表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/4

夫を失った女性

登場人物


レイルズ・ラドクリフ

主人公。男性。三十六歳。グラミア人。グラミア王国軍リュゼ地方軍警備連隊所属。階級は少尉。騎士叙勲を受けており身分は騎士。首都ベオルードの犯罪捜査課にいたが、ある事件がきっかけで一年前にリュゼ州のクローシュ渓谷国立公園保安官となっている。


ジャン・クロフォード

主人公の助手。男性。二十五歳。グラミア人。グラミア王国軍リュゼ地方警備連隊所属。階級は伍長。リュゼ州クロンデール出身で、戦闘経験なし。戦闘力よりも事務補佐能力をかわれて、保安官助手を任命されて三年目。レイルズとは一年間のつきあい。


セリーン・ジアシュ

クローシュ渓谷国立公園の事務員。二十四歳。グラミア人。クローシュ渓谷近くの村の出身で、気立てがいい。レイルズとジャンのサポートを務める。


 レイルズは、助手のジャンから手紙を受け取り、机上に並べる。


 一通目は、リュゼの公爵府からのものだった。そして、二通目の差出人は、彼の記憶にない。手紙を出した人物、マリアという名前から女性だとわかるが、彼女が住む場所は、ここから北に二十ゴートほど移動した場所、クローシュ国立公園の北端に位置する村だ。


「グラージェン? 行ったことはないんだけどな」


 彼はまず、公爵府からの手紙を手に取った。仕事に関係するものだろうと思ったからだ。するとそれは、定期報告書の内容に誤りがあることを指摘するもので、レイルズはうんざりとした表情となってジャンを呼ぶ。


「ジャン、間違いがあると言われてるぞ」

「では、直さないといけませんね」


 顔を覗かせた助手は、それ以上、レイルズの部屋には入ってこようとしない。報告書の訂正は自分でしてくださいと言われている気がしたレイルズは、手紙をひらひらとさせて助手を呼ぶ。


「これ、お願い」

「私がですか?」

「頼むよ。俺、忙しいんだ」

「よく言いますよ」


 ジャンはそう言いつつも、レイルズから書類を受け取り、部屋を出た。


 レイルズは、二通目の手紙を手にとる。そして、ナイフで蝋を削り、封を開けた。


『騎士レイルズ・ラドクリフ卿。突然のお手紙をお許しください。わたしはグラージェンに住むマリア・エドゥールと申します。実は、夫が貴方宛の手紙を書く途中であったと、書きかけの手紙を見つけたので、お手紙を出しました』


 出だしを読んだ彼は、エドゥールという家名のほうに思い当たるものがあった。


「たしか……医者だったな。辺境派遣医だったな」


 彼はそう口にしながら、手紙の続きを読む。


『夫は、岩山の上から落ちて亡くなりました。半年前のことです……わたしもそれは、事故だったと思いました。しかし、夫の遺品を整理していたら、手紙を見つけたのです。それでわたしは、夫は事故ではなく、殺されたのかもしれないと思うようになりました。お願いです。どうか、グラージェンに来ていただけないでしょうか。夫を殺した犯人を、見つけて罰してくださいませ。夫が貴方宛に書いていた手紙を、同封します。途中までしか書かれていませんが、夫が事故ではなかったと思えるには、十分な内容です。それでは、お目にかかれることを祈って。マリア・エドゥール』


 レイルズは、マリアからの手紙と一緒に入っていた、夫からのものだという手紙を広げる。それはたしかに、レイルズ宛のものだった。


『騎士レイルズ・ラドクリフ卿。私はグラージェンで派遣医を務めるトーマス・エドゥールと申します。貴方の御高名は私もよく存じています。その貴方が、クローシュ渓谷国立公園の保安官をなさっていると知り、まさに僥倖だと主神に感謝しました。実は、私が赴任しているこのグラージェンでは、殺人が当たり前のように行われており、しかしそれを村人は当然のように受け止めているのです。これまで何度も、村の実力者である祈祷師のディバラ・ラゼル氏に、この異常な慣習をやめられないかと相談しておりますが、彼もまた努力はしても無駄であると嘆いております。ここは、公爵府に頼るしかないと思い、まずは貴殿にと思った次第で』


 手紙は、ここで止まっていた。


 レイルズは、手紙をもう一度、読み返す。そして、今の季節はこの村に行くのも雪で大変だと考えるも、仮に、この手紙が本当だとして、またこれが理由でこの医師が死んだのであれば、手紙を出したマリアが危ないのではないかと思考を繋げた。


 レイルズは、マリアからの手紙を読む。


 マリアの手紙は、あくまでも彼女の想像だ。


 しかし、彼女の夫であるトーマスの手紙は、起きている事態と、その改善を図るも難しかったという事実の通知である。そして、レイルズに対して、手助けを求めようとしていたと読めた。


「行って、確かめて何もないなら、安心できる……それでいいか」


 自分に言い聞かせたレイルズは椅子から立ち、隣室の事務所で仕事をしている女性事務員に声をかける。


「セリーン、馬を頼む。出張」

「え? どこにです?」


 セリーンが椅子から腰を浮かし、尋ねた。


「グラージェン。天候は?」

「今日、明日は晴れですが、その後は崩れますよ」


 セリーンではなく、助手のジャンが答えた。


 レイルズは頷き、ジャンに言う。


「お前も、だ」

「この報告書の訂正、どうします?」

「ほっとけ」


 レイルズは言い、ジャンは笑みを浮かべて席を立った。


 二人の背に、セリーンの声が届く。


「帰った時に、徹夜で直すことになっても知りませんよ」




 -Sir Rhaels Radcliffe-




 レイルズとジャンにとって、クローシュ渓谷内を北上するのは、今の季節、物理的に精神的にも避けたい地形といえるので、二人は渓谷の東側を迂回する経路を選んだ。


 一日と半で、目的地であるグラージェンに到着する。


 レイルズの目には、どこにでもある田舎の村という風景で、井戸を中心にいくつかの家屋が並び、奥には石造りの立派な建物が見えた。そして、彼らが到着したことを、村人たちは胡散臭そうに眺めるだけで、近づこうという者はいない。


 閉ざされた山間部の村、というだけでこうも陰気臭くなるかとレイルズは思いつつ、馬を進め、自分たちを眺める村人の一人に尋ねた。


「騎士レイルズ・ラドクリフ。階級は少尉、役職は保安官です。マリア・エドゥールの家はどこです?」

「騎士様が、どういった用で?」


 問われた老人は、数歩、レイルズたちに歩み寄ると、視線を村の奥へと転じながら言葉を続ける。


「あそこの……礼拝堂の横がそうですが、あの女がまた何かしたんですか?」


 レイルズは、村人の言い方にひっかかり、質問する。


「どういうことです? 彼女が何か問題でも?」

「ええ。問題だらけで……外から来た者はだからだめだ」

「俺も……外から来た側ですが」

「あ、失礼しつれい……なに、旦那が死んでちょっとおかしくなっとるんですわ、たぶんね」


 老人はそう言うと、頭を下げて離れていく。


 二人が再び馬を進めると、村人たちが遠巻きに彼らを眺めていた。


 それは、興味や恐れというよりも、監視されているような気持ち悪さを、騎士に与える。


 レイルズの横に馬を進めたジャンが、小声で言う。


「少尉、なんだか嫌な感じですね?」

「ああ……ま、マリア・エドゥールに会って、このあたりのことを聞けばいい。手紙の内容と、これは関係しているのかもしれないし」

「しかし、派遣医の夫が死んでも、この村から動かないというのはどういうことでしょう?」

「……他に、行く当てがないのか……はたまた、出るに出られないのか……とにかく、会ってからだな」


 老人が礼拝堂と呼んだ建物は、どう見ても古い砦だった。石壁は厚く、窓は祈りの場にしては細すぎる。かつてグラミア王国とスーザ帝国がこの地で、血で血を洗った時代、その名残として建てられた軍事施設のひとつだろうと、レイルズは思った。


 村人たちは、二人を目で追う。


 礼拝堂の横、木造の家を前に、レイルズたちは馬を降りた。


 丸太を組んだ壁は黒く湿り、床下には大人が腰を屈めれば入り込めるほどの空間がある。雪が積もることを想定された造りだと、レイルズには理解できた。


 彼が家へと歩き出した時、内側から玄関が開く。


「レイルズ卿? でいらっしゃいますか?」


 現れたと同時に問うた黒髪の美女は、喪服に似た濃い色の外套を羽織っている。それはこの村では異質の、都会的な印象をレイルズに与えた。


「ええ、そうです。マリア・エドゥールどのですね?」

「はい。本当に来てくださったのですね?」


 彼女はそこで、レイルズの背後、自分たちを眺める村人たちを見て、逃れるように目を伏せる。


「どうぞ。お入りください」


 マリアは、レイルズを家へと招き入れるように半身となる。


 ジャンは、わかっていますという表情で、家の外、二頭の馬の近くに立った。それで村人たちを見張るつもりなのだ。


 マリアの家に、レイルズが入るところを、村人たちが遠巻きに見ている。そして、隣の者同士で、こそこそと耳打ちをしあうと、またマリアの家を見るのだ。


「なんだよ、こいつら……」


 ジャンは、つぶやいていた。




 -Sir Rhaels Radcliffe-




「本当に、よくお越しくださいました。レイルズ様」

「いえ、暇だっただけですよ。それに、人殺しが起きていると、物騒な内容の手紙でしたもので……放っておくことはできませんでしたから。それにしても、ご主人は俺が、クローシュ渓谷で保安官をしていることを、よくご存じでしたね?」


 マリアは少し微笑み、レイルズの対面に座る。二人の間の小卓には、湯気を立てる香草茶が二杯と、レイルズが広げた二通の手紙が置かれていた。


 彼女は、膝の上で両手を揉み合わせながら、口を開いた。


「夫が、貴方がクローシュ渓谷におられることを、どこでどうやって知ったのかはわかりません。ですが、夫があのことを訴えようとした方であるから、きっと頼りになるお方だろうと思いました」


 レイルズは、香草茶の湯気に少し目を細め、それから口をつけた。柑橘系の香りとかすかな甘みに、頬を緩めてマリアを見る。


「美味しいです」

「ありがとうございます」

「ところで、本題に入りますが、ご主人の手紙に書かれていた……殺人が当たり前のように行われていることですが、これは言葉の通りなのですか?」


 マリアは、ちらちらと視線を散らしてから、目を伏せると頷く。


「説明が難しいのですが……なんと言ったらいいでしょう? その……口減らしという言葉を、ご存じですか?」

「ええ」


 レイルズは、短く答えた。


 口減らし。


 古くは、食料が乏しい時期を乗り越えるために、弱い者を意図的に殺し、あるいは集団から追放することで、多数派の命を存続させることを目的とした。たしかに、この山間の村では過去、そういうことがあったと言われてもおかしくないだろうとレイルズには思えたが、まさか今も続くと言われると、いかなる感情よりも嫌悪が勝ると感じた。


 湯気をたてる茶を見つめながら、レイルズは口を開く。


「この村では、今もそれを?」

「……そうです。この村に、派遣医が赴任したのは夫が初めてで……だからこれまで、外から人が入っていなかったこともあって、それを批判する人はいなかったんでしょう」

「なるほど……しかし、どうしてそんな村が、医者の派遣を公爵府に依頼したんでしょうね? 何か聞いていませんか?」

「祈祷師のディバラ様のご判断とだけ……この村の村長は別にいますが、実質的に村を取り仕切っているのは、ディバラ様です」


 マリアはそこで、窓ガラスへと視線を転じる。その向こうには、こちらを眺める村人たちが映っていた。


 マリアは香草茶の杯を、両手で包み込んだ。


「……この家の中で話していても、安心できません……ずっと、ああして見られていまして……彼らは口減らしの必要がなくなった今も、必要なことだとして……続けています。異を唱えると、余所者が口を出すなと……わたしはすっかり、彼らにとって迷惑な隣人となってしまいました」

「それでいて、お引越しなさらないのはなぜです?」

「……」


 マリアは、俯いたまま黙り込む。


 レイルズは、何かまずいことでも聞いたかなと思い、謝罪しようと口を開きかけたが、彼女が細い声を発した。


「あの……十六年前の戦争で……わたしの家族は全員……町が燃えて」


 レイルズは、第五次リュゼ紛争のことだとすぐに理解する。それは彼自身、その戦火の中に身を投じていて、輝かしい武勲をたてたからだ。当時、彼はリュゼの英雄と呼ばれ、その名を知らないグラミア人など皆無だと言われるほどだった。


 彼は小さく頷き、尋ねる。


「どちらの町に?」

「ハイデーン……スーザ人たちに、燃やされた町です」


 レイルズは、ハイデーンの激戦を脳裏に描く。


 彼が所属する部隊がハイデーンに到着した時、町全体がすでに炎に包まれていた。撤退中だったスーザ帝国軍が、グラミア王国軍の追撃を遅らせようと、途中にあったハイデーンに火を点けたのが原因だ。風向き、乾燥の度合い、天候など、あらゆる不幸が重なって、みるみるうちに炎は広がった。


「わたしは……それから孤児院に。それから……オルビアンの商社に事務員として採用され、そこで暮らしていた時に、夫と知り合いました」


 レイルズは、彼女の容姿と服装が都会的だったのは、オルビアンに住んでいたからだと理解した。グラミア最大の経済都市であり、世界最大の貿易港でもある都市にいたのなら、この村では存在そのものが浮くだろうと彼には思えた。


「それで……わたしは仕事を辞めて夫について来て……今ではディバラ様の計らいで、ここで生活ができておりますが、引っ越し先といっても……とても……」


 レイルズは、彼女は経済的にも追い詰められているのだと理解する。


 自分の夫を殺した人物がいるかもしれない村から、マリアは出て行くことすらできないのだ。


「わかりました……では、ご主人はそれを俺に訴えようとしたことで、村の誰かに殺された……崖の上から、突き落とされたとあなたは思うのですね?」

「はい……そうです。きっと、誰かに夫がしようとしていたことが知られて……口封じのために、殺されたに違いありません」

「まだ、殺されたと決まったわけではありませんよ」

「ですが、夫が一人で、崖の上に行くなんてことは考えられないのです」

「誰かに、呼び出されたと?」

「はい」


 マリアは、瞳を揺らして手元を見つめる。そして、口を開いた。


「夜中に、一人で行くなんてこと……考えられません」

「しかし、そうと決まったわけじゃありませんからね」


 レイルズは、やんわりとマリアを諭し、当時のことを聞こうと口を開く。


「いくつか、教えてください」

「はい」

「ご主人が、死体となって発見された日付は?」

「はい……半年前の、六月五日、朝です」

「崖下というのは、どこですか?」

「礼拝堂の裏を、山のほうに行けばあります。滝になっているところです」

「発見したのは?」

「ディバラ様です。それから、わたしに知らせてくださいました」


 レイルズは頷き、香草茶を飲み干す。


「では、そのディバラ殿に会ってまいります」

「お願いします」


 マリアが頭をさげ、レイルズを見送ろうと席を立つ。


「あ、もうひとつ」


 レイルズは、腰を浮かしたマリアに問う。


「口減らし……その対象はどうやって決めるのです?」


 マリアは言い淀んだが、レイルズに見つめられて、答える。


「祈祷で……ディバラ様が」

「なるほど……わかりました。ありがとうございます」


 レイルズがエドゥール家を出た時、集まっていた村人たちが、ぞろぞろと解散する。


「ジャン、彼らはどうだった?」

「嫌な感じですよ。ずっと、ジロジロと見て、コソコソとして」


 レイルズは苦笑し、礼拝堂を指さす。


「次は、あそこだ。祈祷師に会う」

「承知しました」


 二人は馬を曳いて歩き、古めかしい石造りの建物へと向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ