危篤の床
病室の前には、体格の良いスーツ姿の男が2人立っていた。
「こちらです。」
飯塚弁護士に案内されて、みのりと僕はダニエルを連れて、病室の中へと招き入れられた。
酸素吸入のマスクを着けて、井沼章象は眠って居た。
傍に付き添って居た初老の男性が立ち上がり、僕達に握手をしてきた。
「私、井沼の秘書を務めております若林と申します。」
丁寧な紹介を受け、僕達も身を引き締まらせて答えて居た。
「僕は白鳥ユウトと申します。 これが妹のみのりと言います。」
どこの誰と言う訳でも無い僕達だったから、名前を名乗るしか言いようが無かった。
「存じ上げています。 どうぞお座りください。」
若林さんにそう言われ、広い個室にあるソファーセットに僕達は腰かけた。
(ごめんねダニエル、退屈でしょ?)
みのりは病室の中をきょろきょろと見回していたダニエルに、そう伝えた。
(minoriのおじいさんなんでしょ? 待ってるから気にしないで。)
ダニエルはそう伝えて来た。
(お話し終わったら帰るから、ごめんね。)
会う為だけに来た積もりだったみのりは、そう彼に伝えた。
若林さんが言うには、血縁だと知る前から井沼章象は、僕に資金援助をしようと考えていたらしい。
それは可能性を見たからだと言う。
この世の中が変わっていく様子を、井沼章象が見たかったからだとも言った。
「当初援助しようとしていた金額は100億でした。」 秘書の若林さんはそう呟いた。
「・・・!」
僕もみのりも言葉に詰まり、絶句していた。 なんと返事をしたら良いのかが分からなかった。
「お聞きする所では、白鳥さんは難病治療の病院を作ろうとしていらっしゃるようで。 これはその計画の一部にでもお使い頂けたら幸いです。」
彼はスーツの懐から封筒を取り出した。
渡されて中の書類を目にして、僕はゼロの数字を数えるのに必死になっていた。
『千五百億円』 それが書類に書かれていた資金の全額だった。
「お葬式で会っただけの私達に、なぜなんですか? 理解できない。」
みのりはそう言うと、ソファーから立ち上がり井沼章象の横たわるベッドへと近づいた。
「どうして? 教えてください。」
意識の無い祖父に、みのりはそう囁いた。
みのりの右手が、茶色のガウチョパンツにそっと入れられたのに気付いて居た。
「おにいちゃん?」 と僕を振り向いてみのりはそう言った。
「良いよ。」僕はそう答えて居た。
僕自信もせめて一言だけでも、言葉を交わしたかった。
祖父だと言う、この天涯孤独の老人と話してみたかった。
突然病室の中に静電気が走ったような感覚を感じた。
「みのり、お前?」
僕は『特級珠』で魔力を使う時に感じる感覚に気付き、思わず声高にそう言っていた。
「あ、間違えちゃった、、」
舌を突き出して微笑みながら、妹はそう言った。
「若林! 若林!」
突然ベッドから老人は起き上がると、そう叫んだ。
どこから出て来るのかと思う程の声量で、とても危篤の老人の声とも思えない声だった。
「はい。こちらに。」
秘書の若林さんはいつの間にか老人の傍らに立っていた。
「みのりと優人に、あれは渡したか?」
井沼章象はそう秘書に尋ねていた。
「今ご説明をしていたところでございます。」 若林さんはそう答えた。
「みのり、頭を撫でて良いか?」
昭和の妖怪と呼ばれた老人は、目を細めながら妹にそう言った。
椅子を近くに寄せて座ったみのりの頭を、愛しそうに撫でる姿は、ただの老人にしか見えなかった。
「優人、こっちに来てくれんか? 目がな、悪くなってしまってな。」
老人にそう言われ、僕は傍らに近づいた。
「お前たちの事を知らんかったんじゃ。 あの白い花でな、死んだ妻が教えてくれたんじゃ、お前たちが孫だと言う事を。」
異世界の白い花。 あの花で僕らの存在を知ったのだと彼は言っていた。
「もう儂も長い事は無い。儂の血を引くお前たちがな、この世の中でどう振る舞っていくかをそっと見て居たかったんじゃ。」
老人は痩せ細った手で僕の手を握り締めて僕に言った。
「金などあの世にはもっては行けんからな。お前たちが活かしてくれ。」
老人はそう寂しそうに呟いた。
「おじいちゃん、、」
みのりは頭を撫でる老人の手をとって、そう呟いた。
「こんな儂をそう呼んでくれるか? 優しい子じゃな、みのりは。」
嬉しそうに目を細め、彼はそう言った。
「井沼さん。 いや、じいさん。こんな大金受け取れないよ。」
僕はみのりを撫でる老人の手を見て居たら、彼が僕らの祖父なのだと理解できていた。
「優人、お前銀行に2億程資金があるようじゃが、まだそれでは足らん。お前たちは希少じゃ。じゃから世界中から狙われる事になる。」
祖父はその細い目に鋭い眼光を放ちながら、僕にそう説いた。
「世の中を変えるんじゃ。儂はもう長く無い。生きて見守れる間、儂にお前たちの活躍を見せてくれ。」
祖父はそう僕に言った。
「じいさん。」
僕はそう呟いて、危篤の床に着いて居る祖父の、小さな身体を抱き締めていた。
「長生きするもんじゃな。孫に抱かれて居るわ、若林。」 と祖父は嬉しそうにそう言った。
「ご立派なお孫様で、私も嬉しゅう存じ上げます。」
ハンカチで目頭を押さえながら、若林さんはそう言った。
あの異世界の白い花。 死に別れた人に一度だけ逢える奇跡の花が、僕らを繋いでいた。




