死にかけた少女
タクシーから買って来た荷物を下ろし、部屋に戻った。
まだ午後4時40分だったから、異世界転移までは間があった。
僕はまるで内職をしてるかの様に、たた黙々とLEDライトをパッケージから出しては、ベルトポーチに詰めていた。
「おにいちゃん、タクシーの運転手さんがバッグ忘れてましたよって。」 と妹が、リアシートの足元に忘れて来たらしいディバックを持って来た。
「みのり、ちょっとこれを詰めなきゃいけなくて忙しいからさ。何か食べるもの無いかな?」
僕はLEDライトを詰め込みながら、妹に食べ物を頼んだ。
「了解っ。 何か作って来てあげるね!」
階段を駆け下りながら、みのりは嬉しそうに答えていた。
90本のLEDライトを、ジーンズショップで買った4つのベルトポーチに何とか詰め終えて、僕はベッドに寝転んだ。
スマホでタイマーを見ると『00:51:37』の表示、転移まであと50分程だった。
「おにいちゃん、またオニギリなんだけど良かった?」
何故か頬を赤らめながら、妹はお皿に乗せたオニギリを持って来てくれた。
「ありがとう、みのり。」 僕は朝から何も食べて居なかったので、ただの塩味のオニギリが、何より美味しく感じられた。
「美味しい? おにいちゃん。」 ブレザー姿のまま床に体育座りした妹は、上目使いで聞いてきた。
「みのりが作ってくれたんだから、美味しいにきまってるさ。」
僕は妹の頭を撫でながら、そう答えた。
「ところでさ、何で顔を赤らめてるのかな? みのりは」 と僕は聞いた。
「えっとね、、おにぎり作ってから気付いたんだけど、握る前にトイレ行ったのね、私。」
とみのりは小さな声で呟いた。
「手は洗ったでしょ?女の子なんだから。」と、おにぎりを食べながら僕は聞いた。
「えっとね、おにいちゃんに早く食べて欲しくて、、覚えてないの。」 と小さな小さな声で囁いた。
いくら目の中に入れても痛く無いほど愛しい妹とは言え、その言葉を聞いて涙が出そうになった。
でも、おにぎりを食べ続ける自分を、何だか漢だと感じていた。
異世界に行く前に、妹に伝えなければと大切な事を思い出した。
「みのり、このバッグの中にね、4500万円入ってるから引き出しに隠して置いてくれる?」
と、妹の淹れてくれたお茶を啜りながら、僕はそう頼んだ。
「え?今朝のあれ、そんなに大金になったの?」
みのりはバッグの中身を見ると僕の顔を見上げ、「こんなに入るかなあ、、」 と情けない顔で呟いた。
「あ、そう言えば私もおにいちゃんに渡したいモノが有ったんだ。」
みのりはそう言うと、自分の部屋から100円ショップの買い物袋を持って来た。
「これね、嵩張ばらないから持って行って。 私の勘だと絶対売れるはずだから!」
渡された袋の中身は、何十個ものキーホルダーに付けるLEDライトと、4個で100円で売っている100円ライターの山だった。
「あ、ちなみに机のお金で買っちゃった。」 と、みのりはいたずらっぽく笑った。
フローリングの床に新聞紙を敷き、靴を履いて転移を待った。
「おにいちゃん、ちょっと実験して良い?」
「何を?」と聞く前にみのりは毛布を引っ張って来て、隅を丸めて僕のポケットに突っ込んだ。
「あのね、これで毛布も異世界に行くんなら、何でも持って行けるじゃん! 」
僕は妹の発想に苦笑した。
気付いたらまた裏通りの、住宅街らしき場所に転移していた。
ついさっき端をポケットに突っ込まれた毛布は、だらしなく石畳に広がっていた。
みのりの予想した、「ポケットに一部でも入るモノは異世界に持って行ける」事は、このだらしなく地面に落ちた毛布が証明した。
僕は落ちた毛布をそのままに、バンデラスの待つ本通りへと向かった。
商店の並ぶ本通りは、早くも片付けを始める店もあったが、まだそこそこの人通りだった。
僕は待ち合わせた場所へと向かいながら、子供の姿が全く無い事に不思議を感じた。
向こうでなら当たり前の様に見かける、子供連れの親子の姿が無い。 まるで子供が存在して居ないかのようだ。
バンデラスは約束の場所で待っていた。
昨日連れていた青年も、今日は物陰で隠れずに皮袋を抱えて立って居た。
「持って来たか?」 彼は無駄な挨拶もせず、用件だけを呟いた。
「対等な商売相手なんだから、僕ももう敬語は使わないよ。」
変に遜り警戒されるのが嫌だったので、僕はそう告げた。
「渡す前に少し相談がある。」 僕は少しでも引き止め、情報を得たかった。
「内容に寄るな。」 バンデラスは暫しばらく僕の目を見ながら考えて、やがてそう答えた。
「どこかゆっくり話せる場所は無いかな?」 僕がそう言うと。
「街の外れだが俺の家がある。 そこで良いか?」
言いながら手招きすると、彼はもう歩き始めていた。
防壁沿いに探索した時に見かけた、篝火も疎な通りに彼の家は在った。
レンガ作りの一軒家で、決して古びている訳では無かったが、手入れをされたのが随分前なのは見てとれた。
剣や槍の様な見える獲物を持っては居ないので、彼はさほど僕を警戒している風には見えなかった。
ドアをくぐり抜けるとそこは、何脚かの椅子の並んだテーブルのあるリビングで、僕は指差された椅子に腰を下ろした。
バンデラスは暖炉の上にある角で出来た刀掛けに、背中の大刀を仕舞い、テーブルの僕の向かいにゆっくりと腰掛けた。
青年は皮袋を僕達の間に置くと、作り付けの竈に、銀の魂を使って火を付けた。
ポットを火にかけると奥の部屋へと引っ込んだ。
「まず、取引を片付けよう。」 バンデラスは皮袋を、僕の方へと押しやった。
僕はちらりと中身を見ると、ベルトポーチからLEDライトを抜いて並べた。 10個づつの山を九つ作ると、彼はひとつを摘まみ出し、明かりを点して確認した。
「さて、相談とはなんだ?」
湯が沸いたのか、青年が来てお茶を淹れた。
僕は青年が奥へ行くのを待ち、話を始めた。
「火を起こすのには何を使ってるか、教えてもらえるかい?」と僕は真顔で聞いてみた。
「そんなもん銀魂で起こすに決まってるだろ。 まあ金持ちなら金魂使ってもおかしくは無いがな。」 彼は苦笑しながら僕に言った。
「火を起こす度に毎回1個使うのかい?」
僕の問いかけに、何かあると感じたのか、バンデラスは真顔になって座り直した。
「当たり前だ。 火を付けるのには1個。ランプを2日灯しておくにも1個。 毎回1個だ。 何が言いたい?」
僕はカーゴパンツのポケットから、100円ライターを取り出しテーブルに置いた。
「なんだこれは? ガラスの割には軽いな。」手に取り弄いじ りながら、彼は興味深そうに呟いた。
「こうすると火が出る。これ1本でおよそ1000回火を付けられる。名前はライターと言う。」
僕は着火スイッチを押し火を点けながら、説明した。
「1000回だと! これ1個で銀魂1000個分着くと言うのか?」 疑わしそうに僕の顔を見た。
「預けていくから1000回試してみろよ。どうだい、売れそうか?」
「これなら2個で1ストーンでもみんな買うな。1個250ペブルってところだな。」 と、ニヤリとして笑った。
「この街の相場が分からないんだが。部屋を借りるのに、家賃はいくら位なんだ?」 僕は何気なく聞いてみた。
「月に2から3ストーンだな。 もちろん広いテラス付きの10ストーンなんて豪勢なのもあるがな。」 彼は面倒臭そうにそう言った。
持って来たライターは、テーブルに出したら55個有った。 僕はバンデラスに、売値の半分を渡す事で手を打ち、独占でライターを渡す事を約束した。
次にキーホルダー付きのLEDライトを見せると、「こんなに小さいもんが明るい訳があるか!」と疑った。しかし点ともした明かるさを見て驚き、何回も点せると聞くとさらに驚いた。
これも売上の半分を折半する事で手を打った。
「何でこんな儲け話に俺を誘ってくれるんだ? ユウト。」
バンデラスは急に真顔になると僕に聞いてきた。
「多分、あんたは幸運の女神に出逢えたって事だね。 僕は男だけどさ。」 僕は微笑みながら答えていた。
今夜泊まるところが無いので泊めてもらえるかと聞くと、「すまん。娘が病気で、1部屋塞ふさがってて、泊める部屋が無い。」と、彼はすまなさそうに言った。
「悪いのかい?」と聞いた。流行り病やまいで、もう20人を越える子供と年寄りが死んでいると言う。
「金さえあれば、都で良い薬が手に入るらしいんだ。」と悔しそうに呟いた。
「一目会わせてもらえないか?」と、バンデラスに言った。
「ミーシャもずっと部屋の中で退屈だろうから、喜ぶよ。」
バンデラスに付いて奥の部屋へ入った。 あの青年が濡れたタオルで顔を拭き、話しかけていた。
「息子だ。 妻はこの病で先月死んだ。」
僕は苦しそうに息をしている7、8歳に見える少女が、独特の擦過音を立てている事に気付いた。
「もしかして、緑色の痰が出ていないか?」 僕は彼女の側に膝ま付き、胸に耳を当てて呼吸音を聞いた。
「ああ、何で知ってる?」 バンデラスは僕の肩を掴むと声を強めて聞いてきた。
「病気に罹かかった人たちは、庭や落ち葉のある所で何かしなかったか?」 僕は彼に思い出すように言った。
「そう言えば、春先に森に腐葉土を集めに行ったもんばっかりだ。花を育ててる家の、、」 彼は思い出しながらそういった。
(細菌性肺炎だ。それもレジオネラ菌の、、)
僕は小学生の時自分が罹かり、自分を殺そうとした病気に今再会していた。
「明日、もう一度来る。」 彼にそう告げると、僕はミーシャの傍に座り
「もう少しの辛抱だからね。頑張るんだよ。」と、優しく囁いた。
「何なんだ?ミーシャは治るのか!」 と問う彼に、僕は祈るような気持ちで答えていた。
「僕が助ける。」 と。
橋のたもとの石積みで、僕は横になりながら星を見ていた。
拾って来た毛布を敷いたので、ここ数日で一番の寝心地だった。
明日は早くから行動して、何とか抗生物質と点滴を手に入れなければならないから、何とかこの異世界で寝ようとしていた。
小さな手だった。 あの子を救う薬は、多分この世界には無いだろう。
「ユウトさん、、」
エミリアの声がした。 僕は起き上がり石積みを上がった。
スマホを見ると、もう零時を過ぎていた。
「どうしたの?こんな夜中に。 何かあったのかい?」
また酷い目にあって辛くて来たのかと思い、聞いてみた。
「声が聞きたくなって、顔も見たくて。 どうしてか分からないの。」
月明かりに照らされたブロンドの髪を、風が撫でて行った。
僕はただ愛しくて、何も言わずに彼女を抱き締めた。
「何故こんなに逢いたいの? 触れていたいの?」
僕はエミリアの頬に手を添えて、気付いたらキスをしていた。




