8.別邸
後日、身支度を整えた私と旦那様は件の『転移術式陣』の前にいた。互いの傍らには、日正さんと花音が控えている。百乃木さんは、本邸を守る業務があるのでお留守番だ。
屋敷の地下に降りると、洞窟をそのまま利用した空間に出る。その地面には壁沿いにズラリと、いくつもの魔法陣が描かれていた。妖術師でない私には詳しくわからないが、これら全てが世界のどこかに繋がっているということなのだろう。陣の前に木札で行先が記されているのが、なんだか可笑しく感じてしまう。
「では良音殿、こちらに。」
「はっ、はい。」
差し伸べられた旦那様の手を取って、目的地への陣に乗る。こうして妖術に触れるのは初めてのことなので、緊張から旦那様の手を強く握ってしまった。
瞬きの内に、景色が洞窟から整備された地下室へと変わる。旦那様に手を引かれて上の階へ上ると、本邸とは対照に現代的な建物の中にいた。後から日正さんと現れた花音は、感嘆の声を上げて別荘内を見渡す。
「首都にはちゃんと都会的な家を持ってたんですね、初めて来ました!」
「花音ちゃんがこっちに来る機会は無かったもんね。」
一見、ごく普通の戸建て住宅のようだ。しかしよく見ると、テーブルにつく椅子たち、革張りのソファ────置いてある家具の一つ一つが最高級品だとわかる。大きなテーブルや大容量の冷蔵庫は、大勢の来客を想定したものであろうか。
「良音殿と櫻井用の部屋はそれぞれ二階にある、案内してやれ日正。」
「はーい。」
ぼんやりと別荘内を見渡していると、旦那様からそう声がかかった。
「今日は段取りだけ決めて、買い物は明日だ。店の方に連絡せねばならぬこともあるしな。」
「かしこまりました、旦那様。」
「楽しみですね、良音さま!」
「え、えぇ……」
自分のための買い物なんて、生まれて初めて。嬉しそうな花音に上手く同調できず、生返事を返すので精一杯だった。




