言葉も出ない私を、お姉様は鼻で笑った。
「フン、いつまでも従者の後ろに隠れて……無能は成長しないのね。とっくに何処ぞで野垂れ死んでいると思ったのに、しぶといこと。」
ゴクリと、花音が唾を飲んだ音が聞こえる。下手に言い返してはお姉様の思うつぼだと思っているから、冷静に言葉を選ぼうとしているのだろう。
私に至っては言われ慣れた言葉に、顔を上げることもできない。実家にいたころと同じ、お姉様や両親に何を言われても、黙って相手が飽きるのを待つしかできない。花音が盾になってくれているのに、私には一言も言い返せない。
18年間の人生で染みついた『習慣』は、そう簡単に変わってはくれない。
「何もできないお前が裏戸家に嫁げるワケも無し、みっともなく這いつくばって援助でもお願いしたのでしょう?あぁ卑しい女!!」
「なっ────!!」
ついに花音が言い返そうと口を開いた時。
「──────失礼、折角の姉妹の再会に割り込んで申し訳ない。」
「…………!!」
不意に後ろから私の肩を抱き寄せたのは、間違いなく旦那様だった。驚いて彼を見上げれば、耳元で「遅くなってすまない」と謝られる。同時に、日正さんが花音を庇うように前に立っていた。
「私の『婚約者』に、あまり心無い言葉をかけないで欲しいものだな。」
「は?婚約者?」
旦那様が強調させた言葉に、お姉様がピクリと眉を上げる。
「あぁ、次の会合で正式発表するつもりだったが…………新婦側の親族には先に報告すべきでしたな。この度の良音殿との縁談、謹んで受けさせていただくつもりだ。」
「なにをおっしゃっているのやら…………まさか、その女に妖力が無いことに気付いていないワケでもあるまいし。」
お姉様は本当に私と旦那様の婚約が破断していると思っていたらしく、あからさまに動揺し始める。畳みかけるように、旦那様は言葉を続けた。
「妖力は無くとも、良音殿には豊富な知識と洗練された所作がある。裏戸家の妻として、これほど相応しい器量を持ち得る女性はそうそう居ない。」
優しく、でも力強く肩を抱かれて、緊張が解けていく。
「まあ────大上家が彼女を『どう扱ってきたか』は、夫になる者として問いただしておきたい、が。」
「──────ッ!!」
旦那様が言葉を低くして凄めば、お姉様はアッサリ一歩後退った。
「裏戸家には合口家がついていることを、くれぐれもお忘れなきよう。」
追い打ちとばかりの旦那様の言葉に合わせて、日正さんがワザとらしく大仰なお辞儀をしてみせた。お姉様はすっかり黙り込み、体を震わせるだけになる。
「それについてはまた後程、お時間を取らせていただく。私どもはこれから会合の準備があるので、失礼する。」
旦那様は私共々お姉様に背を向けて、その場を立ち去った。




