14話 -異世界参上-
異世界に降り立った九十九 正義が一番最初に感じ取ったのは月光が照らす深い闇だった。
「これが異世界………?真っ暗過ぎて景色が見えない。普通異世界転生するときって昼間だよな。あのアヒル野郎、こんな街灯も無いところの夜にワープさせるなんて何考えてるんだ?」
大きな緑色のオークが顎に手を当てて首をひねる。
「手が太い」
なぜかうつ伏せ状態のオークが両手をついて立ち上がろうとしたその時。
ラベンダーの香り。
「こ、これ、これは、まさか」
鼻先を地面にゆっくりと降ろしていくと「ふにょん」と柔らかさに包まれた。
「はうわぁ!また、またしてもラッキーふにょんチャンスだ!」
ふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょんふにょん。
ただひたすらに夢中で、顔全体で「ふにょん」を味わう。
幸福。
九十九はいま間違いなく幸福の真っただ中にいた。
ずっとストレスを感じていた。自分に、他人に、そして世の中に、ずっと最悪な人生だと思っていた。それなのにここに来て、その埋め合わせをするかのように立て続けにやってきた幸福。
「前とは違う、全然違う」
重きり深呼吸をしてラベンダーの香りを吸い込んだ後で、ソムリエのような顔をした九十九が言う。
「前よりも香りがもっと多層的だ。ただ甘いだけではない。ラベンダーの中に微かなラズベリーを思わせる酸味」
更に吸い込む。
「そして僅かに感じる塩の香りがより一層甘さを引き立てている。美味。実に美味だ、すばらしい!すんばらしいぞーーーー!!」
叫びながらもう一度「ふにょん」を満喫しようとした顔が全く違う感触によって遮られた。
「あれ?」
「あれ?じゃないでしょ」
暗闇の中にうっすらと光る七色の瞳が突き刺さる。
「なんであんたはいっつもいっつも私のお尻に顔をうずめてるの?まじで信じらんないんだけど!わざとだよね!!!?」
「違うんだ小袖、聞いてくれ」
「いいからそこをどけーーーー!!!」
「はい!」
すぐさま立ち上がって土下座する。
「もう九十九の土下座なんか見飽きたから何の効果も無い!何回も何回も同じことやって!もう本当に殺さないと気が済まない!」
「わざとじゃないんだよ、たまたまなんだよ。目を覚ました時に顔の真ん前にいつも小袖の尻があるのは本当に偶然なんだよ。たまたまその時に俺が首の筋力を脱力させただけで、俺に罪は無いんだよ!」
「ばっかじゃないの!そんな言い訳が通じるとでも本気で思ってるなんて思ってないよね。ってか首は常に力をキープしておけ!脱力するな!」
サキュバスの赤い髪の毛がぶわっと逆立っている。
「それは無理なんだよ。目の前にあんなにすばらしいものがあったら男なら全員首の筋肉がゆるゆるになっちまうんだよ」
「そんなのあんただけだから!」
「いや小袖、それはマジで違うから」
真剣な表情。
「男ならホームラン王でもイケメン俳優でも星野源でも外側を捲ったら全員同じなんだよ。とにかく女体のことしか考えてない、それが男っていう生き物なんだよ、わかってくれよ」
「分かるわけないでしょそんなの!絶対違うし」
「俺はお前のために行ってるんだよ」
「急に何言ってるの?」
「男に幻想を抱きすぎて小袖が男で失敗しないために行ってるんだ。それはわかってくれ。遠くにある世界平和を願うよりも近くにある女体に吸い付くことを願う、それが男なんだよ」
「ねえ、まじでキモいんだけど」
「キモいとかじゃなくてこれ真実なんだよ」
「今はそんなことどうでもいい。いちいち話逸らさないでよ。私は怒ってるのになんでそんな話になってるの!異世界に来るのなんてものすごくドキドキすることのはずなのに、最初の感想とか嬉しさとか不安とかそういうのが全部わかんなかった。私には異世界に来た最初の感想が無いんだよ!ねえ、どうしてくれるのさ!」
「そんなに言うなら蹴ってくれ。今の俺にできるのはそれくらいだ、何も分からない異世界で喧嘩別れするのは本当にマズい。だから俺のことを好きなだけ蹴ってくれ、それでどうにか許してくれないか?」
土下座したまま美しすぎるサキュバスに向かって巨体のオークが懇願している。
「そんなに蹴ってほしいなら蹴ってあげるわよ!ほら!ほら!ほら!」
脇腹、尻、頭。
小袖の踵が緑色の体にドカドカ音を立てながら降り注ぐ。
「うっ!うっ!うっ!キツイ、これはキツイ!」
「ほんっと馬鹿で醜い男。私はまだ全然本気じゃないよ!これからもっともっと本気で蹴るから!」
「うわっ!キツイ、あーなんてきつい蹴りだ。これはなかなか耐えられない」
「そうでしょそうでしょ、ほらほらほら!」
ドクロの形をした銀色の大きな月が、どこか楽しそうな二人を見下ろしていた。




