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騎士レイルズ・ラドクリフは推理する  作者: ビーグル犬のぽん太
序章 騎士レイルズ・ラドクリフと古城の事件
2/4

やまない雨はなかった

 シェスター教授は研究室に置いていた本をすべて、来客室に運び入れていた。そして、彼女の肩にはシロフクロウがとまっていて、足元には茶黒と白の毛並みが可愛いロイがいる。ロイは教授の手伝いをしているつもりらしいけど、邪魔にしかなっていないような気がした。


「ロイ、おいで」


 声をかけると、ロイはしっぽを左右にふってわたしへと駆け寄ってくる。


「助かるよ。作業が進まなくて」


 教授は本をひとつづつ、来客室の卓上へと積み上げているけど、それには順番というか、決まり事があるらしく、本のタイトルを確認しながらの作業だ。


「少尉に、教授と一緒にいるようにと言われました」

「ああ、そういう組み合わせね?」

「そういう?」

「きれいに、二人一組にわかれる」

「ああ……」

「ところで、親子の関係に関わろうという気はないのだけど、疑問は解決したい質なので教えてほしい」

「……なんでしょう?」

「御父上とは関係がよくなったのかな?」

「……わたしが悲しそうにしていないからですか?」

「そう」


 わたしはロイを抱っこして、ソファに腰掛ける。彼にほっぺを舐められながら、思うところを口にした。


「悲しい……のは悲しいのですけど、これからどうすればいいのかという不安のほうが大きくて……なんですけど、そういうのもなんだか麻痺していて……でも、父のことは好きじゃありません……母が元気だった頃はまた違いましたけど」

「嫌な質問をして悪かったね? わたしは性格がよくないので……他人を不快にさせてしまうことをよく口にする」

「いえ、教授はいい人です」

「いい人……それはどうだろう?」

「だって、梟の怪我を治療して、面倒みてます」

「対象が梟だからだよ……ま、君も大人になったら、わたしがいい人じゃないってことは理解できるだろうね」

「……わたしはもう大人です」

「十五歳は、まだ子供だと思うよ」

「……大人扱いされたり、子供扱いされたり……困ります」


 ロイがそこで、わたしに抱っこされたままうとうとと始めた。


 わたしは彼にほおずりをして、ソファで一緒に横になる。


 いろいろありすぎて……疲れた。




 -Sir Rhaels Radcliffe-




 三日目の朝。


 わたしはいい加減、晴れた空を見たいと思った。


 部屋から出て、狭間から外を眺めると雨というより水飛沫の滝という状況にうんざりとする。天上の主神オルヒディンは、バケツをひっくり返してしまったに違いない。その水が今、地上のわたしたちへと襲いかかってきているのだろう。


 ラドクリフ少尉は、クロフォードさんと父の部屋を調査しているみたいだった。わたしは自室へと一度もどり、下着を着替えた。シェスター教授も「通いだったから着替えが困る」「泊りの時の着替えが数着あって助かったけど、雨が続くなら着っぱなしは嫌だな」と言っていた。最悪、わたしのを貸してあげればと思ったけど、子供っぽいと笑われたら嫌だと思った……やめておこう。


 自室から出ると、父の部屋から出てきたクロフォードさんもちょうど通路に出たところだった。


「おはようございます」

「あ、おはよう。御父上の部屋、調べさせてもらっているから……申し訳ないね」

「いえ」


 ここで、父の部屋からラドクリフ少尉の声が聞こえる。


「ジュリア? いるなら入ってもらえないか?」

「あ、はい」


 なんだろう? というか、父の遺体は少尉が魔法で氷漬けにしているので、あんまり入りたくないんだけど……。


 中に入ると、父が刺されたままの状態で寝台に寝ている。そして、寝台の奥の書棚に並ぶ本を調べていた少尉が、肩越しにわたしを見た。


「君は、この書棚の本を読んだことはあるかい?」

「いえ……どうしてですか?」

「いや、それならいいんだ」


 おかしなことを訊く。


 父から、この部屋で書棚に触れるなときつく言われていた。ミモザも、部屋の奥……寝台と書棚、肘掛椅子のあたりには近づかないようにと厳命されていたし……何かあったのだろうか?


 ラドクリフ少尉は、一冊の本を手に持って執務机へと近づく。


 わたしは自然と、その本を目で追った。


 日記帳だ。


 ラドクリフ少尉が、執務椅子に腰かけて卓上に日記を置く。そして、わたしを見て口を開いた。


「御父上が日記をつけていたこと、知っていたかな?」

「いえ……」

「読んだこともない?」

「ない……です」

「故人の秘密を知ることになるかもしれないけど、調査のために、読ませてもらってもいいかな?」

「……逃げた犯人と日記は関係ないように思いますけど……父も日記を他人に読まれたくないと思いますが?」

「そうか……そうだな」

「あの、少尉? 父の部屋を調査するより、逃げた犯人の痕跡を探したほうがいいんじゃないですか?」


 わたしは気分を害していて、そのままの気持ちで口調が強くなってしまった。


 ラドクリフ少尉は少し微笑むと、日記を執務机の引き出しへとしまって椅子から腰を浮かす。


「そうだな……何かあるかなと思ったんだけどね」


 ラドクリフ少尉は、わたしを置いて部屋から出た。背後で、クロフォードさんが「支部への連絡、どうしましょう? 定期報告もできません」と少尉に話しかけていた。


 日記……気になる。


 父は、日記に何を書いていたのだろう?


 肩越しに、ドアを見た。


 鍵は開けられたまま……鍵をかけて、引き出しを開けて読めば……ダメだ。


 ダメ……。


 執務机の上……から視線を動かせない。拳大の球体……父が愛用していた文鎮だ。そして、その横にはペン立て……メモ帳、インク瓶……椅子……少しずつ机から目をそらしていく。


 深呼吸をして、自制をした。


 外へ出ようと、ドアを開ける。


 すると、ラドクリフ少尉とクロフォードさんが通路の狭間から外を眺めて会話していた。


「支部に連絡いれようにも、どうしようもない」

「この雨じゃ、無理でしょうね」

「お前、泳いでいけるか?」

「泳げません」


 わたしは会釈をして、二人とすれ違いシェスター教授がいる部屋へと向かう。


 日記……。


 父は、何を書いていたんだろう?




 -Sir Rhaels Radcliffe-




 夜。


 わたしが自室で着替えていると、外が騒がしい。様子をうかがっていると、通路から叫び声が聞こえてきた。


「ミモザ! ミモザァ!」


 エリックの声だ。


 着替えを終えてドアを開けると、父の部屋のドアが開けられていて、中でエリックが叫んでいるとわかった。


 そこに、通路の向こう側からゴードン先生とクロフォードさんが駆けつけてきた。そして、父の部屋へと入っていく。わたしも自然と父の部屋へと入った。そこにはラドクリフ少尉がすでにいて、倒れているミモザに近づこうとするエリックさんを止めている。


 ミモザが……父の部屋で。


 動きをとめたわたしの前で、エリックさんが何度もミモザの名前を呼んでいる。いや、叫んでいる。


「ダメだ」


 ゴードン先生が、諦めたように言った。


「頭蓋が割られて……ひどい」


 先生の言葉で、わたしは数歩、よろめいて通路の壁に背を預けた。


 ナタリーがいつの間にか来ていて、その肩にシェスター教授が手をおいて「動かないように」と制している。


 わたしは自然と、ナタリーと目があう。


「ナタリー……」

「ジュリア……」


 わたし達は、お互いに手を伸ばして近づくと、抱き合って泣いた。




 -Sir Rhaels Radcliffe-




 夜。


 午前一時過ぎ。


 会議室……今は食堂扱いのこの部屋に、全員が集まる。


 ラドクリフ少尉が全員に質問をして、クロフォードさんがそれを記していた。


「先生は、午前零時過ぎは娘さんと医務室に?」

「そう。クロフォードに叩き起こされるまで寝てた」

「ナタリーもそれでいいね?」

「はい……ひっひっ……ひどい……ひどいよ」


 ナタリーは泣き始め、先生に抱きしめられる。


「ジュリアは?」

「……寝汗をかいたので、シェスター教授に声をかけて自室に着替えをしに入りました……けど、時間は見ていません」

「うん……では、隣の部屋から声は聞こえなかった? 誰かとミモザが会話をしていたとか」

「ないです……ていうか、ミモザは誰かと会話をしていたの?」


 ラドクリフ少尉はそこで、一同を順に眺めて口を開いた。


「ミモザは正面から、殴られていた。腕で庇ったりしておらず、突然のことだったらしく、無防備で殴打を受けた……管理官の文鎮が凶器だ」


 部屋の隅で、両膝を抱えるように座っていたエリックが顔をあげる。


「お前が早く犯人を捕まえないから! こんなことになるんだろうが! え?!」


 そうだ。


 たしかに、エリックの言うとおりだ……。


 でも、ラドクリフ少尉は意に介さず、わたしへの質問を続ける。


「悲鳴は? 物音とか?」

「わかりません……着替えていたら通路が騒々しいと思い、エリックの叫び声を聞いて……」

「そうか。スピネア先生は?」

「ジュリアが着替えに出ていったのは知ってるよ。彼女は寝てもうなされていたから、寝汗をかくのも仕方ないと思ったし――」


 うなされて? 無自覚だ。


 おかしなことを言ったりしてないだろうか?


「――わたしはわたしで忙しくて、論文がはかどっていたから、部屋にいたら騒ぎで邪魔されて……通路に出た」

「いいでしょう……俺とクロフォードも部屋にいて、騒がしいと気づいて外に出て、管理官室に向かった……エリック!」

「なんだぁ?」

「お前はどうして、管理官の部屋に行った?」


 エリックは勢いをつけて立ち上がり、肩をいからせて歩くとラドクリフ少尉の胸ぐらをつかんだ。


「かみさんが便所から帰ってこねぇから、様子を見に出たら管理官の部屋のドアが開いていた」

「そこで見たんだな?」

「ああ……ミモザはまだ生きてた」

「……エリック」

「ミモザはまだ生きてた。俺に助けを求めるように、必死に口を動かしていた! 俺は……俺はぁああああああ!」


 エリックが、ラドクリフ少尉の顔を殴った。


「きゃぁああああ!」


 ナタリーの悲鳴。


 エリックは、再び少尉を殴る。


 ラドクリフ少尉は抵抗せず、反撃もしない。ただ殴られただけだ。


 クロフォードさんが、二人を引きはがす。


「エリック、落ち着いて! 落ち着いて!」

「目の前で死なれたんだ! 目の前でだぞ! 戦争で何度も見てきたことなのに! 戦争で何度も見てきたことなんだ! でもかみさんがそうなるなんて! 神様! ああああああ! ふざけるな! 俺はお前に祈り続けたじゃねぇか! 俺は――」


 クロフォードさんと、彼に協力したゴードン先生の二人が、エリックさんを羽交い絞めにして部屋から連れ出す。


 シェスター教授が、ラドクリフ少尉に近づいた。


「口、開けてみな」


 少尉の口の中を覗いた教授は、「歯は大丈夫、鼻血が出てるだけだな?」と言う。


「ああ……問題ない」

「少ししたら腫れてくるだろうが、よかったじゃないか? イケメンになれる」

「……うるさい」


 ラドクリフさんはそう言うと、ナタリーを見た。


「ゴードン先生には、エリックが落ち着くまで一緒にいてもらおうと思う。すまないが、今夜はスピネア先生のところに、ジュリアと一緒にいてくれるか?」

「は……はい、わかりました」


 わたしとナタリーは、シェスター教授に促されて会議室を出る。


 おびえる友人を、励ますようにその背中をさすった。


「ありがと……ジュリア」

「ううん」


 通路を歩いていると、狭間から外の音が聞こえてくる。それは豪雨の騒音で、ざぁざぁと変化のない律音的なものでうんざりとした。


 早く、止んでほしい。


 父の葬儀を済ませて……保険金で生活を整えて……大丈夫だろうか?




 -Sir Rhaels Radcliffe-




 四日目の夕方。


 ようやく雨があがった。


 狭間からのぞく空は、重たい雲がまだ支配しているようだけど、切れ目からは美しい陽光が零れ落ちてきている。


 空を見たい。


 わたしは塔にあがりたくなったけど、少尉が鍵をかけていたことを思い出した。


 保安組が使う部屋のドアをノックしても返事がなく、どこだろうと思うと二人は管理官室にいた。


 まだ調べてるの?


 何も、出てこなかったのに。


 その部屋には、もう何も残っていないというのに。


「あの……少尉?」

「ちょうどよかった。俺も君に用があったんだ」


 ラドクリフ少尉がそう言い、クロフォードさんが室内に招き入れてくれた。


 部屋へと入ると、クロフォードさんがドアを開けたままにして立つ。


 わたしは、書棚の前に立つラドクリフ少尉へと歩み寄りながら口を開いた。


「日記を読みたいのですか?」

「いや、そうじゃない。見ていて」


 彼は、わたしの前で書棚に手をあてると、押した。


 床がすれる音とともに、書棚が回転扉の役目を果たす。


 通じているのは、わたしの部屋だ。


 わたしは、動かない。


「これに気づいて、ようやく理解できた。どうして君が、御父上を殺さなくてはいけなかったのか……本当の事情は想像を超えているかもしれないけれど、君は御父上を激しく恨んでいたね? 性被害を受けていたから」

「……」

「あの日、君はブランデーを運んだ時、隠し持っていた短刀で御父上を刺した。そして窓を開けて、瓶を叩き割った」

「……」

「それから、ミモザを呼んで、俺に知らせるように言った。そうだね?」

「……」

「俺は、どうして君が御父上を殺害したのか、まったくわからなかった。でも、日記があることを知った時の君の反応で、なんとなく感づいた。」

「変な……顔でしたか?」

「とても」

「……」

「でも、確証がなかった。ここで俺もミスをした。日記を引き出しにいれておけば、君は確認しようとするだろうと思っていた。だけど、君は読まずに部屋を出てきた」

「外で……わざと待っていたんですね?」

「ああ、その後、日記を回収した。中は読んでいない……故人と君の意思を尊重して……だけど、もし日記にそれに関して書かれていたら、君の量刑を減刑するのに役立つだろう」

「読みたくありません」

「……君は昨夜、自室に着替えに戻るフリをして、書棚を使って御父上の部屋に入った。そこで、ミモザとバッタリ……いや……引き出しを開けていたところを、ドアを開けて入ってきたミモザに見られた」

「……あの人、なんで入ってきたのかな? 少尉はどうしてだと思います?」

「昨夜、ミモザはミモザで困っていたんだ。逃げる場所を求めて、管理官室に入った……誰にも知られたくない、見られたくない……部屋には戻りたくない……あそこになら、一人でしばらくいてもいいだろう……ところが、君がいた」

「……知られたくない?」

「ミモザは、エリックに乱暴なことをされていたのさ……昨夜、白状させた。これを俺たちに知られると、エリックは犯罪者だ……ミモザは夫に乱暴なことをされていたけど、犯罪者にはしたくなかった」

「バカみたい」

「だけど、彼女にとっては切実だ。いつもなら、会議室や来客室は空いていたけど、なんと今は満室だ……一階には、もしかしたら犯人がいるかもしれないという恐れ……逃げる場所は、管理官室しかなかったんだよ、彼女にはね」


 ラドクリフ少尉はそこで、煙草をくわえて指先に火を灯す。


 わたしは、いつの間にか通路にシェスター教授が立っていることに気づいた。


 わたしの……秘密に気づいたのは、教授?


 うなされて……いたのを教授は聞いた。わたしが、何でうなされていたのかを聞き、それを少尉に伝えた……。


 ラドクリフ少尉は、煙と言葉を吐き出す。


「御父上の部屋で、引き出しを開けて……何もないから部屋の中を探しまわっていた君をミモザは見た。君は、御父上の部屋にいるところを見られたということが、俺たちに知られるとマズイと思う……そうだろうね? 何をしてたの? と俺は当然、質問攻めをする」

「……」

「君は咄嗟に、何かの言い訳をしながら彼女へと近づき、文鎮を持ち、殴った」

「……」

「一発目、彼女は倒れた。一発で彼女は致命傷を受けていたけど、君はもう一度、殴った」

「……」


 そして、逃げた。


 わたしは、逃げた。


 書棚から、自室へと戻り、血がついた服を脱いで……着替えを終えてから、エリックの声が聞こえ始めて、外に出た。


 わたしは、どうしても聞きたいことがある。


「ラドクリフ少尉……父を殺したのがわたしって、いつから疑っていたの?」

「最初」

「窓から犯人が逃げたと思わなかった?」

「……この豪雨の中、管理棟にどうやって来た? 犯人は外から来て、出ていったんじゃない。初めから中にいた……そして、留まった。気づいたのは、ブランデーの瓶が割れていたからだ」

「……何がおかしいの?」

「瓶は意外と丈夫でね……君が胸のあたりから落っことしたくらいだと割れなかっただろう。なにせ、長旅をして運ばれることに耐える瓶だから……強い衝撃……偽装のために割ったのだろうと思った」

「……そこで、わたしを捕まえればミモザは死ななかったのに!」


 苛立ったわたしの言葉に、ラドクリフ少尉は無表情で口を開く。


「ああ……失敗だと言ったのは、この件だよ」

「……」

「雨があがった。支部へ連絡をいれる。君は逮捕だ」

「……死刑になる?」

「父殺しは罪が重い……が、事情を考慮してもらえるだろう」

「ふふ……両親を殺していても、助かるの?」

「なに?」

「父とのことを知った母に、罵倒されて、殴られて、殺されそうになったから、わたしが母を殺した……父はそれを隠した……わたしが欲しかったから」

「……逮捕する。両手を」

「どうぞ……少尉さん」


 わたしは、両手をラドクリフ少尉に差し出した。

第一章

騎士レイルズ・ラドクリフと古城の事件 おわり

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