山へ返す
その建物へと二人が近づいた時、一人の男が彼らの前に立ちはだかった。長身で、たくましい体躯の男は、レイルズを睨みつけて威圧的な声を出す。
「おい、余所者がディバラ様に何の用だ?」
レイルズが答えようとするも、彼の威嚇にあわせて続々と人が集まり始めた。
「半年前に派遣医が死亡しただろう? その件で話を聞きたいだけだ」
「あ? 半年前のことを何で今更?」
男が言った直後、建物のドアが開き、長身の男が姿を現す。
村人たちは、慌てて腰を折り頭を低くするなかで、レイルズとジャンだけが立っていた。
「私が、ディバラ・ラゼルです。どうぞ」
低い声を発した男は、白い肌に黒い長髪で、その姿はどこか不健康な印象をレイルズに与えた。陽に当たらない生活をしているのだろうか。そう思いながら、レイルズは馬をジャンに預ける。
ジャンが手綱を預かり、二頭を建物の前に並べると、自らは村人たちと馬たちの間に立った。
レイルズは、助手の安全のためにも、村人たちに言う。
「話を聞かせていただくだけだ。終わったら、引き上げる」
彼の発言に、ディバラも声を発した。
「安心してください。彼らは、国家の役人です。お役目で来ているだけです」
村人たちが、ぞろぞろと解散するのを見て、ジャンの顔から緊張が薄れた。
「レイルズ卿、どうぞ」
ディバラに誘われ、レイルズが建物の内部へと入る。まず大勢が礼拝をする室があり、ディバラに続いて隣室に入ると、そこは応接用であるとわかった。
レイルズは勧められるがまま、長椅子の中央に腰掛け、ディバラはその対面に座る。
「外の様子が、聞こえてきました。なるべく急いでドアを開けたつもりでしたが、ご不快をお感じであられたらご容赦を」
ディバラの言葉に、レイルズは首を左右に振った。
「いえ、邪魔者なのは理解しておりますので」
「医師……トーマス・エドゥール氏の事故のことで参ったので?」
「ええ……誤魔化したところでわかることですので申しあげますが、実は生前の彼から私に手紙が届いておりましてね……」
レイルズは、マリアからの手紙を隠すと決めて、夫の手紙がここへ来た理由であると伝える。
「彼の手紙によると、この村では殺人が当たり前のように行われていると……彼の妻、マリアどのに手紙のことを先ほど確認したところ、トーマス氏の字で間違いないことと、その殺人というのは口減らしのことではないかということで……ディバラ殿にも話を聞きたいと思ったのですよ」
「なるほど……たしかに、トーマス氏は私に相談をしてきました。口減らしという名の殺人を止められないかと……」
「それで、貴方はなんと?」
「レイルズ卿、この村で私に決定権があるとお思いですか?」
問いに問いを返された騎士は、少し考えてから答える。
「あるようで、ないと?」
レイルズも問いを返し、ディバラは瞼を閉じて小さく頷く。そして、窓へと視線を転じて立ち上がると、カーテンを閉めた。窓の向こうには、数人の村人たちがこちらを見ていると、レイルズにも視認できていた。
「私は祈祷師という役割を演じているにすぎません……」
ディバラは言い、再びレイルズの対面に着席する。
「山々の精霊が選んだ。村の者たちは、そう信じることができる。私を通すことでね。それゆえ、この村では山返しと呼びます」
「……山返し?」
「ええ。トーマス氏はこれを、口減らしと呼びました。けれど、この村ではずっと長く、山へ返すものとして続けてきたのです」
「なるほど……では、仮に保安官の俺が、それを禁止し、違反したら罰するとした場合、どうなると思いますか?」
「おそらく、村人たちは反発するでしょうね」
「……では、それをトーマス氏が村の人たちに口減らしをやめるように働きかけた結果、崖の上から突き落とされたという可能性があるという理解を、俺がしても問題なさそうですね?」
「……かなり回りくどい言い方をされておられるが、レイルズ卿は村の誰かが、トーマス氏を殺したとお考えですか?」
レイルズは苦笑とともに頷き、ディバラの反応を待つ。
「なるほど……ですが、それはレイルズ卿のご想像でしょう?」
「たしかに……疑いから入るのが、職務ですのでご容赦を。ディバラ殿は今、トーマス氏が、仮に口減らしのことを村人と話をするならば、誰を思い描きますか?」
「……まずは、私ですな」
祈祷師はそう言い、無表情で続ける。
「しかし、私は無理だとお答えをした……次は、村長のエミル……それから、皆から一目置かれているグレン……しかしレイルズ卿、ひとつよろしいですか?」
レイルズは、何だろうという表情のまま頷いた。
「トーマス氏が手紙を出して、半年もたってからここに来たのはどうしてです?」
レイルズは、お前が怠慢なのだろうと言われていると理解したが、反論したところで泥沼にはまると思い、認めることにした。
「お恥ずかしい……日々の業務に追われて、時間が取れたのがようやく今ということです」
「……たしか、トーマス氏の死亡を公爵府へと申し立てた時も、そのまま事故として処理されたはずです……村の……誰だったかな? ロイドが手続きをするために、公爵府があるリュゼに行き、その後に村の皆に報告をしたので、間違いがないはずだ」
レイルズは頷き、相手の言い分を認めたうえで考えを述べる。
「ディバラ殿、とはいえ、仕事が遅い私にも責任があることですから、今更ですが、調べようと思いますよ」
「仮に、村の者がトーマス氏を崖の上から突き落としていたとして、貴方はどうなさるのです? 証拠も何も、もうないでしょう?」
「ま、それはこれから考えます」
レイルズは言い、席を立つ。
「失礼しました。調査は明日もします。崖の上、行ってきますよ」
「……どうぞ。止める理由はありません」
レイルズは、ディバラの前を辞して建物を出る。
「ジャン、野営だ。明日は、崖の上に行こう」
助手に声をかけると、彼は頷く。
「少尉、寒いのに野営ですか?」
「……俺たちは軍人だろ?」
「……冬の野営は、したくないんですよねぇ」
レイルズは助手の嘆きに笑みを返し、「行くぞ」と言って馬上となった。
-Sir Rhaels Radcliffe-
村の外れで、野営の準備を二人がしていると、大柄な男と、背が高く瘦せ型の男が、左手にたいまつ、右手に鎌を持って近づいてきた。
「何か用か?」
ジャンの問いに、二人は肩をいからせて歩きながら応える。
「村の近くで何をしとんじゃ!」
「出て行け! ディバラ様に何用じゃ!」
レイルズが天幕を張るロープから手を離し、ジャンの前に立つ。
「野営をするだけだ」
「余所者はどっか行け!」
大柄な男が怒鳴った時、彼らの後方にはぞろぞろとたいまつの灯りが増えていく。村人たちが……いや、男たちが総出で来たとレイルズには見えた。そして、このことから、村人たちはレイルズたちに、医師の件であれこれと探られるのを嫌がっているのだろうと理解できる。
レイルズは腰の剣を抜いた動作と同時に、滑るように前進し剣を内から外へと一閃していた。
大柄な男は、右手に持っていたはずの鎌が、柄のところで切断されて刃の部分が地面に落ちるのを見て、腰を抜かす。
「ひ!」
ひょろりとした男は、動けなくなり、ただレイルズを見て口をぱくぱくとさせた。
「俺は調査に来ただけだ。だが、武器を向けるなら話は変わる。頼むから、俺に殺しをさせないでくれ」
レイルズの警告は、いささか大げさだとジャンには思えたが、実力を見せつけてからの発言には真実味がある。
村人たちは口々に、言い訳を述べ始めた。
「ゆるしてくれ。難癖つけられるんじゃないかと思うてな」
「んだ、んだ。今更、あの医師絡みいうんは納得いかんでな」
「勝手に来て、勝手におらたちのやることにいちゃもんつけておった」
「勝手に死なれて、こっちも迷惑しとんだ」
レイルズは、ジャンに作業を続けろと伝えて、男たちへと歩み寄る。彼が剣を鞘におさめたことで、村人たちの顔から恐怖が薄れた。
腰を抜かした大柄な男を、レイルズは立たせてやりながら口を開いた。
「この中に、グレンはいるか?」
「俺だ」
大柄な男が、レイルズを見ていた。
「ロイドは?」
レイルズが続けて問うと、後方で群れる男たちの中から、一人が進み出る。まだ若く、栗色の髪が特徴的だ。
「村長へは、改めて明日、話をきかせてもらうが、お前たちは残ってもらおう」
レイルズは相手に選択肢を与えず、天幕のほうへ誘うように顎をしゃくる。
圧倒的な差を見せつけられたグレンは素直に従い、彼を見てロイドも倣った。
グレンが、ひょろりと背の高い男に言う。
「俺とロイドは、この人と話をする。お前は村長のとこん行って、明日、話があるちゅうて伝えておけ。それから、皆を帰せ」
「わかった」
レイルズは、グレンという男はやはり皆の束ね役なのだと思えた。
すでに火がついている焚火へと、二人を誘ったレイルズは持参したシングルモルトの瓶を荷から取り出す。イブリン・ザ・セリーンの十年物で、彼が愛飲している銘柄だ。
天幕を張るジャンが、苦労していると見てロイドが手を貸す。
「すまない」
ジャンが言い、ロイドが首を左右に振った。
焚火のそばに座ったレイルズが、杯をグレンに差し出す。無言でそれを受け取ったグレンは、注がれた酒をひとくち飲み、目を輝かせる。
「うまいだろ?」
「うまい……いや、うちのホリルカも美味いが、これはまたうまぁの」
「ホリルカ?」
「寒さ凌ぎに、この村ではよく作るんじゃ。香草を蒸留酒に漬け込む。うまぁど」
「……調査の結果、何事もなけりゃ、飲ませてもらいたいね」
「調査? ディバラ様を捕まえに来たんじゃないんけ?」
レイルズは、今回の襲撃は誤解が理由だとわかって苦笑する。
「ちがう。彼を捕まえてどうする? 仮に、彼がトーマス氏を殺害したというのなら話は別だが?」
「ちがう……医者……トーマスの旦那は事故じゃった」
「その調査をしている。間違いなく事故であったとわかれば、引き上げる」
「……本当に、問答無用でディバラ様を連れて行くことはせんな?」
「当たり前だ。それに、昼間も言っただろ? 話をしに来ただけだと」
「……わかった。信じてええな?」
レイルズは頷き、外套の内ポケットから手紙を取り出す。そして、トーマスの手紙だけをグレンに読ませようと差し出したが、彼は苦笑する。
「字を読めねぇ。ロイド!」
天幕を張る作業を手伝っていた若者が、グレンに呼ばれてレイルズとグレンの間に座った。
レイルズが手紙を差し出し、ロイドが受け取り声に出して読む。
読み終わった時、グレンがシングルモルトを飲み、ため息交じりに言葉を吐き出す。
「ったく……だから嫌だったんだ。余所者をいれるのは」
「事実なのか? 人を殺すって書いてあるところは」
「事実……かどうか。難しい話はわからねぇが、この村じゃ山返しは当たり前のことでさぁ……厳しい冬を越すには、山に許してもらわにゃならん。山が選んだ者を、山に送り出す……これはしょうがないことじゃから」
山返し?
この村では、口減らしのことを山返しと呼んでいるのか。
「トーマス氏が、これを騒ぎ始めて、お前らは困ったから崖の上から突き落としたんじゃないのか?」
レイルズの問いに、ロイドがビクっとしたがグレンは苦笑で応じる。
「騎士様にゃわかんねぇだろうが、生きていくのは大変なんじゃ。そりゃ、リュゼやら他所の都市におれば、山返しなんぞせんでもええだろうがよ……この村で生きるには、仕方なぁことよ」
「しかし、毎年一人を差し出せば、村人は誰もいなくなるだろう?」
レイルズが問うた時、天幕を張り終えたジャンが、杯を手に焚火の輪へ加わった。彼は自分の杯を手にしていて、レイルズの許可なくシングルモルトをそれに注いだ。
「おい、注ぎすぎ」
レイルズの注意に、「天幕作業は大変でしたよ」と答えながらジャンが酒を飲んだ。
レイルズがグレンにした質問に、答えたのはロイドだった。
「毎年、ってわけじゃないのです。厳しい冬になりそうな年……去年はそうでしたし、おととしも」
「……たしかに、寒波がひどかったな」
「ええ、今年も……このままだとお返ししないといけないかもしれません」
ロイドは、そう言うと口を閉じて視線を落とした。
グレンが空となった杯をレイルズに返し、ロイドに目配せをする。
「じゃ、夜じゃし引き上げる。騎士様、ご無礼しました」
「頼むから、邪魔はするな」
「……おとなしゅうするよう、皆に言うときますが……でも俺らは皆、迷惑しとる側じゃ。そこんところ、頼んますわ」
グレンはそう言い、ロイドを連れて去っていく。
「ジャン、どう思う?」
二人が去った後、レイルズの問いに助手は頷く。
「あいつには、嘘はないように思います」
「マリア・エドゥールと、ディバラ・ラゼルの話を教えておく」
レイルズは、サラミをナイフで削り口に運びながら、二人との会話をジャンに話した。
「口減らしのことを、山返しですか……罪悪感が薄れた絶妙な呼称ですね」
「たしかにな……これまでのなかで、嘘を話す奴はいないと感じたが、ディバラはどうも単純にはいかない相手だ。話せないことは話さないという印象だ」
「……トーマス氏、本当にただの事故の可能性もありますよね?」
レイルズは、シングルモルトを舐めるように飲み、焚火を見つめながら言う。
「ああ。だけど、限りなく確率は低いと思うようになった」
「どうしてです?」
「見てみろ」
レイルズは、前方……村の方向を指さす。
焚火が届かない先は、暗闇に支配されている。そして森は静寂に包まれ、二人の会話がなくなれば、音が消えた世界になるだろう。
ジャンは、レイルズを見る。
「一人で……出歩くわけがないと?」
「崖の上に、夜中に……用もないのに行くわけがない。そうだろ?」
レイルズは、漆黒の空間を見つめていた。




